3-5

 夏休みに入り、私はかねてから計画していた敦賀市にある金崎宮を訪れた。

 そこにはかつて金ヶ崎城という堅城があり、南北朝の時代に新田義貞率いる南朝方の軍勢と室町幕府の北朝方で激しい戦いがあったそうだ。

 由羅を救った由良具滋という男は新田義貞に従いこの城を守り続けたが、厳しい兵糧攻めの末に敗れて討ち死にしたらしい。彼は自らの血を飲んで死肉を食らい、最期まで壮絶に戦い抜いたと伝えられている。

 私は由羅の記憶で一度見ただけだが、信念を重んじる誇り高い武人だったのだと思う。彼についての資料はほとんど残っておらず、調べているうちに唯一ここの境内にある絹掛神社に彼が祀られていることを知った。

 私は彼に会いたいという由羅の望みを叶えるため、自由研究の一環だと親に嘘を吐いて旅費を出してもらった。

 境内は海に面した急峻な山の上にあり、この地が過去幾度も戦乱の舞台になったのも頷ける。南北朝の動乱以外でも、織田信長の『金ヶ崎の退き口』としても有名な場所だ。神社へと続く石段を登りながら、長い歴史の重みを踏みしめる。

「どう、由羅。なにか感じる?」

 階段の途中で小休止し、敦賀湾の港町を見下ろしながら隣の由羅に尋ねる。彼女は白いワンピース姿で、快晴の夏空の下によく映える。

「ふふ、何も。でも、とても素敵な所ね」

 穏やかな笑顔で応える由羅は目を閉じ、海からの風に髪をなびかせている。

 たしかに海の独特な香りがして、山国育ちの自分にとってはとても新鮮だ。お土産に親に何か海の幸を買って帰ろう。

 私は額の汗を拭って息を吐くと、再び神社へと通じる石段を見上げた。

「行こうか」

「ええ」

 遠目で海を眺めていた由羅は小走りで駆け寄ってくると、そのまま私の手を取った。

「さあ、早く早く」

 由羅は満面の笑みでそう言うと、私を引っ張るように先へと進む。

「まったくもう」

 私も釣られるように笑いながら、一歩ずつ歩を進めていった。

 ようやく金崎宮の摂社である絹掛神社まで辿り着き、木造の小さな社に向かってふたり並んで手を合わせる。神を称する由羅が神社を参拝するのはなんだか不思議な光景だが、彼女は目を閉じ至って真剣な様子なので黙っていた。

 私は直接的には縁もゆかりもないが、由良具滋がいなければ由羅は死んでいて森に封印されることもなかったのだ。そう考えると、彼のお陰で彼女に出会えたとも言える。だったら私の伝えるべきことは、やはり感謝だろう。

 ――かつてあなたが救った妖怪は、確実にひとりの少女を救いました。ありがとうございました。

 私は心の中でお礼を言い、深々と頭を下げる。

 ひょっとしたら、由羅がここに来れば何か神威的なことが起こるような気がしていた。例えば想い人の霊が現れて、感動の再会とか。

 でも、そう簡単にはいかないらしい。参拝を終えた私たちは手を繋ぎ、そのまま神社を後にした。何も特別なことは無かったけれど、由羅が満足そうだからそれでいい。それだけで私も満足だった。


 篠塚は由羅に打ちのめされた後、命を助ける代わりにもう二度と私たちに干渉しないことを誓った。その約束が本当に果たされるのかは定かでないが、少なくともあれから一度も姿を見ていない。

 由羅に尋ねたら、陰陽師として誓った以上はそれを破ったりはしないだろうとのこと。私にはよく分からないが、そういうルールなのだろう。

 宮野ともその後もたまに遊んだりして、普通の友達付き合いをしている。彼女は最近高校生の男友達と遊ぶことが増え、学校以外で話す機会は減っているが。

 こういう平穏な日常を得られたのは由羅のお陰である。

 由羅と出会う前の灰色の日々は、彼女が変えてくれた。こうして遠くまで出かけたり、些細なことで笑ったりできるのは、由羅がいるからだ。

 並んで歩きながら無意識にその美しい横顔を眺めていると、由羅がこちらに顔を向けて微笑みを浮かべる。

「ねえ、茜。今度来るときは旅館に泊まりましょうよ」

「とっ、とまっ?」

 唐突に言われて思考がショートしてしまった。ふたりきりで泊まり掛けの旅行なんて、なんだか恋人っぽくないか。

 焦る私をからかうように、横からぎゅっと抱き着いてくる由羅。

「なんなら、新婚旅行でもいいわよ?」

「はいぃ?」

 耳元で囁かれ、すっかり舞い上がってしまう。

 私はもうひとりではない。隣で愉快そうに笑う由羅を見つめながら、私も声を上げて笑った。

 真夏の明るい日差しが、ふたりの道の先を優しく照らしていた。

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ゆらり、ゆらゆら 由上春戸 @yugamiharuto

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