第19話 唐突
ベイリー伯爵領の隣、パードマー男爵領。
王国全土が荒れているせいか、はたまたベイリー家壊滅の余波もあってか、この地も中々に荒んでいる。
村人たちは自分たちの故郷を捨てざるを得ない状況にまで追い込まれたのか、荒れ果てた村も多い。放置された畑は雑草が侵食し、空き巣まがいの魔物の足跡がチラホラ見受けられる。
幸い、というべきなのか。オイラ達は空き家と化した民家で、休息をとることにした。・・・ベイリー領外に出て三日以上。陽は既に沈んでいる。さすがに移動続きで疲労が蓄積し、体に倦怠感がある。
民家内部には所々に点在する血液やら壊された家具が散乱していたが・・・まあ、贅沢は言えない。雨風しのげる屋根や壁があるだけ野宿よりはマシだ。
ようやく一息つける、落ち着いた環境。二人と一匹は思い思いに床に座り、足を伸ばす。
快調・・・とはいかなくとも、やや体力も回復できたその時だった。
「アンジュさんはズルいです」
唐突に、クラリスがアンジュに向かってぶっ放してきた。
「ズルい?」
言われた本人であるアンジュに心当たりはないのだろう、心の底から不思議そうな表情を浮かべている。・・・珍しい。あのアンジュが少し戸惑っている様子だ。なんか殺伐とした空気感だったら影にでも逃げ込むつもりだったが、今のところはその予兆はなし。ならば・・・面白そうだし傍観しよう。うん、そうしよう。
「何がズルいのかしら?」
「コハクと会話できるのがアンジュさんだけなのがズルいです!」
やべっ、オイラが関連しているのか。・・・アンジュの冷たい視線が突き刺さる。だが、それも一瞬のこと。すぐさまアンジュはクラリスに視線を向ける。
「そんなにコハクと会話したいの?」
「愚問ですね、当然です」
力強く断言するクラリスに、アンジュはやや呆れている。
「・・・会話が出来るようになったら、幻滅するかもしれないわよ」
おい、どういう意味だよ。・・・・・・まあ、確かに外見とのギャップ差があるのは自覚しているが。
「幻滅なんかしません。ボクを救ってくれた恩人なんですから」
まあ、猫なんですけどね。しかし、無条件の信頼が重い。人間一人の人生を背負うのは重責だ。・・・助けたのなら最後まで面倒を見るつもりではあるが、こちらとしてはクラリスの力を利用する気満々だ。それ目的という部分が大半だとも言える。
出来れば互いに利益ある関係を目指したいが・・・果たしてオイラに背負いきれるかという問題はある。
オイラはクラリスの力を求めるが、クラリスに対してオイラが与えられるものは・・・・・・癒しくらいか?
生きる目的とやらは、生きていれば自然と見つかる。生きていればこそ、だ。死んでは何も出来ない。何も見つけられない。オイラという存在はその繋ぎ的な役割に過ぎない。・・・むしろそうでなくては困る。
うん、明らかにアンバランスな関係性。釣り合っていない。不平等。これではいずれ近い未来に破綻する。・・・短期決戦ならあるいは有り、か?
「妄信と信頼は似ているようで全然ちがうわ。・・・依存しすぎるのはやめなさい。それではあまりにもコハクにとって重荷よ」
「そんなことは・・・っ!」
咄嗟に反論しようとしたクラリスに、アンジュが魔力圧で抑え込む。・・・冷静な話し合いを望んだ結果だが、やっていることは中々に力業だ。
アンジュは人間嫌いだからな、端的に会話を終わらせる悪癖がある。・・・年下相手に大人げないが、よくよく考えれば精神年齢は似たようなものかもな。つまり、お互いお子ちゃまって事。
実年齢差は親子ほど・・・ではなく姉妹くらいには離れているが、人間社会に順応という点ではクラリスに軍配が上がる。しかし経験という点ではアンジュが優勢。
魔女としての実力はどうだろうか?・・・・・・・・・うん、わからん。とりあえず、睨み合いは不毛だからやめないお二人さん。なんかそのうち、血の雨が降り注ぎそうなくらい雰囲気が悪い。ここ室内だよ。
やれやれ、ここは年長者として仲裁するとしよう。
「にゃあ~(仲よくしようよ~)」
これから一緒に旅する仲間なんだから。背中を預ける運命共同体なんだよ。ここは禍根を水に流して笑顔でハグを・・・・・・
「コハクは黙ってて。・・・ちょうどいいわ、ここでお互いの格を認識しましょう。そうすれば口答えも減るでしょう?」
「どちらが格上かを決めると?・・・ええ、とてもいい提案です。時間の節約に繋がりますから」
うわあ、仲裁失敗。むしろ悪化してる?
