第20話 決着
勝敗は決した。
「おめでとう」
淡々と、アンジュが祝福した。・・・なんだか敗者側とは思えない程、堂々とした態度で。クラリスも同様に感じているのか、少しばかり気圧されている。
これじゃあ、どっちが勝者なんだか分からなくなってしまうな。
「・・・・・・どうも」
勝利が確定した瞬間は年齢相応の喜びを爆発させていたアンジュが、やや恥ずかしそうに返事した。
「ワタシね、運が良い人間は好きなのよ。なんでか分かる?」
「さ、さあ?」
唐突な問いに、クラリスはただ戸惑うばかり。正直、オイラも戸惑っている。アンジュの真意が見えない。
「簡単には死なないからよ。それが味方なら尚のこと喜ばしいわね」
「いや、意味わかんないし。むしろ怖い」
「・・・子供には難し過ぎたかしら?」
「敵には簡単に死なれるとガッカリするっていう風にも捉えられるんだけど?」
「あら、通じているじゃない。よかったわ。相互理解に苦しむことはなさそうね」
「相互理解の意味を知っている?」
「アナタよりは知っているつもりよ」
「・・・・・・うわあ、マジでそう認識してるよ。タチ悪いなぁ」
少し。ほんの少しだが、アンジュが他人と打ち解けている・・・のか?
少なくとも、クラリスを認めた?あの人間嫌いのアンジュが?・・・だとしたら快挙だな。人類初と言っても過言ではないくらいには。
「・・・ところで、この旅に目的ってあるの?」
同行者となった自身がどういう旅に巻き込まれているのか、確認の意味合いも込めてクラリスがアンジュへ聞いた。その際、ちらりとオイラを見たが視線はすぐに逸らされた。
まあ、オイラに聞かれてもクラリスには鳴き声しか返ってこないのだから当然か。消去法でアンジュに聞くのが合理的だ。
「あるわよ。明確な目的と、目的地が。」
「それを聞いてもいい?・・・安心して。聞いても逃げないし、誰にも言わないから」
「コハク?」
一応、アンジュがオイラに許可を求めてくる。共犯者とはいえ主導しているのはオイラだ。形式的とはいえオイラの意思は確認しておきたい様子。
無事にクラリスが国境からベイリー家の屋敷へ帰ってきたということは、上位使徒を返り討ちにした証拠だ。それも事前情報が確実なら三人を相手に。奴らが魔女を眼前にして逃亡なんてするはずないし、ほぼ確実に殺しただろう。それなら大丈夫だ。・・・さすがに三人も殺したら教会側に神敵認定されているだろうから、クラリスが寝返る可能性は極めて低い。
仮にオイラ達の首を手土産に教会に降伏しても、まず間違いなく殺される。教会は面子にこだわる。上位使徒を殺した魔女を許す道理は奴らに存在しない。
「にゃにゃあ~(言っても問題ないよ)
「目的地は聖都。目的は教皇の殺害」
実に簡潔に告げられた衝撃の内容。それを聞いたクラリスの反応は・・・
「・・・・・・・・・本気?」
こちらの正気を疑うように本音が漏れていた。うん、まあ、当然の反応だな。むしろそうなるよね。誰だってそう思う。
「本気も本気、大真面目よ。知ったからにはアナタにも片棒を担いでもらうからそのつもりで」
「・・・最初から何を言われても断るつもりはなかったけど、想像以上の内容だったからさすがに驚いたよ。・・・・・・ちなみに具体的には?まさか行き当たりばったりじゃないよね?」
「もちろん計画はあるわ」
えっ、あるの?初耳なんだけど。
「その内容を聞いてもいい?」
クラリスが身を乗り出して問いかける。オイラも気になるのでアンジュの足元に近寄る。そしてそのまま自然な流れでアンジュがしゃがんでオイラを抱きかかえた。・・・うん、オイラもびっくりするくらい自然な動作だった。なんかもう抱きかかえられるのにも違和感を覚えなくなってきたな。
もはや割り切った気持ちでアンジュの腕の中で丸まる。居心地は良いのでオイラに文句はない。
気のせいか、クラリスはそんなオイラ達の一連の動作を羨ましそうに見つめていたような気がするが・・・・・・気のせいだな、うん。
「真正面から乗り込む」
オイラの頭を撫でつつ、アンジュは大したことでもないように内容を語る。・・・語ると言っても計画とは言えない大雑把なものだが。作戦や策なんてなかった。
クラリスはまるでアンジュを脳筋馬鹿でも見るような目で見つめている。
「実際ね、聖都内部に潜り込んで暴れるのはアナタが適任だと思うのよ。ほら、ワタシの魔法ってそういうのに向いてないから」
ああ、確かに。アンジュの場合は暴れ回るスケールが桁違いだ。内部工作や潜入は向いていないな。・・・あっ、ちょっ、顎をくすぐらないで。無意識にゴロゴロ鳴いちゃうから。
「・・・・・・・・・」
「ああ、もちろん切り札は幾らか仕込んであるから安心して。決して捨て駒になんかしないから」
切り札?仕込み済み?・・・いったいどんなって聞いても教えてくれないんだろうな。本番までお楽しみにって焦らすのが容易に想像できる。
「・・・それを、はいそうですかと素直に信じろと?」
「疑うのも信じるのもアナタの自由よ。・・・ワタシは表で派手に暴れて教会戦力の大半を引き付けるから、コハクとアナタは聖都中枢へ奇襲を仕掛けて。・・・多分、それでも厄介な敵との戦闘は避けられないだろうけど」
おそらく、教皇の傍には上位使徒が二、三人は常在しているはずだしな。そもそも中枢である神殿には厄介極まりない結界がある。それの突破対策も必須だ。・・・そう考えると途方もないな。
「・・・貴女一人でそんなに大量の敵を引き付けられるの?聖都だけでもおよそ二千以上の教会騎士と百以上の使徒、更には聖名持ちの上位使徒がいる。さすがに全員が出っ張ってくることはないでしょうけど・・・それを一人で?」
「問題ないわ。・・・それよりも、上位使徒の何人かはアナタが返り討ちにしたんでしょう?何人減らしてくれたのかしら?」
「・・・耳ざといね。どこでそれを?」
おいおい、大丈夫かアンジュさん。オイラ達が上位使徒の動きを黙認してたのバレるぞ?
