第8話 ハロル神父

 満腹になり、ほどよくお酒も入ったロゼット様は、上機嫌で町長が手配してくれた宿に入った。

 宿を営む夫婦は、消えた五人の美女の一人の両親だった。

「ロゼット様! お願い致します! どうか娘をお助けください!」

 涙ながらに訴える二人に、ロゼット様は外ヅラ発動である。

「わかりました。お嬢さんは、必ずボクが生きて連れ帰ります。ご両親は、何があっても、お嬢さんを優しく迎えてくださいね」

「おお、ロゼット様。ありがとうございます。もちろん、お約束いたします。娘が生きてさえいれば、それ以上望むことはございません」

「その言葉、忘れてはなりませんよ」

 よくもここまで自信満々に生きて連れ帰ると断言できるなと思うが、ロゼット様のことだ、確固たる根拠があるのだろう。


 部屋に入ると、ロゼット様はだらしなくベッドに寝そべる。

「フハー、食った食ったぁ」

「ロゼット様、ベッドには靴を脱いで上がってください」

「ジェッツが脱がしてよ」

「赤ちゃんか。仕方ないなあ」

 僕はロゼット様の靴を脱がす。ちょっとエッチな気分になる。

 それをゴマカそうと、僕は話し続けた。

「しかし、どこの町にも陰の部分はあるんですね。ラドルーフも、昔は海の魔物に生贄を差し出すことで町の安全を確保していたそうです。それを聞いた時はショックでした」

「そだね。所詮、歴史は生者が語ったものだ。死者の真実は闇に葬られる。それが現実なのさ。人の生きる所に、必ず陰はあるんだよ」

 ロゼット様の目は、少し悲しげだった。


 町長が話してくれた町の秘密は、聞けば納得できるものだった。

 オークとゴブリンの襲撃で、オークに犯された者は身体が裂けて死んでしまったが、ゴブリンに犯された女の多くは、ゴブリンの子を身籠ることになる。

 そうして産まれたハーフゴブリンの運命は悲惨なものだった。

 ある者はおぞましいと産まれた瞬間に殺され、ある者は奴隷として売買されて過酷な労働の末に死んでいった。

 しかし、そんな子でも愛情を捨てきれない母親は少なからずいて、彼女らは自分自身と子供達を守るために、町の外れに集まり集団で子育てをするようになる。

 当然、町の人々の風当たりは強かったらしい。ゴブリンの血を継ぐ子供など殺してしまえと、乗り込んでくる輩も多かった。

 だが、母親達は身体を張って子供を守る。

 それでも、そんな母親達の目を盗んで暴力を加えたり、女のハーフゴブリンに至っては犯されたりもした。沢山の人間がゴブリンに犯された、その報復だと称して。

 だが、ハーフゴブリン達に何の罪があるだろう。

 そうして、クォーターゴブリンが産まれる。

 クォーターゴブリンは、より人間へと近付き、それに比例してレイプ被害も増加する。人間の女による、男のクォーターゴブリンへの逆レイプすらあったという。

 その頃には人間の母親達も歳を取ってしまい、もう十分に子や孫を守ることができなくなっていた。

 ただ、毎日をひたすら怯えて暮らしていた事だろう。

 しかし、そんな惨状に立ち上がる人物が現れる。

 それが、この町に赴任してきたハロル神父だった。

 ハロル神父は、母親と子供らが住んでいた場所のすぐ近くに教会を建て、そこで共同生活を始める。

 一部の人々からの反発はあったが、教会にまで押し入って暴力やレイプを行う者はいなかった。

 一応の平安が訪れたかのように思われた。

 しかし……


「ロゼット様の魔法で、ゴブリンに犯された女性達の妊娠を止めることはできなかったのですか? そうすれば、ここまでコジれる事は無かったのに」

 ロゼット様は天井を見つめている。

「どんな大魔法を発動してもできない事が二つあってね、それが生まれ来る魂を止める事と、死んだ魂を戻す事なんだ。魔法は自然の摂理からは離れられない。いつか人間は、薬学や医術でそれを可能にするかもしれない。だけどそれは、自然の摂理という意味では反すること……」

 急に黙り込んだのでロゼッタ様を見ると、寝息を立てていた。

 食べて寝て、どこまで自由人なんだろう。

 僕は、ロゼット様の上に毛布を掛けた。



 次の日、宿までシンシアさんが迎えに来てくれた。

「おはようございます、ロゼット様、ジェッツさん。よく眠れましたか?」

「ええ、おかげさまで。前日が岩の上に寝たので、ベッドのありがたさがよくわかりました」

 僕はこう答えたが、ロゼット様はベッドの端に腰掛け、ボーッとしたままだ。

 実は、かなり寝起きが悪い。

「ジェッツ、おしっこ」

「ダメですよ、ここでしちゃ。さあ、トイレに行きましょう」

 僕は、ロゼット様の手を引いて立たせる。ヨタヨタと歩いてトイレに入った。

 シンシアさんは、僕の顔を見てニターッと意味有りげに笑う。

「もしかして、昨晩はハッスルなさったのかしら?」

「まさか! ご存知の通り、ロゼット様は男ですよ」

「でも、あの美しさの前には、性別なんて関係無いでしょう?」

 恐ろしい人である。僕のような、サカリざかりガキの気持ちなんて、すっかりお見通しなのだ。

「ははは。それは認めますが、本当に何もありません。僕だって命は惜しい。あの方の機嫌を損なえば、この町ごと吹き飛ばされてしまいますから」

 シンシアさんは、いつものように目を剥いた。

「そうでした。ロゼット様の飄々とした態度を見ているとつい忘れてしまいますが、英雄のお一人なのですよね。私も態度に気を付けて、吹き飛ばされないようにしないと」

 でも、魔法を使わずにケンカしたら、絶対シンシアさんの方が強いだろうなと思った。



 町の片隅に、その教会はあった。

 何の変哲も無い、小さな教会。だが、隣には高い塀に囲まれた建物があった。

「こんな場所に教会があったんじゃ、皆さん、お祈りにも行きにくいですね」

 僕が言うと、シンシアさんは頷く。

「そうなんです。最近では教会に足を運ばないバチ当たりも増えて。でも、この高い塀も良くないんでしょうね。何か良からぬことをやっているんじゃないかと、あらぬ疑いを持たれてしまいます」

 侵入者を防ぐための塀なのだろうが、確かに反感を持たれる原因でもあるのだろう。

 教会には誰もいなかったので、シンシアさんは隣の建物の扉を叩いた。

「神父さまぁー! いるぅ? シンシアですぅ!」

「はーい。ただ今」

 中から、渋い男性の声がした。嫌な予感が胸をよぎる。

 そして出て来たのは、予感通り白髪混じりの渋い中年神父だった。

「こんにちは、シンシアさん。今日は、可愛らしいお連れの方と一緒なのですね」

 ああコイツ、絶対ロゼット様の好みのタイプだ。

 僕は直感する。

 ロゼット様の顔を見ると……案の定、瞳孔の開いたウットリとした顔でハロル神父を見つめていた。

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