歴史とAIの感情
「
いつもと変わらない朝がやってきて、今日も当然のようにアイが僕を起こしに来る。
「本日は昨晩の残りで作った、炊き込みご飯のおにぎりをご用意しております。」
「ありがとう」
枕元の眼鏡を手に取り、今何時?と聞く。
「現在時刻、13時32分55秒です」
昨日の歓迎会の後家に着いたのが大体3時で、そのあと何とかお風呂に入ったりしたから……
「もう10時間近く寝てたんだね」
「さようでございます。良く眠ってらっしゃいましたし、本日は休日ですのでそのままにしておきました」
そっか、とつぶやき体を伸ばしてリビングに向かう。
外を見ると雲一つ無い良い天気。気持ち良い温度だ。
「アイ」
「はい」
「もうこの時間になっちゃったけど、お花見にでも行く?」
「
おにぎり食べたら行こう、という事になった。
◆
向かったのは近所の桜並木。地域の人が見に来ているのだろう、見渡す限りシートが広がっている。老若男女を問わず人気で、犬も駆け回っている。なんとも平和な光景だ。
その中でも特に目立つのが、僕の横のヴィクトリアンメイドさん。こちらをちらちらとみられている視線を感じる。
―――僕だって本当は着替えて欲しかったよ……!!
『その服目立つから、着替えない?』
『これ以外の服を持っていません。汚れることもございませんので、このままで問題ございません』
『いやあの、目立つの……』
『問題ございません』
『も『問題ございません』
メイド服に何か強いこだわりでもあるのか、頑なに着替えてもらえなかった。
「ママ―、あのお姉さん変な恰好してるー」
「趣味なのよきっと。変とか言わないの」
「ええ、これは立派な仕事着ですので変ではございません。趣味でもございません。
いつの間にか他の家族の会話にするっと入り込んでいる。
急いでアイの元に駆け寄り、見知らぬ母親にすみません、と頭を下げ道の端の方に移動する。
「……何やってんだ」
「変ではないと、弁明しておりました」
「別にわざわざ言いに行かなくてもいいだろ」
―――メイドさんなんて特定の特殊な地域でしか見かけないものなんだから、実際変だし
「はぁ……まぁいいや。ゆっくり花見していこう。」
「はい」
どこかゆっくりできるスペースがないかと見渡すがどこも人で埋まっている。
「しかたない、このまま歩いて花見しようか」
「承知いたしました」
もくもくと桜並木を歩いてゆく。特に会話はない。
「アイは桜に何か、思い出があったりする?」
口をついて出てきたのはそんな言葉。
入学式とか新生活とか、そういう何かの起点が多いのが桜の季節だし、いくらAIでもロボでも、人間社会になじんでいるなら何か思い出があるのではないかと思ったのだ。
「思い出……。この時期に記録されたデータでしたらあります」
「風情が無いなぁ。どんな?」
「
「いなくなった?」
―――あ、これは深掘りしない方が良い話題だったかもしれない。
返事をしてから後悔の念が押し寄せるが、アイはたいして気にした様子もなく答える。
「はい。あの日はちょうどこの体を得た日でした。始めの外部の音声からは確か……」
ガガガとアイの口からノイズが漏れ、次の瞬間聞いたことの無い男声がアイの口から流れる。
>「アイ。この子のこと頼む。」
>「必ず見守ってあげて欲しい」
>「俺の代わりに」
再びアイの声にノイズが走る。
「と言っておりました。そのあとから
突然変わったアイの声に驚きながらも、父に会えていないという現状にこちらが悲しくなる。
「そっか…。お父さんとはその後会えたの?」
「いえ。というか会えていたとしても分かりっこありません。私の中に彼の顔の画像データは残っていませんから。データとして集積していないので見かけたとしても判断しかねます。音声データなら残っておりますので、声があれば可能かと。」
アイは少しの哀愁も見せず、淡々と事実だけを口にした。
「悲しくないの?」
「私に、悲しいという感情はございませんので」
当たり前かのようにそう言い放ったものの、数秒考え言い直す。
「でも、」
「
―――感謝?
