第6話 美女が消える町
陽が昇ると同時に出発したので、次の町に到着したのはまだ正午前だった。
なのに、僕のお腹は情けなくグーと鳴いた。
「すみません……」
「謝ることじゃないよ。朝はパンを少しかじっただけだし、育ち盛りだもんね。少し早いけど、昼食にしよう。前に来た時は食堂が数軒あったけど、町も変わっただろうな」
「でも、お金がありません。どこかでシチューを作りますよ」
「町の真ん中で焚き火はマズいね。ちょっと待ってて、これを換金するから」
ロゼット様が取り出したのは、精巧な装飾が施された高級そうな短剣だった。
「ロゼット様、それって貴重な物じゃ?」
「ああ、魔王を討伐した時に、当時の王様がくれた物だよ」
「いやいや、くれた物って、そんな貴重な品を換金しちゃダメでしょ」
「大丈夫だよ。短剣のくせに、リンゴも切れないんだ。ニセモノの短剣さ」
「そりゃあ、どう見たってリンゴを切る代物ではありませんから。短剣としてはニセモノでも、その金細工も宝石も本物ですよ」
だが、ロゼット様はニヤッと笑った。
「君に一つ真理を教えよう。王様だろうが聖者様だろうが、天国にも来世にも、どんな宝物も持ち込めないんだよ」
そして、最初に目についた質屋に入っていった。
ところが、質屋の店主と思われる派手目の中年女性は、ロゼット様を見るなり青ざめた。
「あんた、そんな顔を晒したまま、ここまで来たのかい?」
「えっ? そうだけど」
店主は僕にも言った。
「カレシもダメじゃないか。こんなキレイなカノジョ、外に連れ出しちゃ。この町で起きてること、知ってるだろ」
「いえ。たった今、この町に着いたばかりで」
「そう、来たばかりなら仕方ないけど。いいかい、この町では今、美しい娘ばかりが消えてしまう事件が続出してるんだよ。私も、次に狙われるんじゃないかと、ビクビクしているのさ」
僕とロゼット様は曖昧に笑う。
「ははは」
「笑い事じゃないよ。だから、若い娘は家から一歩も出ないようにしている。表にいるのは男と年寄りばっかだったろ?」
確かに、店主の言う通りだった。
「でも、この町にも自警団はあるでしょ?」
僕の質問に店主は頭を振る。
「あるけど、この五十年、魔物一匹出なかったからね。実戦経験がある者が一人もいないのさ。町の者は、ゴブリンかオークの生き残りが、繁殖のために娘を拐っているんじゃないかって話しているよ……」
そして、目を剥き出しにして続けた。
「……悪いことは言わないから、早いとこ宿に入って、ほとぼりが冷めるまで隠れていなって」
店主の変顔がツボに入ったらしく、ロゼット様は必死で笑いを堪える。
「わ……ププッ……わかったよ、店主さん。だけど、宿に泊まろうにも先立つものが無くて。これを換金できないかな? ヒヒヒ」
「かわいそうに、恐怖でおかしくなってしまったかい。無理もないよ。で、売りたいのはこの短剣かね? 見たことないくらい立派な短剣だねえ……アンタ! これは簡単に売り買いしていいもんじゃない。場合によっては牢屋行きだよ!」
店主は口から泡を飛ばしながら力説するが、ロゼット様はヘラヘラ笑うばかりで、仕方ないので僕が返事をする。
「ですよね」
「ですよねって、事の重大さがわからないコ達だよ。ほら、柄のここを見てごらん。これは、王家の紋章だよ。私も紋章入りの実物を見るのはこれで二度目だけど、間違いなく本物さ……」
店主は再び目を剥いた。
「……つまりね、こんなありがたい代物を王様から頂けるのは英雄様か聖者様で、あんた達のような子供が持っているという事は、盗んだ以外に考えられないって事になる。私としても見過ごせないよ!」
ロゼット様は、店主が目を剥いたのが再びツボに入ったようで、顔を真っ赤にして笑いを堪えていた。
こうなってしまったロゼット様は、全くアテにできない。
僕が説明するしかなかった。
「ええ、こちらにいらっしゃるのが、その英雄の一人。最強の魔法使いロゼット様です」
それからが大変だった。
店主は床に伏して非礼を詫た。
だけど僕は、別に非礼でも何でもないと思う。この人の、度を越した愛らしい容姿が一番悪いんだ。
店主はシンシアと名乗ったが、なんと名付けたのはロゼット様だそうだ。
魔王討伐後、この町の若い夫婦に乞われて、産まれたばかりの赤ん坊に名前を付けたことを、ロゼット様も薄っすらと覚えていた。
こんな話を聞くと、この少女の様なロゼット様が、本当は大変なジジイであることを実感するしかない。
店主は、とにかく町長に会ってくれと言う。
