第3話 愛の魔術師殺人事件(解決編)
ボク達は城ケ崎さんの部屋を出て、弟子3人の控室に再び向かった。
「ねぇ、サダメ君。もしかして犯人が分かったの?」
「いや、まだ分からないんだ。もしかしたら、ボクたちは何か勘違いをしているのかもしれない。」
その時、菅野刑事の携帯電話が鳴った。
「こんな時に限って、なんであの男が電話してくるのかしら。はあ。」
溜息をつきながら菅野刑事が電話に出た。聞き耳を立てると、電話口から馴染み深い声が聞こえた。その声の主はボクの父、『伊達叶』であった。
「城ケ崎氏が殺されたっていうのに、君はまだ犯人を捕まえていないんだね。」
「そうだけど…。しかし、なぜ、あなたがそれを知っているのかしら。」
「城ケ崎氏のマネージャーが私に電話で教えてくれたのさ。」
「まさか、あなたと神崎凛子が知り合いだとはね。それで、何か用?」
「もし、何か知りたいことがあるのなら言ってごらんよ。あらゆる手段を使って調べ上げようじゃないか。名探偵としての誇りにかけてね。」
「分かりました…。では、被害者とその弟子について調べて下さい。」
「了解。」
「あ、あともう一つ。3年前に事故が起こったらしいけど、それで重症を負ったとされる弟子について調べてほしいのよ。」
「あと一つにしては、いささか多すぎではないだろうか?それに、そんな大事なことは先に言ってもらわないと困るよ、スガちゃん。」
「失礼しまし、た!では、切りますね!」
「ちょっと待ってごらん。そこにはサダメがいるはずだろう。代わってもらえるとありがたいのだけどね。」
こうして、ボクは菅野刑事から電話を受け取った。
「もしもし、父さん。何か用?」
「サダメ。一つ良い話をしてあげよう。この事件を解くカギは、『トランプ』だよ。」
「『トランプ』?」
「あぁ、そうさ。サダメ、君ならこの事件を解決できるはずだよ。」
ボクは父の援護を受け取り、電話を切った。
「お返しします、菅野さん。」
「ありがとう。それにしても何なのよ!私が『弟子』で一括りにしてしまったから、わざわざ『かつての弟子』と言って分かりやすく説明したのに!それにケチつけるなんて、うるさいわね!」
言葉の治安の雲行きが怪しくなっていくのが目に見えた。
「区別してあげたのになんなのよ、あのキザ野郎!」
「スガちゃん、落ち着いて!」
モモがたしなめ、菅野刑事は普段の冷静な姿に戻った。
「そ、そうね。自分としたことが、みっともない姿を見せてしまったわね。」
そして、自分も忘れていた、とある事実について言及した。
「あなたのお父さんを悪く言ってしまったわね。申し訳ないわ。」
そういえば、そうだったな。ボクは菅野刑事と父のやり取りを思い出した。その時、菅野刑事が言ったある言葉が頭に残った。「弟子」と「かつての弟子」、そして、「区別」。その言葉をきっかけにして、ボクが何かに違和感を覚えていたことを自覚させられた。そして、同時にその理由にも気づいた。
父は、この事件を解くカギがトランプにあると言った。その謎を解くためにはトランプにまつわる知識が必要なのかもしれない。
「モモ、良いかな?ちょっと、トランプについて調べてほしいんだ。」
「うん、分かった!けど、何について調べたら良いのかな?」
「うーん、そうだなぁ…。」
「じゃあ、記号について調べてほしいな。『ダイヤ』とか『クローバー』とか。」
「それってもしかして『スート』のこと?」
そうか、あれって「スート」って言うのか。自分の知識不足に溜息が出そうだ。
「そ、それ。よろしく頼んだよ。」
「了解!」
モモは、張り切ってポケットからスマホを取り出した。その間に、ボクと菅野刑事は関係者の控室を確認することにした。
「弟子の3人は大広間にいるらしいから、色々見れるわね。」
「人を泥棒みたいに言わないでください。」
ボク達はまず、如月里香の控室を訪れた。
「それにしても不思議ね。こんなにワイングラスが並んでいるなんて。」
「そうですよね。どうせならワインとかを並べたら良いのに。」
部屋の真ん中には、彼女がプレゼントされた黒のドレスがあった。
「そういえば、このドレスには手紙が入っていなかったらしいですよね。」
「なんか変ね?普通、『ドレスには手紙が付いていなかった』と言わないかしら?」
確かあの時は、菅野刑事は如月さんの色香に惑わされていたな。今になって、この発言が気になったのだろうか?
