第2話 愛の魔術師殺人事件(捜査編)
すぐに警察が駆け付け、城ケ崎さんの部屋は封鎖テープで張り巡らされた。
「あなたが第一発見者ね。」
「は、はい。」
モモは『菅野冴子』と名乗る人物に事情を説明していた。ボクはすでに彼女を知っていた。菅野さんは捜査第一課の刑事であり、大稲荷市内の殺人事件を担当している。父と親交があり、ボクは普段から彼女について話を聞いているのだ。
「スガちゃんはおてんば娘だからね。」
父の言葉を思い出したが、目の前にいる女性は知的であり「おてんば」とはかけ離れている。まあ、父の言動は胡散臭いから真に受けない方が良いだろう。
「それと、そこにいるのは…」
「あ、どうも。」
「どうして、あなたがここにいるのよ…。せっかくあのキザ探偵の言いなりにならずに済むと思ったら、今回はその息子ってわけ?」
「す、すみません。」
「別に謝らなくても良いのよ。きっと、父親に代役を頼まれたのね。」
さすがは刑事だ。こんな些細なことまでズバリ当てちゃうなんて。「おてんば」とは程遠い彼女の冷たい視線は、まるで全てを見透かしているようだった。
「せっかくだから、あなたの意見を伺うわ。被害者の城ケ崎一はダイイングメッセージを残していたのよ。」
「ダイイングメッセージ!それは一体何ですか!」
「アルファベットの『R』よ。」
その時、菅野刑事の背後に誰かが近づいているのに気づいた。
「あの、すみません…」
「ぎゃっ!」
菅野刑事は驚きのあまり、尻もちをついてしまった。
「ス、スガちゃん!大丈夫?」
モモはいつの間にか菅野刑事と仲良くなっており、あだ名で彼女の名を呼んでいた。
「えぇ、大丈夫よ。それにしても、あ、あなたは一体誰なの?」
「私は、城ケ崎一のマネージャーの『神崎玲子』です…。」
彼女の肝を冷やしたその女性は、声を震わせながら名を名乗った。
「どうしたのかしら?何か話でも?」
「多分、犯人は女性の人ではないかと思うんですけど…。」
「なるほどねぇ。どうして、そう思うのかしら?」
先ほどの情けない姿とは一変して、菅野刑事は淡々とした口調で話を聞いている。
これが、できる刑事(デカ)の姿か。
「城ケ崎さんは、その、自分の部屋に女性以外を招かないらしいんです。きっと、だから犯人は、女性の人ではないかと…。」
「なるほどね…。ところで、『R』に関して何か思い当たることはあるかしら?」
「『R』ですか…。そういえば、イニシャルが『R』の人物には心当たりがあるのですが…。」
「うん?どうしたのかしら?」
「スガちゃん、弟子は全員イニシャルが『R・K』だよ!」
「何ですって!」
確かにそうだ。弟子はそれぞれ、如月里香、神野瑠偉、久住雷太であり、全員のイニシャルが共通している。そして、マネージャーの神崎凛子もだ。
「とにかく、関係者に話を聞かないとね。関係者といえば例の弟子たちね。」
弟子の3人に話を聞くため、ボクとモモは菅野刑事と共に2階の廊下を歩いていた。弟子にはそれぞれ控室が用意されていたらしく、今は各自その部屋で待ってもらっているそうだ。
「というか、民間人のボクらがここにいていいんですか?」
「えぇ、大丈夫よ。それにね、あなた達の力を貸してほしいのよ。」
「力を貸してほしい」、このセリフをどれだけ言われてきたことか。その度に父の姿が目に浮かび、そして、自分の無力さに肩を落とした。しかし、今回は訳が違う。実際に人が死んだ現場で現役の刑事に言われているのだ。ボクはこの言葉を無下にしてはいけない。
そんなことを思っていたら、いつの間にか如月里香の控室の前に到着していた。そこは、犯行現場となった城ケ崎さんの部屋の斜め向かいであった。部屋に入ると壁一面にワイングラスがずらっと並んでいた。彼女はワインを嗜んでおり、この部屋の雰囲気にピッタリであった。
「うわぁ、綺麗だなぁ。間近で見てもすっごいオーラを感じるよ!」