「これでも各方面に気を配っているのよ。当然、上位使徒の動きも。奴らが聖都の外へ派遣されれば目立つから、足取りは簡単につかめるわ。・・・消息が途絶えたことも、ね」
「・・・なるほど。確かに、上位使徒と思われる三人はボクがこの手で始末した。各々が別行動していたから順次各個撃破できたけど・・・・・・まとまって行動されていたらと思うとゾッとするね」
「各々の名前、もしくは特徴はわかる?誰がいなくなったか確認しておきたいのよ」
「ああ、一人目は・・・・・・」
クラリスの説明を聞きながら安堵する。アンジュが難なく切り抜けたことに。
やっぱり口が達者な魔女様だ、頼りになるなぁ。もし敵だったら厄介だろうけど。味方でよかった、心の底からそう思う。
それはクラリスも該当する。まさかまだ十代で上位使徒を単独撃破できるほど強くなっていたとは。しかも三人を相手に。本人は謙遜しているが同時でも勝てたという自信がわずかに垣間見えた。
つまり、まだ切り札を隠している。そしてまだ成長の余地は十分にあるから末恐ろしい。十年後、二十年後にはいったいどんな境地にまで行きつくんだ?
師であり主であったメアリーが生きていたら、驚愕しただろうな。その基礎を築いた偉大な女傑に今は感謝を。・・・ベイリー家が滅亡したことに関して同情の余地はないけどね。
「・・・・・・・・・それで全部かな」
「・・・こちらの把握している情報と特徴が一致しているわね。上位使徒三人を返り討ちにしたのは確実。さすがはワタシを相手に面と向かって啖呵を切っただけあるわね。頼もしく感じるわ」
ああ、お互い初対面のアレね。確かに見えない火花がバチバチだったな。・・・五体満足で上位使徒三人を返り討ちにしたクラリスと、教会から神敵認定されて今まで生き残っているアンジュがもしもあの場で本気の殺し合いを繰り広げていたらどうなっていたんだろうか?
興味深いが、あの時点で互いに潰しあって喜ぶのは聖神教会ぐらいだろう。思えばあの時、すんなり引き上げたオイラの判断は最上だったんだな。自画自賛しても恥ずかしくない英断だよ、うん。
「それはどうも。・・・なんか有耶無耶になりそうなんで言っておきたいんだけど。」
「あら、なにかしら?コハクとの意思疎通に関してのこと?」
ああ・・・そういえば、そもそも突然のババ抜き対決のキッカケはそれだったな。すっかり忘れてたわ。
「ええ、まさにそれについて。この際、どっちが格上だとかつまらない事にこだわる気はないけど、それだけは譲れない。・・・何か手段はないの?」
なんだかクラリスは必死だな。当事者であるオイラもなんだか申し訳なく感じるほどに。
「・・・・・・あるにはあるわね。」
「なら・・・!」
「けれど、それには時間と手間がかかるのよね」
「・・・急ぐ旅路なの?」
「どうかしら?・・・コハク次第?」
アンジュの腕の中で丸まっていたオイラに、二人の視線が集中した。そこでオイラに矛先を向けるのかよ。・・・なんだかクラリスの視線が突き刺さるくらい痛い。もはや物理的な圧さえ感じる。
「に、にゃあ~(いや、まあ、聖都中枢の神殿の結界対策もあるから今すぐにはどうにもならないけど。そう考えると時間はある・・・かな?)」
「時間はあるみたいよ」
「なら問題ないね」
問題はない、のか?
「アナタ、結界に関しての知識はある?主に壊す方面で」
「結界に関する?・・・少しはあるけど。張る方も、壊す方も。」
「なら交換条件ね。聖都中枢にある神殿の結界を破壊できる手段を確立したら、コハクと意思疎通できる手段を教えてあげる」
「二言はない?」
覚悟ガンギマリだな。クラリスの目が怖いよ。ていうか交換条件の天秤が偏り過ぎていないか?主にアンジュ側有利に。手間暇考えたらどう見ても釣り合いがとれていないだろう。そんなにオイラと話せることに価値を見出しているの?
当事者だけどなんか恐縮です、はい。
「魔女として誓約してあげれば気は済むかしら?」
「それなら文句はないよ。のちほど詳細を詰めよう」
口約束では終わらせないと。・・・いざオイラと話せた時に幻滅されないか心配だな。
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