「多分だけど、城ケ崎さんが普段送っているドレスには、ポケットが付いているのかもしれないわね。そこにいつも手紙を入れているのかも。」
「なるほど…。手紙か。」
ドレス、手紙、部屋、ワイングラス。もしかしたら…。ボクは急いで神野さんと久住さんの控室を確認した。そこで、とある物を確認した。これは重要な証拠になるだろう。
「サダメ君!調べたら色々面白いものが見つかったよ!」
その時、モモが嬉しそうにスマホの画面を見せてきた。そこにはトランプのスートにまつわる豆知識が載っていた。やはり、そうだったのか。最後に、あと一つだけ確認することがある。
「菅野さん、犯行現場に何か落ちていませんでしたか?」
「そういえば、妙なものが落ちていたわね。マジックに使うものだと思っていたけれど、それは違うのね。」
これで全ての仮定が証明された。その証明が導く結論はただ一つ。
この事件の犯人はあの人だ。
ボク達は犯行現場となった部屋にいた。如月里香、神野瑠偉、久住雷太、神崎凛子もそこにいる。
「刑事さん、話って何でしょう?」
「率直に言います。城ケ崎さんを殺した犯人が分かりました。」
「何やて!それは一体誰なんや!」
「まぁ、落ち着いてください。といっても、私もよく分からないのですけどね。」
「うん?それはどういうことかしら?」
「私はただ、あなた達をここに集めただけです。ここからは彼に話をしてもらいます。良いわね?サダメ君。」
こう言って、菅野刑事はボクにバトンを渡した。ついに推理を披露するのか。何だか緊張してきた。呼吸を整えてボクは話を始めた。
「事件の謎を解くためには、まず、とあるカン違いを無くすことが必要です。」
「か、カン違いですか…?」
「坊ちゃん、それは一体何なのかしら?」
「では、お教えしましょう。今、ボクたちがいる場所は、本当は城ケ崎さんの部屋ではないのです!」
「何ですって!」
意外にも菅野刑事が一番驚いていた。
「それは本当なの?サダメ君!」
「えぇ、どうやらそのようです。どうして、ここが城ケ崎さんの部屋だとカン違いしたのか。それは、とある人物によって思い込みをさせられていたからです。」
「それは、一体誰なんですか!」
「まあ、焦らないで下さい、神野さん。話を続けますね。その人物は、犯行現場となったこの部屋を被害者の部屋であるかのように錯覚させた。それはなぜか。理由はシンプルです。その人物こそが城ケ崎さんを殺害した犯人であり、この場所がその犯人自身の部屋だからです。」
驚くべき事実に、目の前にいた人たちは戸惑っていた。
「でも、何でそんなことが言えるんや?」
「この部屋には、あるべき贈り物がなく、あるはずのない贈り物がありました。」
「もしかして、それはドレスのことかしら?でも、私はこの黒いドレスをプレゼントしてもらいましたわ。」
「いえ、あなたに対しての贈り物ではありません。これから親しくなるであろう女性に対してのプレゼントです。」
「も、もしかして、あれか?不特定多数の女に向けて、城ケ崎はドレスを普段から用意していた、ちゅーわけか!」
「えぇ、そうです。にも関わらず、この部屋のクローゼットには一つもドレスが無いのです。」
「そういえば、私にもドレスをプレゼントするように言っていたよ!」
モモがはしゃぎながらその事実を確認した。ボクの仮説の証明になったのが、よっぽど嬉しかったのだろう。