どうやらモモは、彼女の世界観に飲み込まれているようだ。
「どうしたのかしら、刑事さん?何か用かしら?」
「用というのは、他でもありません。被害者が殺されたとされる、午後8時から午後9時10分まであなたは何をしていましたか?」
城ケ崎さんは弟子のショーを最後まで見守っており、それが終わったのは午後8時のことだ。その後、自分が行うマジックのために大広間を出たのだが、お披露目の時間である午後9時になってもボク達の目に現れず、そして、その10分後に死体となって発見されたのであった。つまり、犯行が行われたのは午後8時から午後9時10分までの間というわけだ。
「私は、ここの控室で先生が来るのを待っておりましたわ。しかし、時間になってもなかなか現れなかったので大広間に戻りましたの。」
「あなたは被害者と待ち合わせをしていたのですか?」
「えぇ。といっても、大した用事ではありませんわ。多分、準備で忙しかったのですわね。」
「ちなみに、どのような用事だったのでしょうか?」
「先生曰く、何か良いものをプレゼントする予定でしたわ。」
「けど、城ケ崎さんが亡くなった今となっては、それが何だったのかは…。」
「坊ちゃん、早とちりは良くないですわよ。先生は忙しい中でも私にプレゼントしてくださったのよ。」
「それはどういうことでしょうか?」
「大広間に戻ろうとしたら、扉の前にドレスが用意されていましたの。」
如月さんはそう言うと、黒いドレスを嬉しそうにボク達の目の前に持ってきた。
「これがそのドレスですわ。しかし、変ですわね。」
「何が変なのでしょうか?」
「先生はよく私にドレスをプレゼントして下さるのですが、それにはいつも手紙が入っているのですわ。しかし、これには入っていないわね。今夜の営みの際に用意するつもりだったのかしらね。」
衝撃的なワードが飛び出し、ふと横を見ると菅野刑事が耳を真っ赤にさせていた。
「それはつまり、あれってことよね。え、ちょっとまって。」
どうやらそういう話題には弱いらしい。
「けど、残念ね。せっかく今夜は良い夜になりそうだったのに。そうね…、そこの坊ちゃん。先生の代わりに私の相手をしてくださるとありがたいのだけど。」
彼女はボクに顔を近づけて大人の色香を醸し出した。気を持たないと危険な目に遭いそうだ。
「結構です!」
ボクの代わりにモモがきっぱりと断った。
次にボク達は、城ケ崎さんの部屋の隣にある神野瑠偉の控室を訪れた。
「おやおや、刑事さん。お待ちしていましたよ。あなたのような美しい女神に出会えて光栄ですよ。」
そう言うとその王子様は菅野刑事の手の甲に顔を近づけ、そっと口づけをした。
「ど、ど、ど、どうも。」
彼女の慌てふためく姿を見て神野さんは微笑みを浮かべた。さすがは王子様だ。油断も隙もない。
「サダメ君も見習ってよね。」
モモの視線がいつになく鋭くボクに向けられていた。
「神野さん、そのような言動は控えてください…。その、私が困りますから…。」
先ほどと同様に耳を赤くした菅野刑事だったが、今回は威力があまりにも大きかったようで、話を進めずにいた。代わりにモモが話を切り出した
「神野さんはショーの後に何をしてたの?」
「アリバイ調べってわけだね。ボクはあの後、麗しのレデイを連れてこの館を案内していたよ。その後は自分の部屋にずっといたよ。」
「館の案内?」
「そう、マネージャーの神崎くんは今日が初めての現場だからね。せっかくだから、城ケ崎さんについて知ってもらおうと思ってね。」
部屋の片隅にあるクローゼットには女性に贈るであろうドレスがずらりと並んでおり、神野さんの女好きな一面が伺えた。
「ねぇ、神野さん!あそこのドレス、私も着てみたいなぁ。」
「その必要はないよ。あなたは今のままで十分美しいからね。」
「そういえば、神野さん。確か、城ケ崎さんを部屋に誘っていましたよね?会ったりはしなかったのですか?」
