暗闇の姉妹




巫女ふじょ蠱女こじょ②―



 さて。


 彼女たちが終わり始めて、約二日経過したということで。


 いったん、これまでの経緯を整理しよう。


 ざっと述べると。


 巨大な存在の蠱女こじょたる宍中ししなか御天みあめの終わりが近いことを知り、筆頭巫女ひっとうふじょ赤泉院せきせんいんめどぎは事態の重大さを認識する。


 情報の共有を図るべく、めどぎ桃西社ももにしゃ鯨歯げいはと共に筆頭蠱女ひっとうこじょ楼塔ろうとうすべらを探しに出る。


 まずめどぎ楼塔ろうとうの地を訪れ、これからについて楼塔ろうとうと話し合った。


 ……という流れになる。


 だが。


 彼女たちには、分からない部分も多い。


 よって、その基本的な情報も確認しておきたいと思う。


 ただし俗説による考察も含むので、全てを鵜呑みにすることはない。


 そもそも彼女たちとは。


 巫蠱ふこである。


 ここで言う巫蠱ふことは、巫女ふじょ蠱女こじょの総称を指す。


 巫女ふじょとは、思う者。


 蠱女こじょとは、思われる者。


 たとえば巫女ふじょが自分を特別と思えば、それには意味が生まれる。


 赤泉院せきせんいんめどぎが自分を筆頭巫女ひっとうふじょと思えば、彼女は筆頭巫女ひっとうふじょになる。


 たとえば蠱女こじょが誰かに特別と思われれば、それにも意味が生じる。


 楼塔ろうとう流杯りゅうぱいが「飛んでいた」と前に描写したが、それも流杯りゅうぱいという蠱女こじょが「そういうもの」と思われているから成立するのだ。


 とはいえ。


 そんな彼女たちも無数にいるのではない。


 巫女ふじょが十二人。


 同じく、蠱女こじょも十二人。


 すなわち巫女ふじょ蠱女こじょを合わせて巫蠱ふこと呼ぶ場合、彼女たちの総数は。


 二十四人となる。


 巫蠱ふこは自分たちの土地を分担して守っている。


 その地域は、八つ。


 各地それぞれに、地名を名字にとる三姉妹が属する。



 巫女ふじょの場合は。


 赤泉院せきせんいんめどぎ岐美きみ身身乎みみこが。


 桃西社ももにしゃ睡眠すいみん鯨歯げいは阿国あぐにが。


 後巫雨陣ごふうじん一媛いちひめ離為火りいかえつが。


 刃域じんいき宙宇ちゅうう服穂ぶくほ葛湯香くずゆかが。



 一方、蠱女こじょの場合は。


 楼塔ろうとうすべら流杯りゅうぱいが。


 宍中ししなか御天みあめくるう十我とがが。


 之墓のはかいみなかんざしむろつみが。


 さし玄翁くろお射辰いたつぬめが。



 ……いままで出て来た名前もあれば、これから出て来る名前もある。


 遅かれ早かれ彼女たちは全員、終焉に巻き込まれることになるが。


 それは、いずれ。


 ともかく現在のところ話の中心にいるのは誰か。


 場所は楼塔ろうとうの屋敷。


 時間は、深夜。


 いま屋敷には、六人の巫蠱ふこがいた。


 借りている部屋でめどぎが寝息を立て。


 の道場から戻ってきた鯨歯げいはは、めどぎのそばで横になり。


 道場にいる自身は鯨歯げいはとの会話からしばらくして眠りに落ち。


 流杯りゅうぱいは屋敷内の自分の部屋でなにか作業を終わらせて布団にもぐる。


 これでめどぎ鯨歯げいは流杯りゅうぱいの四人。


 あとのふたりは。


 昨晩、めどぎたちの枕元で奇妙な絵をかいていた小さな影があったのだが……。


 その正体である蠱女こじょ之墓のはかむろつみ……彼女に近づく別の影が、暗闇に動いていた。




之墓のはかかんざしむろつみ①―



 小さな影、之墓のはかむろつみは、暗くなってから目を覚ました。


 昼間のあいだ彼女は楼塔ろうとうの屋敷の屋根裏で、物音ひとつ立てずに寝ていたのだ。


 目をこすり、画板をかかえる。


 その画板は絵をかく際に紙を載せるためのもの。


 むろつみは絵をかくのが好きなのだ。


 屋根裏から抜け出し。


 寝ている巫蠱ふこの枕元に順繰りに立つ。


 それぞれの寝顔を見ながら、絵をかく。


 似顔絵のつもりかもしれないが、画風は奇妙と言わざるを得ない。


 ……これまでの文章に添えてきた絵。


 それらは全てむろつみの筆によってえがかれたものである。


 改めて確認すれば、その作風が奇異であることを了解できるだろう。


(※どうやら、この記録の本文にはそのむろつみの絵が添えられていたようだ)


 むろつみがなにを思って、いや、なにを思われてそんな絵をかいているかは、定かでないが。


 ともかく。


 いま彼女は、道場で眠っていたをかき終えた。


 それから流杯りゅうぱいの部屋にいくため、道場と屋敷をつなぐ渡り廊下のゆかを踏む。


 そのとき。


 ひとつの声が、暗闇に落ちた。


「むろつみ?


