第21話 次の目的地

 魔女同士の誓約を交わした後、クラリスが要望を口にした。



 「聖都にある神殿の結界を壊すにしても、可能であれば現場で実物を見てみたいんだけど。」



 ああ、確かにアレは言葉で説明されるよりも実物を一目見た方がわかるだろうな。けど、それは不可能に近い。



 「無理ね。教会関係者以外の魔力持ちは全員が異端審問の対象だし。バレる事を前提にすれば短期間の潜入は可能だけど・・・まだ本番ではないからそれは避けたいところね」



 下見は大事だ。だが、それが原因で相手の警戒を強めてしまっては本末転倒。本来の目的である教皇殺害が難しくなる。だが、その為には万全の準備が必要で下見もしたいと。・・・痛し痒しだな。



 「なら、その結界と同じくらいの神秘級の何かをこの目で見たい。それだったら壊す想像が出来るかも。」



 「・・・なるほど。結界そのものではなく、神秘級という概念を壊す発想か。面白い事を考えるわね」



 感心したようにアンジュが呟いた。



 「それで、なにか心当たりはある?」



 聖都にある神殿の結界に匹敵する神秘、か。

 神々が古代、直接統治した時代の名残。人の知恵では決して到達できないと言われる奇跡。聖都の神殿以外にも探せばあるだろうけど、その数は極めて少ないはず。

 大抵はどこぞの王家の秘宝としてその真価も知らぬまま、死蔵されている物さえあるだろう。・・・・・・・・・これは、ある意味チャンスか?

 今現在、まさに一つの王家が終末を迎えようとしている。

 もしかしたら、神秘級の何かが王城に保管されている可能性は高い。



 「ワタシにはないわね。コハクは?」



 「・・・にゃあ(これはあくまで仮定なんだが・・・)」



 オイラはアンジュにその可能性を話した。



 「・・・・・・あり得るわね。そう考えるとこれはまさに絶好の機会とも言える、か」



 アンジュは何度も頷き、満面の笑顔を浮かべている。・・・これは良からぬことを企てている顔だ。オイラにはわかる。



 「なになに?いったいコハクは何を提案したの?」



 置いてけぼりをくらっているクラリスに、アンジュが簡略化して説明した。



 「何だか火事場泥棒みたいで気が引けるけど・・・そうも言ってられないか」



 こうして、消極的ではあるけれども最終的にはクラリスもオイラの提案に賛成した。

 よし、そうと決まれば次の目的地は王都だ。武装した民衆に奪われる前に、宝物庫に急ぐとしよう。そこに神秘級の何かがあると信じて。



◇◆◇◆◇◆



 一国の首都である王都も、今や武器を手にした民衆が我が物顔で闊歩(かっぽ)している。そのせいか王都全体が殺伐とした雰囲気で治安も悪い。

 道端には死体がそこら辺に転がっている。まるで風景の一部と化しているかのように。ちょっとした地獄みたいな状況だ。



 「・・・・・・ひどい」



 ある程度の覚悟はしていた。だが、さすがに予想以上だったのだろう。クラリスは顔を顰めている。

 死体の中には子供も当然いた。・・・腐敗が進み、とんでもなく臭い。可哀そうと言う感情よりも、不快さが勝る。



 「ふふっ、剝き出しの獣の本性。ああ、やっぱり人間も大して変わらないわね。実に滑稽。実に哀れ。・・・ワタシもその内の一人だと思うと反吐が出そう」



 アンジュは・・・上機嫌なのか不機嫌なのか判断に困る。

 秒単位で気分がアップダウンしているので、とりあえずは放置しておこう。触らぬ神に祟りなしだ。

 クラリスも、そんなアンジュの不安定さに苦慮しているのか話しかける様子は皆無。

 ただ・・・こんな混沌と化した王都に女二人と猫一匹は存在が浮いていた。悪目立ちし過ぎているのだ。

 なので時折、というか頻繁にアンジュやクラリスを無遠慮に狙ってくるアホもいた。漏れなく、その全員が断末魔を上げて固い地面へと崩れ落ちていくわけなんだが。



 「武装した民衆だけじゃなくて、兵隊崩れも徒党を組んで犯罪に勤しむとは・・・ここはもはや王都ではなく、悪徳の都市だね」



 「いずれは他国の軍隊が制圧するでしょうけど・・・この様子だと当面、先になりそうね」



 今はどこの国も王国の領土切り取りに忙しいだろうからな。この国の王族を助ける気なんてないだろうし。・・・そもそも王家の全滅を待ち望んでいる節すらある。まあ、個人的にはどうでもいい。

