名探偵の宿命
トコヨナギ
第1話 愛の魔術師殺人事件(事件編)
もし、これが物語なら、ボクは名探偵なのだろうか。
ある爽やかな朝、心地よい風とは裏腹にニュースキャスターが凄惨な事件の顛末を告げていた。しかし、ボクはその顛末をすでに知っていた。その事件を解決した張本人が目の前にいるからだ。
「うむ、これは美味だな。」
ニュースを眺めながら、優雅に朝食のトーストを食べているこの男こそが、例の事件を解決に導いた名探偵だ。ボクは生まれてこのかた、この男の下で今までの15年間を過ごしてきた。まあ、回りくどい言い方をしたが、端的に言えばボクはこの名探偵の息子であり、彼はボクの父親である。父はこの大稲荷市では有名な名探偵であり、薔薇のように華麗な振る舞いで数々の難事件を解いてきたらしい。その端正な顔立ちと持ち前の推理力から多くのガールを虜にしているらしく、地元の新聞も「白馬に乗った名探偵」として彼を持ち上げている。そして、それは当然の如く、名探偵の息子としてボクにも期待の目が向けられていた。しかし、生憎その期待には応えられていなかった。いくら親が名探偵だからといって、その子供も推理力が優れているとは限らないのだ。
ボクは断言する。自分は決して名探偵にはならない。
「あ、そうそう。城ケ崎氏から今夜、パーティーに誘われているんだけど、代わりに行ってきてくれないか?」
「何でボクが行かないといけないんだよ…。」
「すまないね。今日はどうしても愛しのレディに会わないといけないからね。」
父はよくこう言って女の子と密会しており、今日もまた夜の街へとランデブーに繰り出すらしい。プレイボーイな父には常々呆れている。天国で見守っているであろう母に向ける顔がない。
「それに、君もデートの口実が欲しいだろ?」
ボクの回想を不敵に満ちた声が切り裂いた。まあ、破廉恥な姿をさらけ出されるのは父にとってはバツが悪いだろうし、それは当然の行動であるといえた。しかし、だからといって幼馴染を話題に出すのは、いささか卑怯ではないだろうか。そういった思いとは裏腹に、ボクは父の招待状をいつの間にか手に持っていた。やはり、体は正直で、幼馴染とのデートを心の底からしたがっていることを再確認させられた。
「サダメ君、お待たせ!」
茶髪のショートカットの女の子が鼓膜を突き破る勢いで声をかけてきた。彼女こそが、城ケ崎さんのパーティーに参加するきっかけとなった幼馴染のモモである。
彼女はお世辞にも落ち着きのある淑女とは言えず、天真爛漫で活発なところだけが取柄である。
「どう、このワンピース?似合っているでしょ。まあ、似合わないわけないよね!」
「うん、そうだね…」
ピンクのワンピースを身にまとった彼女は可憐であり、まるでお姫様のようだ。しかし、モモの勢いに押されて褒めるタイミングを見失ってしまった。
「何よ!もっと他に言うことはないの?」
言いたいことは山ほどあるのだが、どんな言葉もかけても彼女は自分の気分を良くするための材料にしか使わない。それが腹立たしく、また、もどかしかった。だから、ボクはあえてこう言った。
「白馬に乗った王子様が迎えに来るかもね。」
大稲荷市には、一際目立つ洋館がいくつか存在している。その中の一つである目の前の屋敷は、何を隠そう城ケ崎さんの家なのである。カラフルな風船やトランプのオブジェなどがあってファンシーな印象を受けるが、その実態は女遊びのための楽園でしかないらしい。そうこうしていると、玄関から一人の魔術師が現れた。
「ようこそ、我が館へ!」
それは、素顔を白塗りメイクで隠した『城ケ崎一』であった。かつては天才マジシャンとして世界を股にかけており、テレビでも度々見かけていたのだが、何年か前からテレビでの露出がめっきりと無くなってしまった。目の前にある館だけがかつての栄光を物悲しく語っている。しかし、口が裂けても本人には言えない。
「こんにちは、城ケ崎さん。今日は父の代わりに伺いました。」
「待っていたよ、サダメ君。まったく、君のお父さんは相変わらず…」
「こんにちは、ジョーカーさん!」
