人間と家族

花見から帰ってきて、まず食卓に座ってもらった。


なぜか2、3回座ることを拒否されたが、椅子を引いてどうぞと指し示すと大人しく座ってくれる。


「とりあえず聞きたいことたくさんあるんだけど」

「はい。伺います」


居住まいを正し、確認したいことをひとつずつ質問していく。


「なんで父さん?と別れることになったの?」

「私の存在が会社にばれたとか。研究続行のためには逃した方がいいと考えたそうです」


根っからの研究者なのよあの人。全然家のこととか私たちのことに興味ないんだから。そんな母の言葉を思い出す。


―――でも、僕のこと覚えててくれたみたいだよ、母さん。


「アイの目的はなに?」

ご主人様マスターの側にお仕えし、創造主の研究成果として完成することです」

「研究成果っていうのは『感情を得ること』で合ってる?」

「はい。ご認識の通りです」


―――あくまで僕のそばにいるのは研究のためなんだな


「最後に改めて聞きたいんだけど」

「はい」

「結局アイは僕の姉ってことでいいの?」

「……製造日としてはそうとも言えますが、そもそも私は人間ではありませんので」


なるほど、というなんの意味もない言葉が溢れる。


結局よくわからない。そこは変わらない。


突然父がどうとか、機械が感情を得るとか、そんなことを言われてもそうですかとすんなり受け入れられるほど脳は柔らかくない。


でも一つだけわかるのは。


「僕は、ここ半年でアイと少しでも仲良くなったと思ってたんだけど」

「そうですか」


そっけなく帰ってくる声。

そんなつもりはないのに視界が滲む。


「こんなことを聞くのも変なんだけどさ」


気づけばこちらの声は震えている。


「アイにとって僕は研究に必要なただの装置ってことだったのかな?」


女々しい、聞くべきじゃない、思ってる答えはきっと帰ってこないんだから、そう思ってもどうしても吐き出してしまう。


「いえ、ご主人様マスターは私の全てです」


「え?」

そうです、とかそんな心無いことを言われるのかと思っていたが予想外の答えが帰ってきた。


ご主人様マスターには分からないかもしれませんね。ご主人様マスターは人間ですから」


なんだったらちょっと苛立っているような口調でそう返してくる。


「なんだよ、分からないって」

「存在としてあり方が違うと言っているんです。分かってもらおうとも思っておりませんので、問題ございません」


さっきまで泣きそうになっていたのに、今度は怒りが湧いてきた。


―――わかってもらおうとも思ってない?なんだそれ


客観的に見たらめっちゃ情緒不安定だし滑稽な男に見えてるだろうなと思いながら言う。


「この生活が気に入ってるんだ」

ご主人様マスターは何もしなくてもいいですからね。大丈夫、そのためのロボでメイドな私です」

「違う」


アイこそ何もわかってないじゃないか。


「僕は、アイと!一緒に過ごすのが楽しかったんだよ!なんでわかんないんだバカ!」


「AIに向かってバカとはなんですか。馬鹿なわけないでしょう。データベースにはバカと言う方がバカだという言葉が登録されております。この言葉そのまんまご主人様マスターにお送りしますよ」


勢いづいて立ち上がっていうと、無表情のままだがアイも立ち上がり言い返してくる。


「大体、ご主人様マスターは私以外にも拠り所はあるじゃないですか」

「はぁ!?」


突然何をいうんだこのポンコツAIは。


ご主人様マスターにはお母様も、会社の同僚も、きっと学生時代のご友人やその時に過ごした思い出とやらもあるんでしょう?私には何一つありません。創造主のデータも音声データしかなく、母なんて言える存在はなく、仲間と言える同位体はおらず世界で私だけの個体なんです。そんな私の何より優先すべきはご主人様マスターだけ。今日は買えりが遅いけどご主人様マスターが帰ってこなかったらどうしようと何度も何百回も何千回も演算しました!そんな経験が!ご主人様マスターにありますか!?ないですよね」


「そんな話聞いたことない」

「したことございませんから」


ぷいと横を向きながら、相変わらず憎まれ口を叩くアイ。


「あれ、何回も演算してくれたの?」

「ええ」

「帰ってこなかったらどうしようってながら」

「……?何が言いたいんです?」


思わずはぁと溜息をつく。気づいてないのか。


「もう実験成功してるじゃないか」

「は?」

「もう立派に感情もって接してくれてるじゃないか」


どうやら本当に気づいてなかったらしい。

目をほんの少し見開き、驚いたような表情をして見せる。


思い返せば、始めの頃はあんなに無表情なことが多かったのに、最近はたまに見せる表情が豊かになった。


「今だって驚いてるじゃないか」

「いえ、驚いていません」

「鏡持ってこようか?」

「この家に持ち運べる鏡なんてないでしょう」


すでに僕よりこの家に詳しくなったアイがそう言い放つ。

まったく、生意気なAI様になったもんだ。


「そうでもないぞ~?」

ごそごそとポケットの中に手を入れ、


パシャ


と写真を撮る。

うん、いい感じに撮れてるな。


「何するんですか、ご主人様マスター。」

「ん~?これ、見てみなよ」


そう言って撮った写真を見せる。

そこには不服そうな顔をしたアイが映っていた。


「ね?ちゃんと表情あるでしょ?」

「……ないです」

「あるって」


さっきまで言い合いをしていたのがなんだか馬鹿らしくなって笑い始める。


「アイ」

「なんでしょう、ご主人様マスター

「僕は、確かに君と違って母もいるし友人もいるし、会社っていうコミュニティもある。同じ種族の生き物もたくさんいる」

「あらためて言わなくてもわかっております」


「でもね。僕は、アイと家族としてこれからも過ごしたいんだ。僕からみたらアイは普通の女の子と何も変わらないんだよ。父さんが一緒と知る前から、アイはもう姉弟みたいな存在なんだ。」


