飛び続けるよ落ちるまで




巫女ふじょ蠱女こじょ③―



 ……何度でも夜は明ける。


 繰り返される現象として。


 きょうも例外ではない。


 楼塔ろうとうの屋敷にも日差しが落ちてきた。


 暗闇のなか絵をかいていた之墓のはかむろつみと。


 その姉のかんざしの姿はすでにない。


 日差しは、ある部屋を照らし出す。


 そこを借りて眠っていた者たちのまぶたを。


 優しく撫でるように。


 赤泉院せきせんいんめどぎ桃西社ももにしゃ鯨歯げいはは、そうして目を覚ました。


 きのうめどぎは起きたあと調子が悪そうに体を丸めていたが。


 きょうは、そんな体勢をとらない。


「歩いてきた疲れも完全に抜けたし、ここの風呂も頂いたし、気持ちも落ち着いた」


 手足を伸ばし、体を震わせる。


 一方。


 めどぎの様子をそばで見ていた鯨歯げいはは、満足げにうなずく。


「これですべらさん探しに戻れますね。


 大丈夫です。


 体力が壊滅的な筆頭でも、あちこち歩けば慣れますよ」


鯨歯げいは、おまえのそういう……失礼なことをなんの悪気もなく素直に言うところ、わたしは好きだからな」


「わたしも筆頭の全てが好きです」


 しかし鯨歯げいははここでちょっと考えて。


「まあ筆頭以外のみんなのことも好きなんですが。


 あ、余計でしたか」


「全然余計じゃない」


 めどぎは首を回し、目を細める。


「じゃあ気持ちよく起きたところで……」


「やる気ですね」


「……二度寝する」


「そっちのやる気でしたか」


 苦笑する鯨歯げいは


 日差しを顔に受けながら、すぐ眠りに落ちるめどぎ


 彼女は小一時間ぐっすり睡眠をとったあと。


 鯨歯げいはと共に、楼塔ろうとうの屋敷を去ろうと玄関に向かった。


 玄関口には、その屋敷に住んでいる者のひとり、楼塔ろうとう流杯りゅうぱいが待っていた。


「見送りです。


 ちなみに、ねーちゃんは道場で門下生のみんなに稽古をつけています。


 一日休んだぶん、これは絶対に外せないって」


「マジか」


 ……というめどぎの間投詞ともつかない言葉に対して。


 鯨歯げいはが無表情な顔を作る。


「うっかりでした。


 二度寝が効きましたね。


 朝早くの稽古前だったら楼塔ろうとうの次女さんも見送りに来ていたでしょう」


「それはわたしのうっかりだ。


 鯨歯げいはは悪くない。


 しかし改めて礼を伝えそびれたな。


 流杯りゅうぱい、ぜーちゃんに伝えてくれる?