「それで、もう一方の、あるはずのない贈り物っていうのは何のことや?」
「その贈り物は、ただ見ただけでは意味がありません。意味を読み解くには、とある知識が必要です。モモ、良いかな?」
ボクはそう言って、モモに先ほど調べた豆知識を読み上げさせた。
「えぇっとね。トランプのスートはそれぞれアイテムを表すんだよ。スペードは剣、クラブはこん棒、ハートは聖杯、そして、ダイヤが貨幣なんだ。」
「そういえば城ケ崎さんは、弟子の控室にあるものを用意していましたよね。」
「ま、まさか。」
「剣は、城ケ崎さん自身の部屋に短剣として置かれており、こん棒は、久住さんの控室にピコピコハンマーとして現れ、聖杯は、如月さんの控室にワイングラスとして現れています。」
「そう、なるほど…。これはそういう意味だったのね。」
菅野刑事が遺留品を示した。それはおもちゃの千円札であった。
「貨幣はおもちゃの千円札として現れたんです、この部屋に。」
そして、ボクは静かに犯人の名を告げた。
「犯人はあなたです、神野瑠偉さん。」
神野瑠偉は、それでも平然さを保っていた。
「探偵くん。その貨幣はきっと、僕に渡す前の物だろうね。だから、ここが僕の部屋だとは言えないよ。」
やはり、そうか。ずっと抱いていた違和感が、ここで確信に変わった。
「神野さん、一つ聞いて良いですか。」
「うん、何かな?」
「あなたの控室はどこですか?」
「控室はもちろん…。ひ、控室はね…。」
神野瑠偉にようやく焦りの表情が見えた。部屋の入れ替えを悟られないために「部屋」を強調したことが裏目に出たようだ。しかし、焦りの表情はすぐに消え、余裕のある表情に変わった。
「僕はね。よくこの屋敷に招かれているんだ。それでね、あの部屋を僕のものにして良いって言われたのさ。あと、君の言ったクローゼットのドレスに関してもボクが預かっているんだ。」
ボクは反論が出来なかった。しかし、これはあくまでも序章に過ぎない。そう思っていたら、神野瑠偉が質問をしてきた。
「それに、神崎君から聞いた話だと女性がこの部屋から出てきたんだよね。その人が、師匠を殺したんじゃないかな?」
「サ、サダメ君。確かに、神崎さんはそう言っていたよ!」
「えぇ、私はそんな風に言ったと思います…。」
「そうですよね。ところで、神崎さん。今から大事なことを聞くのですが、宜しいでしょうか?」
彼女は、何か覚悟を決めたような、もしくは、この時を待っていたかのような表情を見せた。
「はい、構いません。」
「その人が着ていたドレスは、何色ですか?」
「それは、黒です。」
その時、如月里香が動揺した様子を見せた。
「ま、まさか。私がもらったこのドレスは!」
「はい、そのまさかです。そのドレスは、犯人が着ていたものです。」
その時、神野瑠偉が笑みを浮かべた。
「なら、答えは一つだ。犯人は女性だ。だから、僕は犯人ではありえないね。」
ここで、訂正をする必要があった。これからするであろう話のために。
「神崎さんが見た人物は、あくまでも『女性』ではなくて『女性らしき人』です。
まぁ、あまり関係ないと思いますけどね。」
「それはともかくとして、ねぇ、サダメ君。もし、そのドレスが犯人の物なのだとしたら、被害者が贈る予定だったドレスはどこにあるの?」
「それは…。」
