最奥/まるで鏡を見るように




後巫雨陣ごふうじん④―



 ……後巫雨陣ごふうじん


 それは植物たちの生い茂る、湿り気を帯びた土地。


 奥に進むほど、湿り気は強くなり。


 植物たちの大きさも増していく。


 筆頭巫女ひっとうふじょ赤泉院せきせんいんめどぎと。


 その付き人、桃西社ももにしゃ鯨歯げいはは。


 案内役の之墓のはかかんざしの先導を受けながら。


 最奥を目指す。


 計画としては。


 その最奥でいったん休んで後巫雨陣ごふうじん巫女ふじょと情報を共有してから。


 刃域じんいき宙宇ちゅううに追加の手紙を渡すべく。

 

 宍中ししなかを目指す。


 平行して、筆頭蠱女ひっとうこじょ楼塔ろうとうすべらの捜索も続ける。


 ……という段取りになるだろう。


「全身がすごく、べとべとするな」


 めどぎがそんな愚痴をこぼせば。


「植物もこれ以上ないくらい巨大化してますよ」


 と鯨歯げいはも周囲を冷静に描写する。


 ふたりに対して苦笑いを作りつつ、かんざしは励ましの言葉をかける。


「それは、あと少しってことだからね。


 もうひと頑張りだよ」


 彼女の言葉どおり。


 困難な道は、じきに途切れた。


 さきほどまで肌に貼り付いてくるような湿り気だったものが。


 いつの間にか。


 さわやかな冷気に、変わっていたのだ。


 それこそ彼女たちが。


 後巫雨陣ごふうじんの奥の奥まで、踏み込んだ証拠である。


 水滴を吹きかけられる感覚はこれまでと同様だが。


 もう方向感覚が狂うことはない。


 そこに肥大した植物はなく。


 足下には小石が敷き詰められる。


 ここがこの地の最奥。


 ここを中心に。


 特別な巫女ふじょ……「みこ」とも呼ばれる姉妹が。


 生きている。




後巫雨陣ごふうじん一媛いちひめ①―



 めどぎは深く、息をつく。


「やっと最奥に着いたな」


「ですね筆頭。


 出てます、出てます」


 そう応えたのは鯨歯げいはだが。


 いったい、なにが出ているというのか。


 解答を述べれば。


 出ていたのは、噴水である。


 そもそも。


 なぜ後巫雨陣ごふうじんの地は湿っているのか。


 ……この噴水のせいである。


 後巫雨陣ごふうじんの大部分は植物でおおわれているものの。


 最奥に関してだけは植物が生えていない。


 そのため、その中心にあるものがよく分かる。


 地面は、小石でうめつくされ。


 そのような場所の中央から地下水が。


 途切れることなく天に向かって飛び出している。


 水は天上にて八方に分裂し。


 後巫雨陣ごふうじん全体の。


 植物の上に。


 ふりそそぐ。


 加えて。


 地下水の噴出口がひとつの円となり。


 円周上の小石たちが噴水の動きに連動して。


 震えている。


 横から見れば、それは。


 一本の柱のかたちをなしている。


 流動する水に阻まれ、そとからなかは確認できないが。


 太さは、そのなかにすっぽりと人ひとりが余裕で入れるくらい。


 そして。


 その噴水のそばにたたずむ者もいるようだ。


 彼女こそ、「みこ」とも呼ばれる巫女ふじょのひとり。


 後巫雨陣ごふうじんの長女……。


 一媛いちひめである。




之墓のはかかんざし後巫雨陣ごふうじん一媛いちひめ①―



「お姉さーん」


 かんざし一媛いちひめに手を振って呼びかける。


 噴き上げる水の柱から目を離さずに。


 一媛いちひめは返事をする。


かんざし


 ……と鯨歯げいはちゃんに、筆頭。


 ご無沙汰」


 直接、目に入れずとも。


 ここに足を踏み入れた時点でめどぎ鯨歯げいはは声を発していたので。


 それを聞いていた一媛いちひめには誰が来たか明瞭だった。


 しかし一媛いちひめが見ている噴水の柱。


 その表面に。


 よく見ると彼女たち巫蠱ふこの顔が映っている。


 噴水のそばにいる一媛いちひめはもちろん。


 その噴水からやや離れたところにいる彼女たち……。


 めどぎ鯨歯げいはかんざしの顔も小さく映り込む。


 なお映った像は。


 小石など、あたりの風景も含んでいるようだ。


 聞こえてくる声に限らず、噴水の柱の表面に映る情報も加味して一媛いちひめは。


 訪問者の正体を判断したのだろう。


 だが。


 それだけではなく。


 水の柱の揺らめく表面に。


 この場にいない別の顔たちが混じっているように、みえなくもない。


 そんな奇妙な柱を観察しながら。


 一媛いちひめは、なにを思っているのだろう。


 ともあれ。


 かんざし、それにめどぎ鯨歯げいはが。


 一媛いちひめの近くに移動する。




赤泉院せきせんいんめどぎ後巫雨陣ごふうじん一媛いちひめ①―