静かに話を聞いてくれているのを確認し、続ける。


「僕にとってアイがすべてではないのはそうかもしれない。でもアイが大部分を占めているのは間違いないよ。じゃなかったら、花なんて買ってこない」


そうして食卓の上で咲いているチューリップを指さす。


「一人だったらあんなもの買わないしね。アイがいるから買ったんだ」

「……あれ、何の意味だったんでしょうか。データベースやインターネット検索をしてもよく意味が分からず」

「え、いつもの感謝の気持ち以外の何物でもないよ」


井上さんの歓迎会の時、なんでもないときにお花もらえると嬉しいですよね、と言っていたのを聞いて思い立って買ってきたチューリップ。コンビニに数本花が売られている中で、一番無難そうなものを買ってきた。


「でも、白いチューリップの花言葉は」

「え、なんか悪い意味あった?ごめん、そこまで気が回らなくて」

「いえ何も悪い意味はありませんでしたが、待ちわびるとかそんな意味だったので、前後関係がつながらないなと思っておりました」


特に考えずに購入したのですね。それなら納得です。なんて呟いているが、それだと僕が考えなしみたいじゃないか。


「考えなしみたいないいかなやめてよ」

「いえ、人間は理屈が通らなくて興味深いなと思っただけです」


本当だ、これが感情ですかと今更ながらに実感したようにアイが言葉を吐く。

食卓を囲む2人の間にもう緊迫感のある空気は漂っていない。


「ねえ、アイ」

「なんでしょう、ご主人様マスター


ずっと気になっていたことを言うのであれば、今なのではないかと、心の底にたまるほんの少しの勇気をかき集めて切り出す。


「この期にさ、その『マスター』っていうのやめない?」

「?ご主人様マスターご主人様マスター以外の何者でもないじゃないですか」


理解ができませんと首をかしげる。


「さっきも言ったけど、僕はねアイのこと機械だとは思えないんだよ」


おっしゃってましたね、とアイはうなずきを返す。


「それに半年間耐えてきたけど、やっぱり僕はマスターなんて呼ばれるような器じゃないんだ」

「そんなことはございません」

「ううん、ただのどこにでもいる社会人なんだよだからね」


んんっと咳ばらいをし、手を差し出す。


「僕と、家族になってよ。名前で呼んでほしいな。だって、同じ父の元に生まれた姉弟なんだから」



そうして、僕とアイは姉弟としてふるまうことにした。


「まずは、そのヴィクトリアンメイドの服装から変えたいね」

「いけませんか、この服」


椅子から立ち上がり、だいぶ気に入っているのですがとその場でくるりと回る。


「やはり使用人としての正装はこれかと思うのですが」

「これからは使用人じゃなくて、家族として過ごすんでしょ。家族は使用人じゃないんだよ」


はぁ、とまだ納得しきっていない様子。


「こんな服着たいとかないの?今度いっしょに買いに行こうか」


でも女性モノの服なんて知らないしと考え込む


「特にございません。……強いて言うのであれば丈の長いスカートがいいですが、それもインターネットショッピングで購入しますので。今までの食料品や生活必需品もそのように取り揃えておりました」


メイド服で街を歩けば話題になっただろうに、と思っていた疑問が一つ解消された。


「ネットで買えるならそれに越したことはないか」

「はい、マネキン買いというやつでそろえようと思います」


ほかに必要なものはございますか、というので。


「モノじゃないんだけど……。せめてマスター呼びは明日からでもやめよう。僕が悲しくなるから」


そして自分以外にも大事に思える存在を見つけてほしいな。

そこからは少しお互いの名前を呼ぶ練習を2人でする。


「……アキト様」

「いい感じ。もうちょっと自然に言ってほしいな」

「……これ本当に必要なんですか?」

「必要だよ。僕以外の大事なものも探すんでしょ?ほかの人の前でマスターなんて読んでみなよ。大事なもの探すどころか、変な人扱いされちゃうよ」


ご主人様マスターが言うのでしたらそのように、というので、じっと見つめる。


「アキト様が言うなら、そうします」

「もうちょっと敬語をやめて。姉弟っぽく」


「秋人くんが言うなら、頑張る」


ようやくちょっと人間らしく話すようになったアイを見て、まだ結婚もしてないのに娘を育てている気持ちになった。



「秋人様。おはようございます。6時0分0秒です。」


今日も、僕の目覚めはこの声と共にある。

重たい瞼をこすりながら体を起こし、声をかける。


「おはよう、アイ」

「おはようございます。秋人様」


さすがに昨日の今日でいきなりフランクになることはないか、と少し落胆しながらもマスターとよばれなくなったことに満足する。


今日の朝食は何?と問うと、本日は焼き鮭と豚汁です、と答えが返ってくる。


「ではご準備を」

「はーい」


そうだ、僕からもこれを言わなければ。

部屋を出ようとしていたアイに告げる。


「今日も、明日も。これからよろしくね、お姉ちゃん」

「……」


自分だってまだ恥ずかしいんだ。そんな気持ちを込めながら告げる。

まだこの呼ばれ方に慣れないのか、ぎぎぎと体をこちらに向けてアイが答える。


「はい。秋人くん、今日もあなたにとって良い1日でありますように」


ぎこちないながらも、そう述べるアイの顔には、優しい笑顔が浮かんでいた。

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ご主人様とSFメイド つじ みやび @MiyabiTsuji2525

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