「もちろん、僕の部屋だね。何を隠そう僕がドレスを預かっているからね。あぁ、師匠に後で渡そうと思っていたんだ。」
神野瑠偉は、まるでボクの考えていることを全て見通しているのかのように言葉を遮った。しかし、ボクは知っていた。神野さんは、とある見落としをしていることを。
「それはちょうど良かった。モモ、菅野刑事の2人にお願いです。神野さんの部屋にあるドレスを全て持ってきてください。」
「ド、ドレスを?」
「す、全て?」
「えぇ、そうです。」
「分かったわ。ちょっと、待ってて。」
「ラジャーです!」
しばらくして、モモと菅野刑事がドレスを持って現れた。
「はぁ、はぁ、ちょっと待って、モモちゃん。」
「サダメ君、これで何が分かるの?」
「何もかも分かるさ。」
モモと菅野刑事は色とりどりのドレスを並べていた。その中には赤いドレスがいくつもあり、それらがひときわ目立っていた。ボクは赤いドレスを手に取った。
「ゴソゴソして何しとるんや、ボウズ?」
「如月さん、確か城ケ崎さんはいつもドレスに手紙を入れていましたよね?」
「えぇ、そうですわ。」
「あ、ありました。あなたへの手紙がこのドレスの中に。」
「それこそが、城ケ崎さんが如月さんに贈ろうとしたドレスね!」
「サダメ君、神野瑠偉が言ったように彼の部屋にあったけど、別にそれが何の関係があるの?」
やはり、菅野刑事も勘違いしていたな。
「話はこれからです、菅野さん。手紙が入っている赤いドレスがまだあるはずです。そのドレスと手紙は、一体誰に贈ろうとしていたのか確認してください。」
「うーん…。あ、あったわ。えーと、宛先は…」
菅野刑事は唖然としながらその名を呼んだ。
「か、神野瑠偉?」
驚きの声が次々に上がった。名を呼ばれたその人は肩を落としていた。それに構わずにボクは話を続けた。
「もし、あなたがこれらを預かっているなら、どうしてあなたに向けられたドレスもその中に入っているのですか。説明をお願いします。」
神野瑠偉は黙ったままだった。その代わりに久住雷太が会話に割り込んだ。
「きっと、あれや。城ケ崎は間違えて神野へのプレゼントを本人に預けてしもうたんや!そう、そうに違いないで!」
「でも、雷太さん。先生はプレゼントに対して人一倍気を遣っているはずですわ。そんな間違いをするなんて、とうてい思えないのですけど。」
「た、確かにな。このピコピコハンマーにも意味があったわけやからな。」
「それに、あなたは大事なことを忘れていますわ。そもそも、どうして先生は瑠偉さんにドレスをプレゼントする予定でしたの?」
「それはあれや。神野が女の子にプレゼントするドレスを城ケ崎が用意したんやろ。でも、変やな?もし、そうやったらわざわざ手紙を用意する必要はないな?」
ボクは、その疑問を解決する答えを持っていた。今からそれを告げよう。
「答えは簡単です。そのドレスは神野さん自身に贈られる予定のものだったんです。そう、彼女にね。」
「か、彼女!もしかして、神野瑠偉は…。」
「えぇ。あなたの言う通り、私は女よ。」
麗らかな声が部屋に響いた。
彼、いや、彼女は話を続けた。
「そう、私は本当は女性だった。しかし、肝心な謎が残っている。この部屋には確か、ダイイングメッセージが残っているわ。それはどう説明するのかしら?」
まだ認めないつもりなのだろうか。それとも何か思惑があるのだろうか?