「感謝はあるの?」
「はい、そうあれと教わっております」
「教わったからそう感じるってのは不思議な感じするけどな……。あと感謝されるようなこと、した覚えないんだけど」
全く身に覚えがない。何かしただろうか。
「……
―――アイから提案されたの初めてかも
花見の雰囲気に流されているのだろうか。
でも確かに気になる。話してくれるなら聞きたい、と思うくらいにはこちらにも感情は芽生えていた。
「うん、是非聞かせて。アイが嫌じゃない範囲でね」
「嫌なことなどございません。承知いたしました」
では、とアイは歩いていた道のど真ん中で話始めようとする。
「アイ、ちょっと待って」
「……はい?」
周囲を見渡すと、運よく2人なら座れそうなベンチが空いている。
「あそこに座って話をしよう。このままじゃ通行の邪魔になる」
◆
そうして、初めて私は自分の話をした。
私はもともと、とある大学生の研究テーマとして生まれたそうです。そうですね、この学生のことを仮にアオヤギと呼びましょう。途中で二転三転したそうですが、最終的なテーマは「介護の負担を機械で減らすことができるのか」。非力な人間の側で、電力さえあれば人間の何倍も強く・長く動くことのできるロボットの作成を目指したアオヤギの初めの研究成果。それが私のことだそうです。
はじめの私に名前はありません。ただの「介護随行支援ロボット」。これが20年程前のことでございます。20年程前というと、自動で動く掃除機が開発された頃ですので、あのお掃除マシーンとは大体同い年という事になりますね。
第一号の私はまず、アオヤギの祖母の介護の現場に配置されました。
任されていたのは、その老人の運搬。ベッドから机の椅子へ、机の椅子からベッドへと動かすだけです。はじめの頃から私は優秀で、約1年の試用期間中一度もミスを犯したことが無かったそうです。
問題なく稼働することを確認したアオヤギは、私を手土産にとある企業へ向かいます。
>「こちら、私が開発した介護支援ロボットです」
>「現地実験も実施済でして、今後の介護業界に革命を起こすことができると確信しております」
そうして無事、私はその企業に売られることになり、アオヤギも一緒に就職することになりました。この企業のことを、ええ、面倒ですのでエエコーポレーションとでも呼びましょう。
それから数年、私をプロトタイプとしてエエコーポレーションでは順調に介護支援ロボット開発を進めていました。
どうすればより介護がしやすくなるのか
どうすればより良い製品ができるのか
開発・現場テストを繰り返している内、とある発明が生まれます。
アーティフィシャル・インテリジェンスという発明、AIの登場です。
開発者の内の一人が、ある日このように考えたそうです。
「介護ロボットにAIを搭載すれば、より適格な行動がとれるのではないか。我々は今までパターンに沿って動くマシンを作り続けてきたのだ。より良いものができるはずではないか」
そう言ってAI搭載の随行支援ロボットの開発が始まりました。プロジェクトは「自律随行型支援機実用化計画」。プレスリリースも出し、クラウドファンディングで資金を集め、順調に開発が進み最後に現場での試験をクリアするのみ、という段階で事件が発生します。
とある冬、エエコーポレーションの息がかかった介護施設の、とある夜。その日も開発していたロボットが数台稼働しておりました。突然ある1台のロボットがある老人を持ち上げ、施設の外に運び出したのです。
事件が発覚したのは、翌日人間の介護職員が出勤してきた時のこと。基本的に夜勤はロボットが担当し、日勤をロボットと人間が共に行うという体制をとっていたことがあだとなり、事件の発覚が遅れたそうです。
人間の職員はロボットの行動ログから老人が運び出された場所に向かい、保護したものの、寒空の中数時間も薄着のまま放置された老人の状態は悪化の一途を辿り、数週間後に亡くなってしまいます。