どちらも自分の方が格上と確信しているからか、ナチュラルに煽り合っているし。人間付き合いが下手な者同士が絡むと碌な事にならないな。・・・いざ実戦でギスギスするよりかは幾分はマシな展開か。やり取りは野生的だが。
ここは存分にガス抜きしてもらって、互いが互いを認め合う場にしてもらおう。よし、ここは年長者らしく温かく見守ろう。・・・決して諦めているわけではないです、はい。
さて、肝心の勝負内容はもちろん殺し合い・・・なわけあるか。そんなルールにしたらこの辺一帯、火の海になるわ。勝敗を決するならもっと平和的な手段だ。すなわち、カードゲーム大会!参加者は二人のみだけどね!!
あんまり複雑なゲームルールでは説明するのも手間だし(だって結局はアンジュを介してオイラが説明するから)、オイラが実演できる手段もないので(だってオイラに人間みたいな長い指はないし)ババ抜きを提案した。
最後にババを持っている方が負けと言うシンプルイズベスト。子供でもわかる勝敗。
オイラの提案に、怖いくらいあっさりと了承した二人の魔女は、物騒な手つきで指の骨をポキポキならしている。・・・なんか物理的な殴り合いとして勘違いしてないか、君たち?大丈夫?いきなり勝負を始めた瞬間、手が出て流血沙汰にはならないよね!?オイラは信じているよ、君たちが文明的な人間だってことを!!
「安心しなさい、コハク。すぐにでも勝敗を決してどちらが格上かを思い知らせるだけだから」
おい、アンジュさん。それなら魔力圧でクラリスを威圧するなよ。言葉と行動が伴ってないよ。勝負内容はカードゲームだよ。魔力は一切、必要ないよ。むしろ不要。邪魔ですらある。
「不安そうな顔をしないで、コハク。・・・すぐに終わらせるから」
カードゲームをだよね?・・・クラリスさん?
なんでそんな濃縮した魔力を練っているのかな?そんなもの、練り固める状況ではないよ。
「にゃ?(おかしいのはオイラの方、なのか?)」
もしかしてオイラが知っているババ抜きと、こちらの世界のババ抜きは概念が違うのか?
魔力圧で威嚇し相手を萎縮させ、互いの手持ちカードを魔力で粉砕し、ババを押し付け合うと勘違いしている?
いや、でも簡単にではあるけどババ抜きのルールについては説明したよね?聞いてなかったのかな、二人とも?
「さあ、始めましょうか(身の程をわからせてやるわ、小娘が)」
「ええ、さっさと終わらせましょう(ほざいてろ、年増)」
うん、なんか副音声が聞こえた気がした。気のせい・・・そう信じたい。
あっ、ちなみにカードはこの世界にも前世のトランプに似たナニカがあったのでそれで代用している。絵柄の由来は知る由もないが、剣やら槍やら魔物やらが描かれていたので、血なまぐささは同レベルっぽい。無論、賭け事に盛んに使われているとのこと。
捕捉ではあるが、酒場ではこの類のカードは使用禁止らしい。理由はお察しの通りで高確率で殺し合いに発展するからだ。酒と賭け事を絡めれば碌な事にならないのは、どこの世界も一緒らしい。
◇◆◇◆◇◆
今や廃村の唯一の光源を灯す廃棄された民家内で、真剣なカードゲームが行われている。光源である蠟燭の火が隙間風のせいか、それとも真剣勝負をしている魔女達の見えない空気感のせいか、絶え間なく揺れ動く。
意外なことに、勝負を始めてからは平和的に進行している。・・・少なくとも、表面上は。まだ、序盤だしね。
二人だけの勝負なので、手持ちのカードは多い。なんせ五十二枚の半分だ。一人二十六枚。プラスババが一枚。パッと見ではどちらがババを持っているかはオイラ視点では不明。だが、どちらかは手にしている。
ババは互いの間を蝙蝠のように行ったり来たりしているのか、それとも王者のように泰然と鎮座しているのか。それは勝負している二人にしかわからない。第三者が邪魔することを許されない聖域内での出来事ゆえに。
当初は気楽に見守っていたオイラも、勝負が進むにつれて緊張感が増していくのを肌で感じていた。