「会うのは構わないけど、この短剣は幾らで買ってくれるのさ。ここにいるジェッツはね、正真正銘の食べざかりだから、ボクには飯を食わす責任がある。今日の昼食代と、できたら夕食代になるくらいの値段は付けてもらわないと」
僕はロゼット様のほっぺたを引っ張った。
「ロゼット様、空気読んでください」
僕らは店主について町長の家に向かったが、この店主が会う人会う人に「もう大丈夫よ! 英雄ロゼット様が、私達を守るために、再びお戻りになったから!」と言うので、皆からひざまづいて祈りを捧げられてしまった。
僕なんか只の荷物持ちなのに、何とも申し訳ない。
町の中心にある広場には、驚いたことにロゼット様の等身大の銅像が立っていた。顔が妙に男らしくて凛々しいが、『我らの町を守りし英雄 最強の魔法使いロゼット』とプレートにしっかり刻んである。
「ロゼット様、何をやらかしたんです? 町を通過しただけじゃ、こんな銅像は立ちませんよ」
「そりゃあ魔王を倒したからって、魔物まで消えて無くなる訳じゃないからね。むしろ統率が無くなって、危険な状態になる。逃げる連中が、闇雲に町や村を襲った訳さ」
「そいつは危険ですね」
「だから、ボクら四人は別々に行動して、はぐれ魔物を狩りながらラドリーフに戻った。ボクが受け持った町の一つがここなのさ」
「なるほど。だから、よりによってロゼット様の銅像なんですね」
「ちょっと、よりによってって、どういう意味よ?」
そう言いながら、ロゼット様は嬉しそうだ。
まだ出会って三日目だが、ロゼット様の根本的な人となりはわかってきた。この人は、崇められるより、イジられるほうが喜ぶ。
そして、SかMかでいうと、生粋のMで間違いない。
「この町にはね、ゴブリンとオークが逃げ込んで、多くの犠牲者が出たんだから。それを、このボクが退治したんだよ。銅像も立つでしょ」
「それより、ロゼット様って、五十年前から服も髪形も変わっていませんね」
そんな事を話していると、立派な屋敷の前に出た。
店主が扉に手を伸ばした瞬間、扉は勢い良く開いて、中から鼻髭が立派な初老の紳士が飛び出して来た。
「ロゼット様! おお、ロゼット様! 生きてまたお会いできるとは、神に感謝するばかりです。ロゼット様に間一髪で助けて頂いたこの命、今日までこの町に捧げてまいりました。いつお戻り頂いても恥ずかしくないように、です。ここまで復興いたしました。ここまで……」
そして、お約束でひざまづく。
「……ですが今、町に再び災いが訪れています。このタイミングでロゼット様がお戻りくださるとは、間違いなく神のおぼし召し。どうか私たちをお救いください!」
だが、ロゼット様は素っ気ない。
「ええっと……誰だっけ?」
僕はロゼット様のお尻をつねった。
「ギャッ!」
そして、耳元で囁く。
「憶えてなくても、ご苦労様とか頑張りましたねとか、何か労いの言葉を」
「ご苦労様でした。よく頑張りました」
棒読みである。
僕はもう一度お尻をつねる。
「ギャッ!」
「心を込めて」
ロゼット様は、目に涙を浮かべて言った。
「幼かったあなたがこんなに立派になり、喜びに堪えません。町が復興したのもあなたの功績でしょう。問題事があるようですが、ボクが来たからには、もう心配には及びません。まず、何か食べさせてください」
紳士の目から涙が流れた。
「何たる幸せ! このギャリソン、これ以上の幸せを感じた事はございません!」
いつの間にか大勢の人々が集まり、ロゼット様に向かってひざまづいていた。
さすがに空気を読んだのか、ロゼット様は穏やかな微笑みを浮かべて周囲を見回すと、大きく腕を開いて言った。
「善良なるこの町の皆さん。今日までよく耐えてくれました。ありがとう。そして、隣の町の人々を救うために、この町への到着が遅れてしまったこと、お詫びします……ですが!」
ロゼット様は両手の指を組み、その手を頭上に高々と差し上げた。
「もう何の心配もいりません! さらわれた女性は全てボクが助けます! 恐怖に怯える日々は、今日でもう終わりです!」
どよめきが起こった。誰もが肩を叩き合って喜び、泣いている人もいた。
被害者の家族や恋人は、ロゼット様の言葉にどれほど救われただろう。
「……なので、食事を頂けませんか? 朝からほとんど何も食べてないんです。できたら葡萄酒も……」
最後は本音丸出しのロゼット様だったが、取り敢えず許すことにした。
僕もお腹ペコペコだった。
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