代替瞑想




巫女ふじょ蠱女こじょ①―



「筆頭、塔楼ろうとうの次女さんとはしっかり話せましたか」


 楼塔ろうとうの屋敷の一室で。


 筆頭巫女ひっとうふじょ赤泉院せきせんいんめどぎの背中を桃西社ももにしゃ鯨歯げいはがさすっていた。


 めどぎ楼塔ろうとうの次女、との話し合いを終え。


 いまはいったん屋敷の部屋を借りて休んでいる。


 ただし当のめどぎは室内にて体を丸めているようで。


「話せた」


 ……と、くぐもった調子の返事をする。


 一方、背中をさする鯨歯げいはの手はとても優しかった。


楼塔ろうとうの次女さんと満足いく話し合いができなかったわけじゃないということは。


 その体勢の原因は、泉にもぐるいつもの瞑想ができていないことですか。


 やっぱり瞑想できないのって、つらいですよね。


 思いのはけ口がないっていうか。


 わたしは壁とかに貼り付いて、そういうのするんですけど……。


 人にはそれぞれの『思い方』がありますもんね」


 このとき。


 部屋の戸があいた。


めどぎさん、鯨歯げいは


 そう言って入ってきたのは楼塔ろうとうの三女。


 の妹、流杯りゅうぱいであった。


 彼女は体を丸めるめどぎを目に入れて心配そうにする。


(大丈夫かな、めどぎさん。


 今朝もそうしてたような気がするけど)


