第7話 秘密
「今でこそ、こんなオッサンですが、子供の頃は紅顔の美少年でね。ゴブリンやオークには気を付けていたのですよ。アイツら発情したら、具合い良さそうな穴なら、何にだって突っ込みますから……」
町長はロゼット様の空になったグラスに葡萄酒を注ぐと、自分のグラスにも注ぎ足した。
「……ですが、あの日は突然でした。逃げる暇も、隠れる暇も無かった。もの凄い数のゴブリンとオークがなだれ込んで来ると、立ち向かう者は殺され、逃げる者は犯された。私もオークに捕まり、もうこれまでだと観念しました。なんたってヤツらのモノといったら、馬よりもデカいのですから……」
僕はドキドキしながら町長の話を聞いていたが、ロゼット様は食べる方が忙しいようだ。しきりに頷いて聞いているフリはしているが、さっきから料理と葡萄酒しか見ていない。
「……そんなモノを尻に入れられたら、身体が二つに裂けてしまう。せめて苦しまずに死ねますようにと神に祈った瞬間、オークのほうが真っ二つに裂けてしまった! 裂けたオークの向こうに立っていたのがロゼット様だったのです!」
喋っているうちに興奮してきたのだろう、町長の声はどんどん大きくなり、ほとんど叫び声のようになった。
グラスをグイと煽り、一息で葡萄酒を飲み干して勢いをつける。
「プハッ。その姿の凛々しさこの上なく、エイヤと空高く舞い上がると、右手の人差指と中指を立てて詠唱を始める。敵う相手ではないと察し、慌てふためき逃げ出す魔物ども。しかし、ロゼット様の必殺の詠唱は続く。ナンタラカンタラ、フンニャラハンニャラ、キエー! てなものよ」
この町長、意外と語り上手である。ロゼット様を囲む昼食会に集まっていた町の幹部は、固唾を飲んで町長の話に聞き入っていた。
「その時、ロゼット様の周りに無数の光のつぶてが浮かび上がる。その光、目も眩まんばかりの眩しさよ。ロゼット様が二本指を切って下ろし、光のつぶては魔物どもの心の臓を正確に貫いた。まさに一瞬。ほんの一瞬でロゼット様は魔物どもの軍団を壊滅させたのであったぁ!」
拍手が湧き起こる。
何の話か聞いていなかったロゼット様は、訳もわからず周りに合わせて手を叩いた。ムシャムシャと咀嚼を続けながら。
いやいや、ここは同調するのではなく、手を挙げて拍手に応えるとか、謙遜とかする場面だろ。
町を襲った多数のゴブリンとオークを、一瞬で壊滅させる。
信じられない話だが、きっと事実なのだ。だからロゼット様は最強と呼ばれるのだ。
だが、事あるごとに死にたい、死んでしまいたいと弱音を吐くロゼット様と、町長が語る強いロゼット様が、どうしても僕の中で一致しない。
今もこうして町の方々からの施しである食事を、遠慮の欠片も無く食べ続けるロゼット様は、少し育ちの悪いだけの普通の女のコに見えた。
食事が終わり、お茶が出てくると、誰かが言った。
「だがまあ、犯人がゴブリンだろうがオークだろうが、ロゼット様が来てくださったからには、大船に乗ったようなものですな」
だけどこの人、こんな時でも空気を読まない発言をするんだよ。
「でも、犯人はゴブリンでもオークでもないよ」
案の定、町の幹部達の目が点になった。
「どういう事ですかな?」
町長が尋ねる。
ロゼット様は、お茶の香りを嗅ぐと答えた。
「いい香り……拐われたのはみんな美女なんだよね。スラッとスリムで、お尻が小ちゃくて、なのにオッパイだけ異様に大きい、みたいな」
「はあ、確かにその通りですが」
「あのね、そもそも人間と魔物では、美醜の感覚がほとんど真逆なんだよ。魔物的には、スリムなのは栄養が足りてないだけだし、お尻は大きいほうが妊娠に適している。授乳にオッパイの大きさは関係ないし、大き過ぎるのはむしろジャマなだけ」
「なるほど、魔物が犯人であれば、別の者が狙われた筈だと」
「うん。魔物はオスの出生率が極端に高くて、強いオスのみがメスを得ることができる。人間の女を襲うのは、あぶれたオスの止むに止まれぬ行動なんだ。特にゴブリンは繁殖力が強くて、人間の女を妊娠させる事ができるけど、それは決して好んでの結果じゃない。まして、人間基準の美女を選ぶなんて、有り得ないんだよ」
「つまり、犯人は人間……」
さっきまでにぎやかだった室内が静まり返っていた。
「その可能性はとても高い。例えば、人身売買は手っ取り早く大金を手に入れる事ができるからね。美女なら、なおさらだよ。だけど、疑問も残る。消えたのは何人?」
「五人です。一週間程の短期間に、次々と行方不明になりました」
「せっかく誘拐した美女を高額で売るには、やはり金持ちの多い王都か近辺の都市まで行く必要がある。だけど、美女を五人もゾロゾロと連れて馬車や船に乗ったりしていると、目立ってしかたない。かといって歩いて山脈を越えようもんなら、誘拐した美女達は確実に全員死亡だろう」
「わざわざ王都から離れた地方の町で誘拐しても、非効率なだけという事ですな。では、快楽殺人という線は?」
「それが今、想定される最悪の結末かな。だけどボクは、それもないと思っている。多くの場合、快楽殺人の犯人は、自分が成し遂げたことを自慢したくて仕方ない。ところが今回、遺体の一部どころか、血の一滴だって見つかっていないよね?」
「ええ、確かにおっしゃる通りです。つまり、ロゼット様の推理では、五人は生きてこの町の周辺にいると?」
「証拠は無いけど、自信はあるよ。でないと、この町のみんなに、全員助ける、なんて大見得は切れない」
その時、幹部の一人が突然立ち上がった。もう我慢できないとでも言うように叫んだ。
「やっぱりアイツらだ! アイツらが報復を始めたんだ! だからあんなヤツら、生かしとくべきじゃなかったんだよ!」
それを聞いた質屋店主のシンシアさんが、テーブルをバンと強く叩く。
「何てこと言うんだい! 神父様がどれほど立派なお方か、あんただって知っているだろ。あの神父様が責任を持って面倒見てくださっているんだ。そんな間違いは起きないよ」
「神父様は神様じゃない。アイツら全員を朝から晩まで監視するなんて、出来る訳ないじゃないか」
突然始まった激しい口論に、僕は面食らってしまった。
だが、ロゼット様は、いたずらを思い付いた子ネコのように目を輝かせた。
「やっぱり、この町には秘密があるんだね。聞かせてもらおうじゃない」
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