たとえば世界に対するふたり




楼塔ろうとう赤泉院せきせんいんめどぎ②―



「……姉はきょうも戻ってきませんでした」


 楼塔ろうとうの屋敷のそばにある道場にて。


 蠱女こじょ楼塔ろうとうは、筆頭巫女ひっとうふじょ赤泉院せきせんいんめどぎと向かい合っていた。


 めどぎの姉、楼塔ろうとうすべらを探しているらしい。


 よって、まずはそれについての報告を済ませるであった。


 一方のめどぎは最初から分かっていたかのように受け流す。


「うん、そうだろうな。


 あと、ぜーちゃん、わざわざ道場をあけてくれて、ありがとう」


「今朝、門下生たちには帰ってもらいました。


 きょうは休みという看板も出しています」


 自分の道場を毎日休みなくひらいているにとって、これは異例のことである。


 ただしめどぎと話す場所として、その道場を指定したのは。


 まぎれもなく自身。


 だから彼女は、いやいや休んでいるのでもない。


 すべらを探しているというめどぎに対しても、積極的に情報を提供する。


 とはいえ。


 本題は別にある。


 宍中ししなか御天みあめの仕事が次で最後になる件だ。


 自分が腰を下ろしている座布団を整え、めどぎと改めて目を合わす。

 