 しかし声に出せば、かえって本人を不安にさせるかもしれない。


 よってその心配を心にとどめる流杯りゅうぱいであった。


「ねーちゃんが、風呂に入らないかって言ってます。


 赤泉院せきせんいんの泉の代わりになるかは分かりませんが。


 うちでも例の瞑想を試してみてください!」


「入る」


 めどぎは微動したのちに、体の丸みを徐々にとく。


「ぜーちゃんにも、おまえにも感謝しないとな」


「なに言ってるんですか。


 同じ巫蠱ふことして当然でしょう。


 じゃあ、早速いきましょう」


 流杯りゅうぱいは、めどぎに手の平を差し伸べる。


 そして、その隣を見る。


鯨歯げいは、おまえもひとっ風呂……」


「喜んで」


 かくして彼女たちは楼塔ろうとうの風呂場に移動する。


 三人は湯につかった。


「月並みですが気持ちいいですね。


 ちなみに、この『月並み』というのは風呂じゃなくて『気持ちいい』という感想について言ってます」


「解説しなくても分かるって」


 なかば放心状態のめどぎを横目に、鯨歯げいは流杯りゅうぱいが笑い合う。


「そういえば楼塔ろうとうの次女さんの姿がみえませんね」


「ねーちゃんなら道場に戻って鍛練してる」


「稽古を一日休んだということで、そのぶんを取り戻すんですね」


「いや、これを機にもっと強くなるって」


「素晴らしい向上心です」


 ここで。


 なにを思ったのか。


 鯨歯げいはが体を左に傾ける。


 そのまま風呂の底から足を離し、浮かぶ。


 もともと鯨歯げいはは、かなり背が高い。


 だから余計に迫力がある。


 その光景に圧倒される流杯りゅうぱいであった。


「……鯨歯げいはさあ、おまえ右半身だけ出して浮かぶの楽しい?」


 流杯りゅうぱいの呆れ声に反応するように。


 鯨歯げいはは半回転した。


 頭頂とへそを結ぶ線を軸として。


 すると彼女の別の半身があらわになる。


「うわっ、左半身でも怖いって!」


 今度の流杯りゅうぱいの声は呆れと恐れが二対八と言ったところか。


 ここに笑い声が混じる。


 流杯りゅうぱい鯨歯げいはのものではない。


 笑っていたのは、めどぎ


 さっきまで放心状態だったが。


 しばらく風呂につかって、調子が戻ってきたらしい。


「おまえらもっとはしゃげ。


 わたしが許す」


 そんなめどぎに対し、流杯りゅうぱいは笑顔を見せる。


「いやうちの風呂ですが」




楼塔ろうとう②―



 ところで。


 楼塔ろうとうの風呂とは、改めてどんなものなのか。


 三人が同時に湯につかっていることや……。


 かなり背が高いはずの鯨歯げいはが横に浮かぶことができている点からも分かるとおり……。


 その広さは、通常の風呂の比ではなかった。


 また、それは屋内にあるのではない。


 庭にある。


 楼塔ろうとうの屋敷の庭には、露天風呂とも呼べる場所があるのだ。


 つまり見上げれば空が目に入る風呂。


 人工ではなく、天然の露天風呂だ。


 とはいえ近くに火山を持つわけではないが……ともあれ。


 めどぎたちは、そこにつかっている。


 ここで赤泉院せきせんいんの泉を思い出してほしい。


 あれは水たまり程度のものだった。


 しかし楼塔ろうとうの風呂はそれよりも、はるかに大きいのだ。


 赤を帯びた透明の湯をたたえる。


 まるで赤い池。


 あるいは大きな紅の泉。


 地名の由来を漢字から考察しようとすれば。


 むしろこちらが赤泉院せきせんいんではないかと疑いたくなる。


 軽くさわると、ぬるぬるする。


 しかし肌にこすりつけると、ざらざらする。


 もしくは「温泉」と呼ぶのも間違いではないかもしれない。




楼塔ろうとう流杯りゅうぱい赤泉院せきせんいんめどぎ②―



 ……話を戻す。


 放心状態ではなくなっためどぎに対し、流杯りゅうぱいが優しく声をかける。


「それよりめどぎさん、瞑想」


「あ、そういや忘れてた」


 流杯りゅうぱいの勧めにうなずいためどぎは、体を丸める。


 風呂の底へと沈み込む。


 いつもめどぎがもぐっている泉に比べ、広い風呂ではあるが。


 深さについては、やや浅い。


 だからすぐに、底に達した。


 水中で目をあける。


 すきとおった赤い湯が、気泡のようにもみえてくる。




楼塔ろうとう桃西社ももにしゃ鯨歯げいは③―



 それからの夜。


 めどぎ鯨歯げいは流杯りゅうぱいは風呂からあがり、部屋に帰る。


 流杯りゅうぱいは自分の部屋に。


 あとのふたりは、借りている一室に。


 部屋に入るやいなや寝息を立て始めるめどぎ


 かたや鯨歯げいはめどぎを。


 そっと布団に押し込める。


 めどぎの寝顔をじっと見たあとに鯨歯げいはは立ち上がり、部屋を出る。


 楼塔ろうとうの屋敷から渡り廊下をとおり。


 の道場のゆかを踏む。


 そこに座る影に話しかける。


「よろしいですか」


「構わないよ、鯨歯げいは


 影……楼塔ろうとうは微動だにせず、鯨歯げいはの次の言葉を待つ。


「うちの筆頭、湯に沈んで落ち着けたみたいです。


 気持ちよさそうに寝息を漏らしています」


「そう、筆頭巫女ひっとうふじょは瞑想できたと。


 いや完全には日課どおりの瞑想を再現できなかっただろうが……。


 気休め程度になったなら、それでいい」


「おかげさまで」


鯨歯げいはも知らせてくれてありがとう」


「お気になさらず」


 ……と言って鯨歯げいはは押し黙る。


 今度は背後に立つ彼女のほうが、の言葉を待っているかのようだった。


 は、ひとりごとのようにつぶやく。


「これで身身乎みみこを利用する思いも飛んだか」


 めどぎの妹のひとり、身身乎みみこ


 は、めどぎとの話し合いを心のうちで振り返ってみる。


 そのなかでめどぎが提案したのは。


 宍中ししなか御天みあめの仕事を長引かせることだった。


 換言すれば。


 身身乎みみこに世界平和を壊させるという計画だった。


 結局その提案は採用しないことになったとはいえ、まだそういう思いがめどぎのうちに残っている可能性はあった。


 それがにとっての懸念のひとつだったのだ。


 だから気休めだとしても。


 めどぎに日課の瞑想に近いことをさせ、気持ちを落ち着けてもらいたかった。


 そうすれば、良識をめどぎが取り戻すはずだった。


 身身乎みみこの利用が最善ではないと判断する良識を。


「でも身身乎みみこ自身は……きっと」


「うちの三女さんがなにか」


「別に」


「そうですか」


 鯨歯げいはの背後にて、きびすを返す。


「筆頭とわたしはすべらさんを探しています。


 これからしばらく各地をめぐって歩くでしょう。


 でも筆頭は最初に楼塔ろうとうにやってきて、よかったと思います」


「そう思うのは、『思う者』たる巫女ふじょだからか」


「いえ、とくにそんなこと考えていませんでした。


 思ったことをただ言っただけです」


 そう淡々と口に出して渡り廊下に足を運び、屋敷に戻ろうとする鯨歯げいは


 彼女に対しては、背中を向けて座ったまま、ため息をついてみせる。


 だがそれは呆れをあらわすものではなかった。


めどぎのそばに鯨歯げいはがいてよかったと、わたしにも思われるよ」


 鯨歯げいはが去ったあとも、は道場のゆかに座っていた。


「もちろん鯨歯げいはだけでなく。


 わたしたち巫蠱ふこは二十四人いてこそだ。


 そこを。


 見失いはしない」



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