「・・・・・・」
何のカードをひいても無表情、ポーカーフェイスのアンジュ。カードの枚数は順調に減っていく。
「・・・・・・」
アンジュに比べれば感情の揺らぎはあれど、勢いを感じさせるクラリスは自信が垣間見える。・・・憶測だが、ババが手元にはないからこその余裕か。こちらも手元のカード枚数は順調に減少。
「・・・・・・ふっ」
「・・・・・・っ!?」
しかし、その余裕も容易に崩れ去る。渡ったのだ。ババが。アンジュからクラリスの手元に。
すぐさまポーカーフェイスに戻ったが、アンジュの勝ち誇った顔を見たのだろう。歯が嚙み砕けるんじゃないかと心配してしまうくらい、クラリスが悔しそうに歯噛みしている。・・・なんだか、まるで負けヒロインを目の当たりにしている心境だ。
しかし、ババが移ったからといってそこで勝負は決しない。最後まで居座らせなければ、それでいいのだから。
ルールを思い出したのか、クラリスは落ち着きを取り戻す。・・・だが、完全ではない。手元がやや揺れている。震えているのか?何故?
もしかしたらアンジュに負けるかもしれない恐怖感からか?それとも勝てる道筋が見えている興奮?・・・・・・どっちだ?
ハラハラしている間も、互いのカードをひきあう二人の魔女。ペアの数は積み重なり、更に手元の枚数は減っていく。決着の時は刻一刻と迫っている。確実に。
「・・・・・・!」
「・・・・・・ふふっ」
わずか。ほんのわずかにだが、アンジュのポーカーフェイスが崩れた。同時に、口元に笑みを浮かべるクラリス。まただ。ババが移った。あるべき持ち主の元に戻ったのか。はたまた次の移住の布石か。状況は忙しなく移り行く。
それでもカードの枚数は減っていく。そして・・・遂に互いに一桁にまでカードは減少した。
片やクラリスの手元には八枚のカード。片やアンジュの手元には九枚のカード。この状況にまで至れば、どちらがババを持っているかは一目瞭然。それが勝負の当初から嫌と言うほどわかり切っている二人の魔女の視線が、初めて交わる。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
互いに言葉はない。いや、むしろ必要ないのだ。畢竟、ここに至れば。あとに残されたのは行動のみ。
交互にカードをひきあう。手はスムーズに動き、一切の躊躇はない。仮にババをひいたとしても動揺すら隠しているのだろう。もうどういう状況なのかはオイラに知る術はないのだ。
そして・・・・・・・・・その時が来た。
クラリスの手番。手元にはカードが一枚のみ。対するアンジュの手元には二枚。どちらかがババ。
クラリスはどうにかアンジュの反応を見破ろうと試みているが、鉄壁の無表情でそれを阻止するアンジュ。オイラにもまったく読めない。いったい、どちらがババなんだ?
場の重圧さが増していく。もはやここは戦場同然。油断はもちろん存在しない。遊戯であって、遊戯ではない。人生がかかっている。この勝敗如何で、互いの格が決まる。決まってしまう。どちらが格上で、どちらが格下かが。
誰だ、ババ抜きで勝敗を決しようなんて安易に提案したのは!
でも、不謹慎だけど面白い。たかが遊戯。されど遊戯。血が流れない真剣勝負の場。
「・・・・・・ボクが、勝つ!」
覚悟を決めたクラリスが、遂にどちらのカードをひくかを決断した。右か左。どちらを選ぶ?
選んだのは・・・・・・右のカード。掴み、その絵柄を急ぎ確認する。アンジュは・・・無反応。この時点で結果を把握しているのはアンジュのみだ。なにせババを左右どちらかに設置した本人なのだから。なのに、既に勝敗は決したのに、ポーカーフェイスを保っている。勝利を確信したからか。はたまた敗者として甘んじて受け入れる為か。どっちだ?どっちが勝者なんだ!!?
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