「それで御天みあめについて、わたしとなにを話すのです」


「おまえどう思う?」


 めどぎのその返しに対し、は違和感を覚える。


 自分は「思われる者」の蠱女こじょであって、「思う者」の巫女ふじょではない。


 よってこんな言葉が口をついて出る。


蠱女こじょにする質問ですか」




楼塔ろうとう④―



 は少し姿勢を崩し、続ける。


「うちの妹、ずっと怖がっています」


 きのうの未明、御天みあめから姉への伝言を頼まれた。


 その際、御天みあめの終わりを知る。


 はその日のうちに妹の流杯りゅうぱいとも情報を共有した。


 しかし流杯りゅうぱいは、御天みあめの終わりの余波を受けて自分たちの立場も崩れるのではという不安をいだいた。


 そして。


 めどぎも、流杯りゅうぱいの声がうわずっていたのを思い出す。


 声の調子が変だったのは、彼女が心に不安を隠していたから。


 もちろんも、妹の心の変化に気付いていた。


流杯りゅうぱい御天みあめの終わりを伝えないことも考えました。


 しかしいずれ知ることになるのであれば、できる限り早い段階で知らせるべきです。


 また、妹ならこれを乗り越えることができるとわたしは信じていますので」


 そして付け加える。


 流杯りゅうぱいの気持ちも、もっともであると。


御天みあめほどの蠱女こじょが思われなくなるのです。


 あの人は筆頭蠱女ひっとうこじょの姉さん以上に世間では恐れられて……いえ、思われています。


 その巨大が失われるとなれば、蠱女こじょ全体の存在さえ危うくなります。


 妹のわたしたちも同様。


 いまの仕事を喪失します」


 ここでは、一瞬考えるそぶりを見せる。


「まあ『自分』と『仕事』とを切り離している玄翁くろおさんあたりなら話は別かもしれませんが」


 玄翁くろおとは。


 流杯りゅうぱいの師匠であるさし射辰いたつ……の姉である。


 彼女もと同じ蠱女こじょとはいえ、その在り方にはそれなりの違いがあるようだ。


「少なくとも、わたしの門下生はいなくなるでしょう。


 刃域じんいきにはよいことでもね」


 ……なお、刃域じんいき巫蠱ふこの守る地域のひとつである。


 めどぎがきのう書いていた手紙。


 その受取人の宙宇ちゅううが、刃域じんいきを管轄する巫女ふじょということになっている。


 だが刃域じんいきがどこにあるかなどの詳細は、まだ明かせない。


 の発言……「刃域じんいきにはよいこと」という言葉の意味が分かるのは、ずっと先のことになるだろう。




楼塔ろうとう赤泉院せきせんいんめどぎ③―



 めどぎは深呼吸して、が話したあとに言葉を続ける。


「みんな不安だよな。


 わたしだって、そうだ。


 でも手はある。


 そのひとつを言おう。


 御天みあめの終わりが問題なら、そもそも終わらせなければいい」


 そしてめどぎにひとつの提案をする。


御天みあめの仕事、いまからでも増やそうか。


 身身乎みみこならでき……」


筆頭巫女ひっとうふじょ


 言葉をさえぎる楼塔ろうとう


 彼女はこれまで柔らかくめどぎと接していた。


 そんな彼女がここで発言に割り込むような真似をしたのはなぜか。


 当然ながら理由がある。


 めどぎと共にのところに来た桃西社ももにしゃ鯨歯げいは流杯りゅうぱいに言っていたこと。


 御天みあめの終わりは世界平和を意味する。


 これは真実だ。


 しかし逆に言えば御天みあめを終わらせない場合、世界に平和が訪れないことになる。


 御天みあめの仕事を増やすというめどぎの提案は、端的に言えば「世界平和を実現させないよう戦争の火種を誘発し、長引かせること」にほかならない。


 ただし、めどぎに悪意はとくにない。


 筆頭巫女ひっとうふじょとして仲間を守りたいだけだ。


 だが少なくともにとっては受け入れがたい提案だった。


 いつも道場で、巫蠱ふこではない一般の人たちに稽古をつけていることが関係している。


 は、巫蠱ふこ以外のそとの人々について、かなり愛着を持っていた。


 もちろん仲間の巫蠱ふこを大事にしていないわけではない。


 しかし自分たちのために人々を苦しませることは、いかなる理由があっても許されない。


 そう、には思われた。


 そしてもうひとつ。


 めどぎの口にした身身乎みみこについてだ。


 彼女はめどぎの妹のひとりで、現在ここ楼塔ろうとうではなく赤泉院せきせんいんの屋敷にいる。


 身身乎みみこは非常に頭が切れる。


 平和から遠ざける工作を世界に仕掛けることさえ彼女には可能なのだ。


 それが脅威であった。


 また、身身乎みみこの出自を知っており、こちらの事情も彼女の態度を変化させた理由となっていた。


 ともあれ。


 彼女の口調に、冷気が加わる。


 突発的というわけでもなく。


 慎重に彼女の脳裏を追えば、とくに不自然な変化でもないことが分かる。


「あなたがわざとそういうことを言っているのは分かります。


 しかしそんな提案、姉にも通用しませんよ」




楼塔ろうとう赤泉院せきせんいんめどぎ④―



「意地悪、言ってごめん」


 素直に謝るめどぎであった。


 一方のは改めて背筋を伸ばす。


「わたしも少し熱く……いえ、冷たくしてしまったようです」


「おまえが謝ることはないからな。


 真っ当な反応をされてわたしは嬉しいよ。


 別の手だってちゃんと考えてあるから、そっちに切り替えよう」


「最初から試していましたね」


「いいや、わたしは本気だった」


「そういうところが、あなたが筆頭巫女ひっとうふじょたるゆえんなのでしょうね」


 少々呆れた声音になるに対し、めどぎは苦笑するしかなかった。


「で、ぜーちゃん」


 ここで話を進める。


「ちょっとそとのえらいやつらと会談しようと思ってるんだけど、その場所にこの道場使えない?


 もちろん、すぐにって話じゃないからな」


「いずれ必要になることですね。


 この道場は楼塔ろうとうから、はみでていますし……。


 普段からそとの人々も入ってくるので、外部との会談には比較的利用しやすいと思われます。


 道場の持ち主のわたしとしては稽古以外で使われるのは不本意ですが、事情が事情ですし構いません」


「ありがと。


 これも宙宇ちゅううに伝えないとな」


「……確かに今回の件でもっとも思うところがあるのはあの人でしょう」




楼塔ろうとう流杯りゅうぱい①―



 そして時間は過ぎ……。


 は道場をあとにし、楼塔ろうとうの屋敷に顔を出す。


 見ると、屋敷の庭で流杯りゅうぱいが飛んでいた。


 唐突な描写にもみえるが。


 彼女たちにとっては普通の光景のようだ。


「あ、ねーちゃん。


 めどぎさんとの話は終わったの?」


「まあね」


 は上空の妹に向かって言う。


流杯りゅうぱい


 筆頭巫女ひっとうふじょは瞑想が足りていないらしい。


 あの人がいつも沈んで瞑想する、例の泉はうちにないからね」


 彼女たち巫蠱ふこにとってめどぎの奇妙な瞑想方法は周知の事実である。


 そして。


 物騒な提案をしたことといい、実際のところめどぎは調子が悪いのかもしれないとは考えていた。


 念のためめどぎには日課の瞑想をやってもらうほうがいいだろう。


 多少の妥協は仕方ないにしても。


「確かにねーちゃんの言うとおりかも。


 めどぎさん、きのう歩いてきた疲れが完全には抜けてないだろうし」


 流杯りゅうぱいも、姉の言葉でいろいろ察したようだった。


 空からおりてくる妹に合わせて視線を移しつつ、は言葉を続ける。


「だから代わりとして、うちの風呂、使わせてやって。


 鯨歯げいはも一緒にね」



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