「分かりました。あのダイイングメッセージは、一見『R』に見えますが、実は、とあるアルファベットの組み合わせなのです。」
「それは一体なんや?」
「『K』と小文字の『n』です。」
「『Kn』!私が調べた中にあったわ!それは確か『ジャック』だったわ。」
「そう。『ジャック』は、かつて『J』ではなくて『Kn』で表されていたのです。『ジャック』が表す人物はただ一人、神野さんです。つまり、このダイイングメッセージは神野瑠偉の名を告げていたのです。」
その時、神野さんは全てを諦めたような表情を見せた。
「最後に聞かせてくれる?もし、私が犯人なら、どうやって城ケ崎さんを殺したのか。その、あなたの推理をね。」
ボクは仮説として立てていたストーリーを話した。
「あなたは被害者を自分の部屋に招き、そこで殺害を実行した後、ドレス姿に着替えた。そして、被害者の部屋に行き、そこをまるで自分の部屋であるかのように偽装した。その後、着ていたドレスを如月さんの控室の前に置いた。違いますか?」
「うーん、そうね…。凶器の短剣については、どうなのかしら?」
「それはきっと、神崎さんを案内する時に移動させたいたのでしょう。」
ボクが話し終えると、彼女は笑みを浮かべていた。
「ふふ、大正解ね。この事件の犯人は私よ。まったく、完敗ね。」
菅野刑事が彼女に手錠をかけた。これで事件は解決した。
ボクの携帯電話の音が鳴った。きっと、父からの報告だろう。
「もしもし。」
「まったく、スガちゃんは何を考えているのだろうね。この私の報告を無視するなんて、しょうがない人だな。」
「あ、あの、父さん…。」
「うん、何だね?」
「事件はとっくに解決しているんだけど。」
ボクはこの事件の顛末を説明した。
「そうか。でも、なぜ神野瑠偉が殺人を行ったか、その動機は分かっているかい。」
「いや、それはまだだけど…。」
「もしそうなら、この情報は必要だね。」
ボクは父から、神野瑠偉と3年前の事故に巻き込まれた人物についての情報を得た。
後日、ボクは神野瑠偉に会うために留置所を訪れた。
「あっ、探偵くん!何の用かな?」
王子としての面影はすっかり消え、その代わりに可憐な少女がそこにいた。彼女の素顔は一体どれが正解なのだろうか。
「神野さん、印象がずいぶん変わりましたね。」
「まあ、そうね。」
ボクが彼女に会ったのは、ある伝言を渡す必要があったからだ。でも、その前に聞いておきたいことがあった。
「やっぱり、3年前の事故が関わっているのでしょうか?」
その途端、彼女の目つきが鋭いものに変わった。
「えぇ、そうよ。」
「ボクは父から、あなたに関しての情報をもらっています。しかし、それはあくまでも『情報』です。だからこそ、あなたの口から聞かせてほしいのです。なぜ、城ケ崎さんを殺したのか。」
彼女はそれでも口を開かなかった。しかし、どうしても聞く必要があった。ボクの父のために。
「父は、救えなかったことを嘆いていましたよ。」
「そうね。申し訳ないことをしたと思っているわ。あなたのお父さんも城ケ崎さんと親交があったものね。」
「えぇ、そうです。父は、『あなた』を救えなかったことを嘆いていました。」
彼女は驚きの表情を見せた。そして、笑顔を見せた。
「なるほど、分かったわ。そういうことなら話してあげるわね。」
彼女は3年前の悲劇に目を向けながら話を始めた。
「彼女との出会いはそう、私が高校生の時だったの。」
「『彼女』ってもしかして?」
「えぇ、城ケ崎さんの弟子だった女性、城崎一花のことよ。」
『城崎一花』は城ケ崎さんの弟子として活動していたマジシャンであり、そして、3年前の事故で重傷を負った被害者でもあった。
「彼女が落としたノートを拾ったことから、私たちは親密な関係になったの。」
「ノートですか。」
「えぇ。そこには魅力的なマジックのアイデアがたくさんあったわ。テーブルマジック、イリュージョンマジック、コメディマジック、ジャンルを問わず、溢れた思考をそのノートにまとめていたの。まさに天才だったわ。」
「そこからなぜ親密な関係に?」
「話はこれからよ。そのノートにはね、とある秘密があったの。」
「『秘密』とは?」
「そのノートのアイデアは、とある人物に贈るものだったの。その人物とはね、師匠である城ケ崎さんの事なの。」
「じょ、城ケ崎さん!それはつまり…。」