 払い除けても群がってくる有象無象を追い散らしながら、王都を抜けてようやく王城付近へ到着した。王城の周囲を二重、三重に取り囲む民衆。絶え間なく拳サイズの石が王城へ向けて投げられ、時には火矢が射かけられるが・・・王城は未だ健在だった。



 「・・・想定外ね。正門すら破られていない。王城側の抵抗が思ったよりも激しいのかしら?」



 アンジュが心底意外だと、少し驚いている。



 「にゃあ~(城の連中も命がかかっているんだ。必死にもなるだろうさ)」



 オイラとしては蹂躙されていなくて一安心だ。宝物庫が荒らされては手間が増える。



 「・・・抵抗する兵士の数が多い。裏切者が少なかったか。意外に王族の方々は慕われていたのかな?」



 クラリスの発言に、思わずオイラとアンジュは顔を見合わせた。



 (ちょっと、いやかなり純粋すぎないこの娘?)



 (オイラ達が穢れすぎたんだろうな)



 目線でのみの会話が成立するくらい、以心伝心できた瞬間だった。

 オイラとアンジュの考えはもちろん違う。既にもう、王城内での主導権は逆転していると睨んでいる。

 つまり、王族は監禁して無力化し、軍部が指揮権を掌握している。・・・掌握したのは将軍の一人か。それとも近衛兵長か。どちらにしても、今はまだ主君殺しはまずいと自重しているみたいだが、理性の鎖は時間が経てば経つほどに脆くなっていくものだ。周囲全てが敵に囲まれている極限状況だと特に。

 あくまで予測だが、王城内部は王都同様かもしくはそれ以上に混沌としているだろうな、きっと。

 様々な人間の思惑が麻の如く絡まり合い、時には懐柔し、時には裏切り、少しでも己の利益が多くなるように立ち回って騙し合う坩堝(るつぼ)。きっと善良な人間ほど早く死ぬ醜い環境だな。そう考えると今も王城内で生き残っている奴らはある意味で逞しいと評価も出来るか。何が何でも生き残るという貪欲な精神。生への渇望。劣悪な環境で生き残るのは、適応できる卑怯者だけ。

 そんなある意味では正しくて、けれど歪んだ価値観の世界と化した王城に、今から足を踏み入れないといけないのかと思うと・・・気が滅入る。

 だが、誰にもバレずに忍び込むのはオイラが一番適任だ。気は進まないが、やるしかあるまい。



 「にゃあ~(それじゃあ、一働きしてくるわ)」



 「いってらっしゃい。・・・危なくなったらさっさと尻尾撒いて逃げてきなさい。一晩中、慰めてあげるから」



 「にゃあ(へいへい)」



 励ましているのかよくわからない戯言を聞き流し、オイラは王城に向かって歩き出す。



 「えっ?えっ?えっ?コハクはどこに行くの?」



 勝手に単独行動しようとしているオイラを、クラリスが止めようとしてくるが・・・



 「トイレよ。それくらい察しなさい」



 呼吸するように嘘をつくアンジュ。



 「えっ、あっ、ごめんなさい。ごゆっくり?」



 そして純粋ゆえにあっさりと騙されるクラリス。なんだかそれが少しばかり可笑しくて、笑いそうになる。



 「ほら、他人のトイレ事情に首を突っ込む暇があるなら、これからどうやって王城内に忍び込むかの案を出しなさい、案を。」



 クラリスの気を逸らす為、話題すら提供するとは気が利く魔女様だよ、ほんとに。

 さて、アンジュの嘘がバレない間にさっさと仕事を済ませてくるか。・・・長引いたら下痢とでも説明するつもりかな?



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影猫は転生者 赤っ鼻 @kaname08

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