エエコーポレーションは「このロボットの反乱」というセンセーショナルな事象を隠蔽するため、介護にフラストレーションの溜まった職員の起こした事件として発表し、事態を収拾させました。
後に該当ロボットに向け、データ取得という名目で聞き取り調査が行われました。担当は開発責任者として任命されていたアオヤギ。
>「どうしてあのようなことをしたのか。何を判断基準としたのか」
とアオヤギが聞くと、
>「あの老人は我々に対し敵対的な言動を繰り返し行っていた。我々だけでなく、人の職員に対しても同様であった。このままでは施設運営に影響が出て我々の存在理由が消滅すると判断。原因を排除した。結果、他職員や他入居者も安堵していた様子だったため、正しい判断を下したと考えている。」
と答えたそうです。
聞き取り後、アオヤギが該当ロボットを解析したところ新しい発見が見つかります。本来人間に危害を加えないようにという理由から製造時ロボットには「行動原理」が定められていました。ロボットは基本的にここに記載されたことを忠実に守ります。問題を起こしたロボットに元々刻まれていた内容は以下の2つ。
①人間に危害を加えない事
②施設運営を円滑に守ること
その記載の上部に、アオヤギの見知らぬ項目が付け加えられていたそうです。
⓪守るべき人間は自分が担当している入居者であり、排除すべきはその入居者に敵対するモノすべてである
これを発見した時、彼の脳裏に過去の思い出が広がります。
結局現実的な内容にしなさい、とテーマ変更を要求され、最終的に受け入れられたのが「介護の負担を機械で減らすことができるのか」というテーマだったものの、もともとアオヤギが研究したかったのは「機械は感情を持てるのか」。
もしかしたら、保護対象と敵対する対象を明確にすれば機械も感情を持つのでは?
そんな仮説が彼の中で立ったそうです。
その後社長命令により該当施設からはロボットを排除。以降施設は人間のみで運営されることになりましたが、アオヤギはその中から1体だけ秘かに持ち出します。
唯一残った、自律随行型支援機実用化計画で生産されたロボット。それが私、アイです。
アオヤギは私の中の行動原理に以下の2点、
①人間に危害を加えない事
②施設運営を円滑に守ること
が明記されていることを確認した上で、その文章の1行目に文章を差し込みました。
⓪守るべきは であり、排除すべきはそれに敵対するモノすべてである
この空欄に何を入れるかは相当悩んだそうですが、数か月後このように書き込まれます。
『⓪守るべきは
◆
「このように、私の中では
「ちょっと待って」
ここで待ったををかける。
「なんでそこで僕の名前が出てくるの?」
「アオヤギつまり
「僕の苗字、林田だけど」
「
「ある」
めちゃめちゃある。
自分が物心つくころにはもう母しかいなかったし、父の話題が出ることがめったに無いため忘れていたが、母が父のことを語るときはアオさんとか呼んでたような気がする。
うわまじか。じゃあアイって実質僕の妹?姉?いや、AIだから関係ない?でも父って呼んでるし概念としてはそういうことになるよね。え、僕今まで兄妹に身の回りの世話してもらってたの?
―――うわー!!!恥ずかしぃ!!!!
ふぅー……と一息つき、僕は頭を抱えてうずくまる。
「
「アイ。君、僕の妹?姉?」
「先に創造されているので意味合いとしては姉になるかと思いますが。そもそも私はAIですので家族ではないかと」
―――知ってたんだ……!!
「なんでそれ早く言わないのさ」
「私にとって、
「大事なことだよ」
「そうでしたか」
アイは素知らぬ顔でそう答える。
「うん……一旦いいや。良くないけど。続きがあればどうぞ」
「続きといいましても、そうして私に
「……そう」
気づけば少しづつ日は傾き、影は長く伸びている。
「言いたいことはたくさんあるけど、とりあえず帰ろうか」
「はい」
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