モモが間髪を入れずに挨拶をした。ぼくはモモの自由奔放さをなめていた。初対面の相手に対してあだ名で呼ぶとは…。ボクは恐る恐る目の前を見上げた。しかし、返ってきた言葉は予想外、いや、予想通りのものだった。
「いやいや、かわいらしい女性だね。今夜、私の部屋に招待してあげよう。君に似合うドレスをプレゼントするからね。」
相変わらず、女性に対して甘すぎるな。そして、どさくさに紛れてモモを誘うな。
相手はまだ、ピチピチの高校1年生だ。ボクはモモの代わりにこう言った。
「結構です。」
大広間に入ると招待客が勢ぞろいしており、その中に城ケ崎さんの弟子たちの姿が見えた。
「うふふ、先生。なりふり構わず女性を誘うなんて、はしたないですわ。」
「君こそ次々に男を口説いているじゃないか、里香くん。」
師匠を静かにたしなめたその人は「イリュージョンマジックのクイーン」として知られている『如月里香』だ。ワイングラスを片手にドレス姿で優雅に佇んでいる。と、思った次の瞬間、招待客にいたワイルドなマッチョ男を誘惑していた。
「師匠は女性の扱いがなってないですね。ボクが作法をレクチャーするので、ショーの後に部屋に来てくださいよ。」
「神野くん、君にぜひ女の子の扱いを教わりたいものだね。」
爽やかに登場して師匠に教えを説こうとしているその人は、「テーブルマジックのジャック」として知られている『神野瑠偉』だ。スーツをパリッと決めており、場にいる女の子たちはみんなメロメロになっている。どこか父に言動が似ているな。ボクは妙な親近感を覚えた。
「ガハハハッ!あんたは女性のことに関しても半人前ちゅうわけか。」
「久住くん、君はなんていうことを言うんだ!」
師匠に毒を吐いたその人は「コメディマジックのキング」として知られている『久住雷太』だ。彼は毒舌家として知られており、普段からその片鱗を見せているようだ。なぜかピコピコハンマーをピコピコ鳴らしているのだが、その暴力性は師匠に向けられているような気がした。
そして、パーティーのメインイベントである弟子たちのショーが、開幕ベルと共に始まった。
まず、如月里香が大胆なイリュージョンマジックを披露した。彼女が作り出す世界は魅惑的で、見る者すべてを惑わしていた。
「先生、今夜楽しみにしておりますわ。」
彼女は城ケ崎さんを艶やかに見つめていた。
次に、神野瑠偉が巧みなテーブルマジックを披露した。マジックの所々に女性を魅了する発言が見られ、より一層、父の姿が重なって見えた。
「師匠、ボクが一番女心を分かっていますからね。」
神野さんは城ケ崎さんを鋭い目で見つめていた。
最後に、久住雷太が軽快なコメディマジックを披露した。彼の毒は時間が進むごとに致死量が増しており、その度に会場に笑いが起きていた。
「城ケ崎は女性に対して手を替え品を替える、まさに手品師ですわ!」
久住さんは城ケ崎さんを嘲るかのように見つめていた。
こうして、弟子3人によるショーが終了した。城ケ崎さんのショーはこの一時間後にあり、それまでフリーの時間となっている。ちなみに余談だが、モモは提供された料理に夢中でショーを一切見ていなかった。まさに花より団子だ。
そうこうしている内に城ケ崎さんのショーの時間になった。しかし、いくら待っても現れる様子はなかった。
「それにしても一体何してはるんやろな?」
「そうだね、里香くんは何か知ってるかな?」
「私は何も知らないわ。」
どうやら、これは弟子たちも予測していないことらしい。ボクはふと、とある不安が脳内をよぎった。もしかしたら、城ケ崎さんは…。その時、モモの悲鳴が響いた。
「モモの声だ!」
「先生に何かあったのかしら。」
「城ケ崎さんは今どこにいますか!」
「多分、2階や!」
「城ケ崎さんの部屋は、2階の奥です!」
弟子たちと共に急いで部屋に向かうと、扉の前でモモが腰を抜かしていた。目の前にあったのは、背中から血を流して倒れている城ケ崎さんの姿だった。よく見ると、短剣が城ケ崎さんに突き刺さっており、それはまるで失敗したマジックショーのようであった。
「な、何てことだ…。」
どうやら、魔術師はボクを名探偵にしたいらしい。
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