「そ、そうだね。まさか、あの会話を聞かれていたとはね。君の言う通り、師匠はここに来たよ。5分くらいかな、ボクのテクニックを聞いていたよ。」
「そんな重要なことは、早くおっしゃって下さい!」
菅野刑事は平常心を取り戻したようで、不注意な言動を咎めた。
最後に、城ケ崎さんの部屋の真向かいにある久住雷太の部屋を訪れた。彼はピコピコハンマーを鳴らしながらボクらを出迎えた。
「刑事はん、これは罰が下りましたな。」
「罰、ですか?」
「そうや。城ケ崎の野郎はとんだクズですわ。あんな男は死んだ方がマシです。」
相変わらず師匠に対して口が悪いな。それに、舞台の上ではユーモアを交えていたのだが今はそのユーモアのかけらもない。師匠に対する恨みがひしひしと伝わる。
「被害者には何か、恨まれるような出来事があったのでしょうか。」
「あぁ、そうや。あいつは3年前、弟子の一人に大怪我を負わせたんや。」
「お、大怪我ですか。」
「まぁ、それはマジック中の事故が原因だったんやけどな。今はだいぶ良くなったらしいけど、もう、彼女はマジックなんて無理やろうな。」
久住さんはうつむきながら、その人物に思いを馳せていた。その姿からは毒の気配は一切しなかった。
「しかし、話はこれで終わりやない。」
「まだ、何かあるのですか?」
「そうや、事故を起こしたこともそうだが、あの後、城ケ崎は責任を一切とらず、あろうことかその責任を他の弟子の二人に押し付けたんや!」
「まさか、その弟子って!」
「そうや、お嬢ちゃん。その弟子こそが俺と如月さんや。」
久住さんは怒りに震えていた。そして、その憎しみは手に持っていたピコピコハンマーを壊す羽目になった。
「せっかく用意してもらったのに、壊れてしもうた。」
なんということだ。まさか、城ケ崎さんと弟子にそんなことがあったなんて。
「それでな、俺と如月さんはしばらく活動を休止することになったんやけど、弟子が1人もいなくなってな。その穴を埋めるために神野がやってきたんや。」
今回の事件には、もしかしたら3年前の事故が関わっているのだろうか。ここで、先ほどから抱いていた疑問を久住さんにぶつけることにした。
「神野さんはこの屋敷に詳しい様子でしたが?」
「あぁ、それに関しては俺も分からんなぁ。多分やけど、神野が女好きだからちゃうかな?」
「うん?それはどういうことですか?」
「あの人がこの館に招くのは2種類の人間や。それは、女の子と女好きや。城ケ崎は女にだらしないからな。女好き同士でも話が合うんやろな。せやから、その2種類に属さない俺は今回初めてこの館を訪れたわけや。」
「はぁ、なんて哀れな人達ね。」
「確かに、サダメ君のお父さんは女好きだもんね!」
最後に、菅野刑事が質問をした。
「ショーが終わった後、あなたは何をしていましたか?」
「俺は控室に戻ってマジックの後片付けをしたけど、すぐに大広間に戻ったで。」
部屋を出たボク達は話を整理した。
「今回の事件は、3年前の事故が関わっているんでしょうか?」
「まだ、分からないわ。でも、彼らについて調査する必要はあるわね。」
すると、モモが素朴な疑問を口にした。
「ねぇ、スガちゃん。ダイイングメッセージについては聞かなくて良いの?」
「今回は特に気にする必要はないわ。まったく、被害者も間抜けね。イニシャルを残したって犯人を絞れるわけがないのに。」
確かにそうかもしれない。しかし、何かが引っかかる。
「菅野さん、そのダイイングメッセージを見せてもらうことって可能ですか?」
「まぁ、別に良いわよ。サダメ君なら何か気づくかも。」
こうして、ボク達は犯行現場となった被害者の部屋を訪れた。そこには「R」の血文字が残されていた。しかし、よくよく見ると妙な形をしている。
「上の部分が塗り重ねられているんでしょうか?」
「いや、むしろ上の部分が後で付け足されている?」
