隣の地




赤泉院せきせんいんめどぎ桃西社ももにしゃ鯨歯げいは②―



 筆頭巫女ひっとうふじょ赤泉院せきせんいんめどぎは自分の屋敷をあとにする。


 筆頭蠱女ひっとうこじょ楼塔ろうとうすべらを探すため桃西社ももにしゃ鯨歯げいはを連れていく。


「それじゃあ鯨歯げいは、いこうか。


 身身乎みみこのことならもう睡眠すいみんに任せたんで」


 めどぎにはふたりの妹がいる。


 上の妹の名前が岐美きみ

 

 下の妹の名前が身身乎みみこ


 しかし、さきほど岐美きみ赤泉院せきせんいんの屋敷から出ていった。


 だからめどぎは自分が屋敷から出るにあたって、身身乎みみこを見ておいてほしいと巫女ふじょ仲間の桃西社ももにしゃ睡眠すいみんに頼んだのだ。


 睡眠すいみんも普段からめどぎと共に暮らしている。


 その妹の鯨歯げいはもそうだ。


 さて当の鯨歯げいはは、出かけようとするめどぎに対して少々腑に落ちない様子を見せている。


「はあ、ならいいですけど、いままですべらさんがいなくなって、筆頭がじきじきに探してやったことありましたっけ。


 今回だけ妙に積極的ですね」




赤泉院せきせんいんめどぎ桃西社ももにしゃ鯨歯げいは③―



 赤泉院せきせんいんの屋敷を離れ、ふたりは楼塔ろうとうという地に向かっていた。


 歩いているあいだに、めどぎ鯨歯げいはに事情を伝える。


 次で自分の仕事が終わると告げた御天みあめのことを。


「はあ、御天みあめさまがね。


 確かにそれなら今回ばかりは特別でしょうよ」


「てかおまえが知らなかったってことはあいつ玄関使ってないな」


 鯨歯げいはは普段、とくに用事がなかったりするときは玄関のすぐそとに正座している。


 もちろん自分の意思でだが、その鯨歯げいはが見ていないということは……。


 御天みあめは別の場所から入ってきたということになる。


 どこからだろう。


 めどぎ御天みあめ自身の言葉を思い出す。


(ただいま、ふってきたところ)


 御天みあめは玄関を介さず、雨のように天からやってきたかのようにも思われる。


「もしかして、そういう意味だったのか」


「筆頭、なんのことです」


「あいつ『ふってきた』って言ってて」


御天みあめさまらしいですね」




楼塔ろうとう①―



 さて。


 めどぎ鯨歯げいはのふたりが向かっている楼塔ろうとうとは、どんな地か。


 めどぎの管轄する赤泉院せきせんいんの地の西隣に位置する土地だ。


 かたちとしては赤泉院せきせんいんよりも少し大きく、やや南北に伸びている。


 楼塔ろうとうという漢字を見れば、たかどのや塔とゆかりがありそうだが、とくに高い建物は見当たらない。


 そのため楼塔ろうとうと呼ばれるゆえんは分からない。


 確かなのは筆頭蠱女ひっとうこじょ楼塔ろうとうすべらの管轄する地であるということだ。




楼塔ろうとう①―



 ただし現在、楼塔ろうとうの地に筆頭蠱女ひっとうこじょ楼塔ろうとうすべらはいない。


 その妹のひとり、楼塔ろうとうはいるが。


 宍中ししなか御天みあめの言っていた「ぜーちゃん」とは彼女のことである。


 御天みあめすべらへの伝言を頼んでいた。


 次で自分の仕事が終わるからそれを伝えておいてねと。


 だが姉のすべらがどこにいったかは妹のにも見当がつかない。


 だから彼女はあえて動かず、自分の道場で姉を待つことにしたのであった。




楼塔ろうとう②―



 楼塔ろうとうは自身の道場を持っている。


 それは楼塔ろうとうの地から少しはみだした場所に建てられている。


 とはいえ隣の赤泉院せきせんいんに位置するのでもない。


 道場は楼塔ろうとうの、ちょうど西部にて張り出しており。


 もはや彼女ら巫蠱ふこにとって、そととも呼べる場所にあった。


 なぜか。


 が、巫蠱ふこ以外の人間とも積極的に交流していたからだ。


 彼女はその道場において独自の武芸を教えている。




楼塔ろうとう③―



「あらゆるものを武具にする」


 それがの教える武芸の根本である。


 道場はみずからが始めたものだ。


 彼女はそとの人間に、こうも言う。


「わたしを倒せれば、奥にとおしてあげますよ」


 道場の奥は楼塔ろうとうの屋敷に続いている。


 その屋敷は筆頭蠱女ひっとうこじょすべらが普段暮らしている場所なのだが。


 巫蠱ふこ以外、奥をとおれた者はない。




楼塔ろうとう桃西社ももにしゃ鯨歯げいは①―



 その日もは、道場で門下生に稽古をつけていた。


 夕暮れになって、人々を道場から帰宅させる。


 全員が帰ったのを確認して、はうなずく。


 そして道場の奥に向かう。

 

 そこに、屋敷に続く渡り廊下がある。


 は渡り廊下に入る手前で立ち止まり、口をひらいた。


鯨歯げいは、もう出て来ていいよ」


 廊下はまっすぐだが、道場側から見て沈み込むような坂になっている。


 身を低くすれば、隠れることは可能ということだ。


 桃西社ももにしゃ鯨歯げいはもしかり。


 しかしには全て見抜かれていた。




桃西社ももにしゃ鯨歯げいは②―



 鯨歯げいはめどぎと共に楼塔ろうとうに入っていたわけだが……。


 その屋敷に着いたのは、夕暮れ前。


 だからもっと早くに声をかけることもできた。


 しかし道場での稽古が終わるまで鯨歯げいはは待った。


 そのため彼女はずっと渡り廊下に潜んでいた。


 しかしその気配を見抜けないではなかった。


 改めては、なんの用か鯨歯げいはにたずねる。


 すると。


 坂のような渡り廊下に貼り付いていた桃西社ももにしゃ鯨歯げいはが、ぺりぺりと自分の身をはがすように気持ち悪く立ち上がった。


「ども、楼塔ろうとうの次女さん。


 うちの筆頭が会いたいって言ってます。


 すべらさんは、いるかって。


 それと御天みあめさまのことについて、話したいって」



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