「……そう、御天みあめちゃんが」


 三人の巫蠱ふこ……すなわち。


 巫女ふじょめどぎ鯨歯げいはと。


 蠱女こじょかんざしから。


 一媛いちひめは事情の説明を受ける。


 宍中ししなか御天みあめが終わりかけていること。


 それは世界平和を意味する一方で。


 巫蠱ふこ全体の危機をも示す。


 この情報は現在、ここにいる者と御天みあめ本人を除けば。


 楼塔ろうとう楼塔ろうとう流杯りゅうぱいと。


 かんざしの妹の之墓のはかむろつみに共有されている。 


睡眠すいみんにも伝えた」


 そうめどぎは付け加える。


「必要と思ったら今回の件を身身乎みみこに伝達してほしいとも頼んである」


 めどぎの妹のひとり赤泉院せきせんいん身身乎みみこと。


 鯨歯げいはの姉の桃西社ももにしゃ睡眠すいみん


 彼女たちはめどぎが帰ってくるまで。


 赤泉院せきせんいんの屋敷で留守番をしている。


「こんな感じで、各地のみんなと情報共有を図りながら。


 折悪しく消えてしまったすべらも探しているところだな」


筆頭蠱女ひっとうこじょらしい」


 めどぎたちの報告に対し、一媛いちひめはとくに驚きも見せず。


 淡白に所感を漏らす。


 その視線は。


 噴水で出来た柱の表面に映っためどぎたちに。


 そそがれたままだ。


 ひととおりの話を聞いたあと。


 一媛いちひめは、水の柱に手をつっこんだ。


 なにかをつかむ仕草をする。


「筆頭」


「なに」


 噴水に映った像のほうでなく。


 一媛いちひめ自身を目に入れながら反応するめどぎであった。


 かたや一媛いちひめは水の柱のなかをまさぐっているようだ。


「ワタシは平和を信じていなかった」


 この「平和」とは、御天みあめの終わりにともなう世界平和のこと。


 めどぎはそれを了解したうえで、会話を進める。


「つまり」


「今回のことは、そとの者たちのおかげ」


 ……確かに一媛いちひめは「思う者」たる巫女ふじょのひとりで。


 なかでも「みこ」とも呼べる希有な存在。


 もし世界が平和になるとき一媛いちひめが世界平和を思っていたとしたら。


 それは一媛いちひめによる結果かもしれない。


 しかし彼女自身が平和を信じず。


 その未来が実現すると思っていなかったならば。


 平和は巫蠱ふこによるものでなく、世界の人々自身によって実現した結果ということになる。


 もちろんその仮説は。


 ほかの巫蠱ふこの影響をほとんど考慮しなかった場合のものだが。


 一媛いちひめがそう「思う」のなら、俄然。


 信憑性を帯びてくる。


 なお一媛いちひめは。


 平和が実現するとのであって。


 平和が実現わけではない。


 この違いは「思う者」たる巫女ふじょにとっては重大である。


 しかしめどぎ一媛いちひめの心情を思いつつ。


 いや、それを思ったからだろうか。


 ただ一言、つぶやくだけだった。


「あっそ」




之墓のはかかんざし後巫雨陣ごふうじん一媛いちひめ②―



 一媛いちひめめどぎから目を離し。


 かんざしの顔を見つめる。


 やはり直接、相手の顔を見ているのではなく。


 水の柱の像から像に、視線を移したのである。


かんざしは、もうから全部を聞いたの」


 一媛いちひめのこの質問……。


 さきほどの情報共有の際、かんざしは「から御天みあめの終わりかけを伝えられた」と明かしていた。


 しかしめどぎの話し合いの詳細など、聞いていない部分はあるから。


 質問には、こう答えた。


「うん、全部かは知らないけど」


 そのとき。


 水の柱に映り込んでいる一媛いちひめの表情が。


 ゆがんだ。


 巫蠱ふこの危機を伝えられても崩れなかった、その顔が。


 それだけで。


 かんざしには、一媛いちひめの思いが伝わってくるように思われた。


「……お姉さん、姉さんのこと心配してるでしょ」


 流杯りゅうぱいは実の姉に対して「ねーちゃん」と「ねーさん」を使い分けていたが。


 かんざしは実の姉のいみなを「姉さん」と言い。


 本当の姉ではない一媛いちひめのことを「お姉さん」と呼ぶ。


 一媛いちひめいみなのなにを心配したかについては、いずれ述べる機会もあるだろう。


 そして。


 水の柱に差し込まれた一媛いちひめの手。


 それが、ぴくりぴくりと動いた。


 実は。


 後巫雨陣ごふうじんの最奥にある噴水のなかには、最初から人がいた。


 そこに潜む者が、一媛いちひめの手を引っ張ったのだ。


 彼女もまた巫女ふじょにして。


 ひとりの「みこ」であった。


 その名は。


 後巫雨陣ごふうじん離為火りいかという。



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