確かにモモの言う通りだ。何かが組み合わされて「R」になっているような気がする。その瞬間、ある文字が頭に浮かんだ。
「これは『K』か?」
その血文字はまるで、「K」に線を足して「R」にしているようだった。
「しかし、もしこれが『K』だとしても状況は変わらないわね…。」
そうだ。関係者のイニシャルは全て「R・K」だ。
「いえ、状況は変わるはずだと思います。」
その時、何者かがボク達の会話のラリーにカットインした。それはマネージャーの神崎凛子であった。
「それはどういうことですか、神崎さん?」
「じょ、城ケ崎さんはトランプに拘りのある人です。もしかしたら、その『K』が表しているのは…。」
「トランプの『キング』ね!」
モモが声高々に神崎さんの意図をくみ取って宣言した。それに続いて菅野刑事が推理を披露した。
「城ケ崎さんは、『キング』を表す『K』をメッセージとして残した。しかし、それだけでは伝わらないと感じ、きっと情報を足したのよ。そう、上の部分にね。その結果、『R』の血文字ができたってわけね!」
「ちなみに、その情報って何ですか?」
「それはもちろん、『キング』に関係のある数字、『13』よ。そして、『キング』を表すのは1人しかいないわ。それは『コメディマジックのキング』の久住雷太よ!」
菅野刑事はバシッと指を突き差した。その指先は、がらんとしたクローゼットを示していた。つまり、犯人はクローゼットか。
「こほん。ところで神崎さん。ショーが終わった後は何をしていましたか?」
「わ、私は、城ケ崎さんに弟子のお三方について尋ねようと思い、部屋に向かいました。し、しかし、すぐに引き返しました。」
「どうして、引き返したのですか?」
「城ケ崎さんの部屋から女性らしき人物が現れて、私を追い払ったんです。」
「何ですって!ちなみにその人物に見覚えはあるかしら?」
「い、いえ。」
「な、なるほどねぇ。」
菅野刑事が苦悶の表情を浮かべた。神崎さんが恐る恐る尋ねた。
「わ、私はもう十分なのでしょうか。」
「えぇ、もう十分よ。」
「で、では、私はこれで失礼します。」
そう言ってそそくさと帰ろうとした彼女だったが、扉の前でふと立ち止まり、こう呟いた。
「ト、トランプの記号についても忘れずに…。」
ボクは、神崎凛子が不敵な笑みを浮かべているような気がした。
「ところで…。」
菅野刑事は何かが気になっている様子であり、ボク達に質問をした。
「神野瑠偉はどうして『ジャック』と呼ばれているのかしら?」
「それはあれよ。神野さんはまるで王子様だからよ!」
「しかし、『ジャック』は『王子』ではなくて『従者』よ。」
「そうなんだ…。けど、『従者』って正直分かりづらいよね。」
「いや、ちょっと待って!」
どうやら、菅野刑事が何かに気づいたらしい。
「『ジャック』には他の意味があるわ!例えば、男性名を表すときに『ジャック』が用いられることがあるのよ。だから、神野さんは『男性』を表す…、うん、これは無理があるわね。」
菅野刑事はすぐに自分の発言を取り消した。そして、次に出てきた言葉は予想外のものだった。
「それに、『ジャック』はある意味『女性』を表すからね…。」
ボク達は菅野刑事の説明を聞いた。なるほど、これはまるで言葉あそびだな。
「って、今はそんな話をしている場合ではないですよ。」
その瞬間、ボクはふと、遠い日の母の言葉を思い出した。
「あらゆる可能性を検討しなさい。」
なぜ、今そんなことを思い出したのだろうか?そして、次の瞬間、口から思いもよらない一言が飛び出した。
「菅野さん。もう一度、関係者の部屋を見せてください。」
「分かったわ、サダメ君。何か考えがあるのかしら。」
まだ確定はしていない。しかし、何かに気づけるはずだ。どうやらボクは、名探偵になってしまうのかもしれない。
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