「俗に言う『ゴーストライター』ね。でも、あの人は不満などなかったと思うわ。だって、一花は城ケ崎さんに好意を抱いていたから…。」
神野瑠偉は彼女の好意を思い出したのか、虚ろな目をしていた。
「一花は私にいつもその好意を話してくれたの。でも、許せなかった。彼女の才能をつぶしている師匠の存在がね。そう思っていたある日、悲劇が起きたの。」
「それが例の事故ですか。」
「そうよ。あの人は才能もないくせに自作のイリュージョンマジックを考案し、あろうことかその実験台に一花を選んだのよ!」
「それで重傷を…。」
「幸い彼女は一命をとりとめた。けれど、一花はそれ以降マジックに対して拒否反応を示すようになった。あの人は一花からマジックを奪ったのよ!」
「だから、あなたは城ケ崎さんを殺したのですか。」
「あんな奴がいるとマジックが汚れてしまう。だからこそ、私はこの殺人を計画したのよ。一花が好きなマジックを嫌いになりたくなかったから…。」
ボクはここに来た目的を思い出した。
「そういえば、一花さんから伝言をもらっていました。彼女はこう言っていました。『最近、またマジックを始めたからいつか見に来てほしいな!』と。」
「そう、それは良かった…!」
彼女が流した涙は過去の憎しみを消すことができたのだろうか。
留置所を出て、ボクはモモと菅野刑事の元に向かった。
「モモ、菅野さん。お待たせしました。」
「良いのよ。それより、伝言はちゃんと伝えられたかしら?」
「はい。しっかり伝えられました。」
モモは何か考え事をしており、黙ったままでいた。しかし、考えがまとまらなかったのか、すぐに口を開いた。
「サダメ君はいつ、神野さんが女性だと気づいたの?」
あぁ、そのことか。ボクはモモにそのきっかけを教えることにした。
「それは、あれだよ。確か菅野さんは、神野瑠偉が『ジャック』と呼ばれていることに疑問を抱いていたよね。あの時、菅野さんがした話って覚えている?」
「確か、『ジャック』は男性名を表すこと。そして…、な、何だったかな?」
「まったく、モモちゃんったら。もう一度説明するわね。ケーブルのコネクターには呼び名があって、オスのコネクターは『プラグ』、メスのコネクターは『ジャック』と呼ばれているのよ。だから『ジャック』は男性であって女性なのよ!」
「なるほど!」
以前聞いた話であるのにも関わらず、モモは新鮮な反応を見せた。そこが彼女の良いところだ。ここで、菅野刑事がとある仮説を提示した。
「もしかしたらだけど、このことを知っていて、あえて…!」
「あくまで推測ですけど、城ケ崎さんは神野瑠偉が女性であることに気づいていたのでしょう。だからこそ、彼女に『ジャック』と名付けたのかもしれません。」
「それはすなわち、城ケ崎一と私は同じ発想の持ち主ってことなの…?」
「そういうことになりますね。」
「そんな…!」
菅野刑事がショックを受けてしまったため、機嫌を取り戻すために話題を変えた。
「それに、一つ気になることがあったんです。」
「気になること?」
「確か、神野瑠偉はモモのことを『あなた』と呼んでいました。王子様だったら多分、『あなた』ではなく『君』と呼ぶのではないのでしょうか。モモを『あなた』と呼んだのは、神野瑠偉が同じ女性として親しみを感じたからだと思うのです。」
これはあくまで、違和感に対しての一応の答えだ。今回は仮説が合っていたが、そうではない場合もきっとあるだろう。そこは念頭に置いておく必要がある。
「それにしても、まさかそんなことで犯人に気づくとはね。さすが、サダメ君よ。」
「推理を披露しているサダメ君、とってもかっこよかったよ!」
ボクはどうやら期待に応えられたようだ。それに、こんなことを言われるのは初めてだった。いつもは「名探偵の息子なのに…。」とガッカリされてばっかりなのに。
「将来はきっと、名探偵ね。」
「サダメ君はきっと名探偵になれるよ!」
別にボクは、名探偵どころか探偵になるつもりなど一切なかった。そんな思いとは裏腹に、どうやら名探偵への道を踏み出してしまったようだ。
ボクは今まで名探偵になんてならない、なりたくないと思っていた。しかし、今回の事件を受けて少しだけ憧れが芽生え始めたようだ。穏やかな風が吹く中、そんなことを考えながらボクは歩き始めた。
名探偵の宿命 トコヨナギ @tokoyonagi
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