第8話(完)

 月曜日。雨は止んでいた。私はいつもよりずっと早く登校した。教室には誰もいなかった。私は自分の席で愛理を待った。早く会いたかった。沢山伝えたいことがあった。いっぱい言いたいことがあったし、同じくらいいっぱい聞きたいことがあった。

 でも結局、それが叶う日は来なかった。愛理の席は空いたまま朝礼が始まって、担任が、42番さんはまた転校されました、とだけ言った。それを聞いた教室のみんなはとても静かだった。


 数日後、愛理から手紙が届いた。私は手紙というものを生まれて初めてもらった。封筒には小さな字で佐藤アオイ様と書かれており、裏返すと京本愛理と書かれてた。すぐに封筒を開けると、中には便箋が1枚入っていた。

「前略 ご無沙汰してます、愛理です。ごめんね、びっくりさせちゃったと思います。本当は直接お別れが言いたかったのだけど、その時間も取れませんでした。今はまた、もともと暮らしてた関西に戻ってきました。父が言い出したことだけど、正直、私もそっちの環境は合わないと感じていました。

 アオイがいなかったら金曜日は学校に行けてなかったと思います。アオイと出会えて本当に良かった。あなたと過ごした時間はとても楽しかった。本当はもっともっと一緒にいたかったし、もっとずっとおしゃべりしたかった。本当にごめんなさい。

 短い間だったけれど、素晴らしい思い出ができました。いつかまた、どこかで出会って、ゆっくりお話ししましょう。本はその時に返してね、なんて。もちろん冗談、二人の思い出に持っててください。

 それじゃあ、さようなら。 かしこ

 京本愛理

 佐藤アオイさま」

 とても短い手紙。一度読んでから、何度も読み返した。想いのこもった手書きの文字。読み返しているとだんだん字がにじんできた。愛理は行ってしまった。とても悲しかった。でも少し安心もした。このまま愛理が私の学校に居続けたら、いつか愛理が愛理でなくなってしまう。そんな気がしていたから。


 数か月後。教室に着いた私は机に鞄を置きながら教室の雑談を聞きながしていたら、ふと小説の場面が蘇ってきた。

「ねえ、こういうこと知ってる?人はなにを話しているでもないのよ。」

 私は小さく笑いながら机の上に鞄を置き中身を取り出す。筆箱、教科書、ノート、そして一冊の小説。

 鞄を机のわきにぶら下げる時にそっと隣の机を見やる。それは、私の人生に彩りを与えてくれた大切な人の机。彼女と過ごした日々のことが鮮やかに思い出される。

「おはよう」

 突然背後から声がした。思わず体がビクッと震えた。危うく鞄を落とすところだった。

「驚かさないでよ」

 私が振り返った先にはカオルがいた。

「最近は調子戻ってきたみたいだな」

「どうかな。でもそうかも。ありがとね」

 私がそう言うと、カオルは小さく頷いてどこかへ行った。

 私は小さく息をつくと、小説のページを開いた。


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