 わたしたち巫蠱ふこのこれからについて真面目に話し合ってくれて、ありがとうって」


 めどぎは言葉を続ける。


「あと風呂貸してくれたことも。


 それと文句ひとつなく、わたしたちを迎えてくれたことも追加で。


 ぜーちゃんも御天みあめの終わりを本人から告げられて実際は動揺していたはず。


 それなのに態度を崩さず、しっかりしていた。


 強いよ」


 そしてめどぎのあとに、鯨歯げいは流杯りゅうぱいに頭を下げる。


筆頭巫女ひっとうふじょの付き人として、わたしからも感謝を伝えたいです」


「ねーちゃんには、ちゃんと言っとくよ」


 自分の姉が感謝されているのが嬉しいらしく、流杯りゅうぱいは顔をほころばせた。


 それを見て、めどぎが微笑してみせる。


流杯りゅうぱい


 鯨歯げいはは、おまえに対しても言ってるんじゃないか。


 わたしからも、ありがと。


 こっちは伝言じゃないからな」


めどぎさん」


「おまえは自己評価が低いようだが。


 実際すごいやつだとわたしは思っているし。


 みんなも、そう感じているから。


 きのうも、うまいメシ作ってくれて」


 柔らかく笑うめどぎ鯨歯げいはにはさまれ、流杯りゅうぱいは照れくさそうだった。


「そうだった、きょうのぶんのごはん、まだですよね。


 作ります。


 食べましょう」


 そう流杯りゅうぱいが口走ったのは、照れ隠しの意味もあったのかもしれない。




楼塔ろうとう流杯りゅうぱい②―



 かくしてめどぎたちは流杯りゅうぱいから食事を作ってもらい。


 それを残さず平らげて。


 改めて楼塔ろうとうの屋敷をあとにする。


 再び礼を述べて去ろうとするふたりの巫女ふじょ……めどぎ鯨歯げいは


 屋敷の玄関から遠ざかっていくめどぎに対して、流杯りゅうぱいは叫ぶ。


めどぎさん、わたしこれからさしに飛びます」


 さしとは。


 蠱女こじょさし玄翁くろおや。


 流杯りゅうぱいの師の射辰いたつが守る土地である。


 楼塔ろうとうからは少し遠くに位置する地域のため、流杯りゅうぱいはそこに「飛んでいく」と言っているのだ。


「向こうに着いたら今回の件、伝えておきます。


 ねーさんの所在についても玄翁くろおさんや師匠ししょうに聞きます」


 ちなみに流杯りゅうぱいは自分の姉ふたりについて。


 を「ねーちゃん」と呼ぶ一方で、すべらを「ねーさん」と呼んでいる。


 ……それから。


 流杯りゅうぱいはいったん息を吸い込み。


 再度、声を張り上げる。


「それと、ねーちゃんはここに残って、ねーさんが帰ってくるまで待ち続けるみたいです」


 さらに彼女は。


 めどぎの次に鯨歯げいはへと呼びかける。


 やはり大声で。


 めどぎたちの姿は、だいぶ小さくなっていた。


 しかし背の高い鯨歯げいはが目印になり。


 遠くからでも彼女たちを見失う心配はなかった。


「ほんとはわたし、御天みあめっちが終わり始めたことを聞いて、動けそうになかった。


 怖くて!


 でも、びびってばっかじゃよくないって。


 鯨歯げいは、おまえ見てたらそう思われてさ。


 のんきそうで、頼りがいがあって、大きくあり続けるおまえだったから。


 だからわたし、飛び続けるよ。


 落ちるまで!」


 すると、豆粒ほどになった彼女たちの手が大きく振られた。


 めどぎのほうは、あまり分からなかったが。


 鯨歯げいはの「聞き届けました」という声は遠くからでも、しっかり届いた。


 そして。


 彼女たちが完全にみえなくなってから。


 流杯りゅうぱいに書き置きを残し。


 さしに向かって飛び立った。




赤泉院せきせんいんめどぎ桃西社ももにしゃ鯨歯げいは⑤―



「で、筆頭」


 屋敷から離れても、しばらく楼塔ろうとうの地は続く。


 彼女たちは歩く。


 だが無目的ではない。


 筆頭蠱女ひっとうこじょ楼塔ろうとうすべらがあたりにいないか探しながら歩いている。


 そのなかで鯨歯げいはは質問した。


 めどぎの足が疲れていないか細かく注意をはらいつつ。


楼塔ろうとうのあとは、どこにいきます」


「うーん」


 めどぎが軽く、うなる。


御天みあめすべらに自分の終わりを『伝えようとした』って言ってた。


 で、『どこにもいなくて』とも漏らしていた。


 だから御天みあめは少なくとも、楼塔ろうとうをひととおり探したっぽいんだよな」


「あの、それが分かっていたなら、なぜ最初に楼塔ろうとうを訪れたんですか」


「いや御天みあめにも見落としはあるだろうし。


 今回の件をまず話し合うなら、ぜーちゃんが一番いいとも思った。


 いまのところ御天みあめから直接に話を聞いてるの、ぜーちゃんとわたしだけだもんな」


十我とがさんやくるうさんには言ってるんじゃないですか。


 実の姉妹なんですから」


「だからこそ、たぶん言ってないと思う。


 あいつらのいる宍中ししなかにも当然いくから、そのとき確認はするけど。


 ともかく。


 ぜーちゃんとは話したいこと話せた。


 でも、その際。


 宙宇ちゅううに新しく伝えないといけないことが増えた。


 だから次は宙宇ちゅううに追加の手紙を渡したいと思う。


 岐美きみに預けたぶんとは別にな。


 まだそとに出ていないなら宙宇ちゅうう十我とがたちと一緒に宍中ししなかにいるはず。


 まずは後巫雨陣ごふうじんを通過しよう。


 もちろんすべらを探しながら」


「はあ、了解です」




赤泉院せきせんいんめどぎ桃西社ももにしゃ鯨歯げいは⑥―



 めどぎ鯨歯げいはは、楼塔ろうとうの地を南東方面に向かって歩く。


 その先に後巫雨陣ごふうじんの地がある。


 そのままそこを通過すれば、宍中ししなかに着ける。


「筆頭、上り坂が続いていますが、平気ですか。


 おんぶしましょうか」


「ありがたいな。


 でも今度ばかりは自分の足で歩かないといけないように思う」


 しかし。


 めどぎの台詞は実際には途切れ途切れであった。


 鯨歯げいはは少々、声の調子を落とす。


「わたしは変なところで注意力が足りないようです」


「そんなの誰だってそうだよ。


 みんなどこかが抜けている。


 かく言うわたしも例外なく」


「……わたしは今回の御天みあめさまのこと、めでたいと思ってました。


 楼塔ろうとうの三女さんにも、そう言いました。


 でも、あの人は去り際に覚悟を示しました。


 本当は、それほどのことだったわけです。


 わたしは軽はずみに『めでたい』なんて言ってしまいました。


 いまごろ急に気付きました。


 次に会ったら謝りたいです」


「そうか。


 でも、『めでたい』という認識も間違いじゃない。


 おまえは、全てを思える巫女ふじょなんだ。


 わたしたち巫蠱ふこだけでなく、もっと大きなものを思っている」


 そんな会話を交わしつつ。


 ふたりはそろそろ、後巫雨陣ごふうじんの地に入る。



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