 姉さん心配してたよ」


 後ろから人影がむろつみに近づく。


 しかしむろつみは警戒していないようだ。


 慌てるそぶりを見せない。


 それもそのはず。


 声はむろつみにとって安心できるものだった。


「その声、お姉ちゃんだね」


 そう。


 暗闇に落ちたその声を発したのは、むろつみの姉のひとり、之墓のはかかんざしだった。




之墓のはかかんざしむろつみ②―



 の道場から楼塔ろうとうの屋敷にいく場合、あいだの渡り廊下は下り坂となる。


 むろつみはそこをとおる途中で後ろから姉のかんざしに話しかけられた。


 つまり状況を描写すれば。


 むろつみかんざしに後ろから……それも斜め上から見下ろされている構図をえがくことができる。


 さらにかんざしは妹に接近する。


 むろつみの画板の上の絵が、よくみえる位置まで。


 確かに現在は深夜。


 加えて、あかりも消されていた。


 だがかんざしむろつみも共に夜目が利くほうであった。


 画板に載せた紙……そこにかかれた絵を覗き込みつつ、妹にもたれかかるかんざし


 果ては……。


「お姉ちゃん重い」


 ……と妹に言われてしまうまで。


 かんざしは、息をはくような軽い笑い声を返す。


「そうだよ姉は重いのさ。


 だから軽く、かいてくれ」


 対して、むろつみは全く嫌そうにしなかった。


 むしろ嬉しそうな表情を作った。


 暗闇のなかでも、かんざしにはそれが分かった。


 またむろつみも感じていた。


 姉の軽い笑いのなかに、さびしさが隠れていることを。




之墓のはかかんざし①―



 むろつみは姉のかんざしに向き直り、新しい紙を画板に載せる。


 なお、これまでかいていたぶんもそうだったが。


 紙の色は、黒いようだ。


 その黒地の上に、灰色を置いていく。


 かんざしは下り坂の上のほうの位置から妹の様子を見守る。


 ふたりにしか聞こえない程度の声量で、言葉を押し出す。


 もちろん、それでむろつみの集中が乱されることはない。


 かんざしが話しているあいだ、むろつみはこまめにうなずいていたが。


 その筆はとまらなかった。


 かたやかんざしが口にした内容は……。


「ぜーちゃん、きょう道場休みにしたでしょ」


 なぜ彼女がそれを知っているのか。


 彼女はきのうまで道場にも楼塔ろうとうの屋敷にもいなかった。


 かんざしは「ぜーちゃん」こと楼塔ろうとうから直接に話を聞いたわけではない。


 間接的に誰かからその情報を伝えられたのでもない。


 だが彼女がそれを知ることができたのは。


 彼女自身が「それができると思われる」蠱女こじょだからだ。


 遠くからでも、巫蠱ふこの「喪失」を感じることができる。


「今朝なにかが、ぽろっと落ちるように思われたんだ。


 それでここに来た。


 姉さんには、なにも言ってない」


 この「姉さん」とは。


 かんざしむろつみの姉。


 すなわち之墓のはかの長女。


 いみなである。


「でも、むろつみも楼塔ろうとうにいたんだ。


 てっきり後巫雨陣ごふうじんに、いってるものかと」


 ……話しているあいだ、かんざしは何度も自分の髪を手でこすっていた。


 姉のその様子も確認しながら、灰色を紙に広げていくむろつみであった。




蠱女こじょたち①―



「あ、ごはん、ふたりぶん用意されてる」


 姉のかんざしの絵をかき終え、渡り廊下をあとにし、姉と共に流杯りゅうぱいの部屋に入った之墓のはかむろつみ


 その部屋に。


 食事が置かれていた。


 しかもその食事は、まだ温かかった。


 おそらく流杯りゅうぱいが眠る直前に用意したものと思われる。


 かんざしむろつみは昼間に姿を見せていなかったはずだが、流杯りゅうぱい之墓のはかの姉妹が来ているのをしっかり分かっていたようだ。


 むろつみが、かぼそい声でかんざしに教える。


「きのうは、ひとりぶんだったんだよ」


 それを聞いたかんざしは、妹と自分を流杯りゅうぱいがちゃんと見てくれていることに嬉しさを覚えた。


 その耳元に近寄り。


 起きない程度にささやくかんざし


「りゅーちゃん、ありがとね」


 ……しかし。


 再び朝が来たとき。


 かんざしたちは、また消えていた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る