③おもしろい

私はどんな作品でも、

面白さが分かるまで読み続ける

胆力があるつもりです。


そうでなかったら、

読了できないですからね。


始めに おっ、と思ったのは

『岡の上』の渡野さんの登場シーン。


『破れぬばかりに着古した縞の背広に、色のせた黒い襟飾りー(中略) 黒い光沢つやのある頭髪かみのけ亜米利加あめりか風に長く生して金の目鼻立、女にしたらばと思うほど美しい。顔色は白いよりは蒼白い方で、その大きい眼の中には、何処か神経過敏な事が現れて居た。』


あめりか物語の全体を通じて、

登場人物の身なりの記述が

実に詳細に書かれているのです。

上半身だけ。


人物の登場時点において、

そのキャラ容姿情報はゼロです。


ですから、顔に名前のついた

真っ黒の影法師みたいな状況で

頭の中に浮かんでくるわけです。


そしてプリキュアの変身バンクみたいに

「ポン」と「シャン」を同時にならした

ような音で衣服を纏っていくイメージが

描写されていくわけですよ。

上半身だけ。


上半身だけ描写すれば、

大体ズボンの様子なども伝わってくる。

人は腰から上の様子で

その人の第一印象を判断している。

そんなメッセージを受けました。


私は人の足下で判断しているので

違う価値観を見ることができて

嬉しくなりました。


どうやって足下でって?

それはまた別のお話です。


それと、当時の価値観を

推測しながら読むと、

また違った印象が得られます。


『私は紫色の制服ユニフォームに金釦を輝かした黒奴くろんぼ門番ボルターに訊くと、』


えーと、読み仮名が無理矢理です。

制服と門番のルビとか

西洋かぶれもいいとこですよ。


とか思っちゃダメですよ。


紫色は使用に天皇の赦しが必要な

特別な色であることは、

当時の読者くらいの知識人ならば

当然知っていたことであるはずです。


そして当時は、現代よりも

天皇の政治的権威が強大で、

紫の衣服の無断使用は

死刑などの重刑に処されるはずです。


そんな「神聖」なはずの紫を、

黒人奴隷の男が着ている。

奴隷というのは不正確ですが、

畢竟、高い身分ではありません。


日本では罰される行為、所作が

アメリカでは罰されないという、

ところ変われば法も変わる

という方便の具象でしょう。


あくまでここはアメリカで、

日本とは違う世界なのだと

強調暗示するために、

ルビがぐちゃなっているのです。


この日本とアメリカの違いは

特に男女関係については、

『春と秋』の中で詳細に

記されています。


物語に書かれた内容を通じて

当時の道徳、常識を読む。

もはや日記の楽しみ方です。


俊哉はアメリカで出会った菊枝

という女性が気になり始め、

著名な牧師の説教会に誘います。

しかし、菊枝は渋りがち。

もじもじして俯いています。

その理由部分の引用です。


『全く別に迷惑と云う程の事ではない。唯 菊枝は男女の交際を禁止されて居る日本の習慣上 意味もなく安からぬ気がするだけ』


これに対してアメリカでは、

男女交際の禁止なんてなく、

むしろ大っぴらになっています。

始めは人目を憚っていた菊枝ですが、


『今は慣れるに従って親しくアメリカの男女間で行われる交際を見ると、全く日本の習慣とは違って、案外健全で神聖であることが分るので、俊哉に手を引かれることをば最初ほどに恐れぬようになった。』


男女交際観の差異はもちろんのこと、

日米の男女差観の描写もありました。


市俄古シカゴの二日』より引用します。


荷風先生が宿で朝食を取るシーンの

相席した女学生との会話中の心内語です。


心内語とは発言された言葉でなく、

心の内の考えが文字化されたものです。


『アメリカには日本のように女学生に限って小説を禁ずるような無残な規則はないと見える。』


これは、男女間で

「あの小説面白いよね~」とか

そういう話を禁止されて居る

というわけなのですから、

日本の男女差道徳では、

交際を徹底的に排除するみたいです。


ですから、当時の日本男性は

西洋の積極的な女性に魅せられ、

童貞のように「イイコトお姉さん」に

思う存分振り回されてしまう。


明治期の小説って何かと暗いですけど、

それは当時出てきた外国道徳が

日本道徳における「堕落」に

近しいところにあったために

目新しいもの、面白みあるものとして

作品の題材に採られやすかったのです。


その一方で、アメリカで見つけた

日本的な情緒にも言及がある気がします。


例えば『岡の上』から見た景色の引用。


眼前にはとうもろこし畑があり、

岡の上に生えたリンゴの木からの

良い香りがあたりに漂っているとのことです。


『柔らかな草の上に佇立たたず四辺あたりを眺めると、此れこそは地球の表面であるといふような気のする程広々した大平野の上に、朦朧たる大きな月が一輪。所々の水溜りは其の薄い光を受けて幽暗な空の色を映して居る。』


トウモロコシの畑は時期によっては

茶色、光が当たれば金に輝いて見えます。

月の光が畑に、水たまりに反射する風景。


もしや、広大なススキの野原を

想像しているのでは?との疑いがあります。


もちろん、アメリカですから、

ススキの野原は日本ではあり得ぬ広さ。


日本的な風景でありながら、

アメリカでしか見られないという

特別な風景に心打たれたのかもしれません。


『紫の制服』のくだりに比べると、

『太平野』をヴァストフィールドとか

読ませていない分、あれは単なる

西洋かぶれではなく、

意図的な無茶ルビであるとの確信が

徐々に募ってきませんか?


はあ、今回はここまで。

めっちゃ読むのに疲れました・・・


「あめりか物語」

 読了にあたっての感想でございました。

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永井荷風 「あめりか物語」 感想 Athhissya @Ahhissya

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