婚約破棄された優しいお姉ちゃんは悪役令嬢なんかじゃない! ~わたしの大好きなお兄ちゃんが死に物狂いで集めた証拠は無駄にはしません~

ヒデミケ

婚約破棄された優しいお姉ちゃんは悪役令嬢なんかじゃない! ~わたしの大好きなお兄ちゃんが死に物狂いで集めた証拠は無駄にはしません~

 王国貴族学園魔術教師ケルトは、頭を抱えていた。

 彼は、王国宮廷魔術師であり、今は一線を退いてはいるが、そのまま王国管理下の貴族学園臨時教師の仕事を兼任していた。

 じっと見つめる先は、初等部4回生の課題の答案だった。


 課題は『自分のアピールポイントについて、簡潔に書いて下さい』


 臨時教師だからと言って、今の仕事は生きがいであるし生徒たちとの交流は楽しい。

 無下には出来ない。

 一人一人丁寧に添削し、自分なりの評価コメントなども個々に入れていた。

 ただでさえ時間はかかるのだが、満足感は格別だった。


 ――だが、一人の生徒の答案の前で、彼は必死に悩むことになったのだ。



 ………………



 4年B組 氏名:リアラ・グレース


 わたしには、大好きなお兄ちゃんがいます。

 エドワード・グレースといって、わたしとは歳が離れていて今18歳です。

 わたしの家は子爵家という家柄ですが、お兄ちゃんは貴族学園高等部での剣術実技の成績がすごくて、首席で卒業して、今なんと王国近衛騎士団に配属になっています。


 仕事から家に帰ってくると、まずわたしを捜すくらい大事にしてくれていて、騎士団の任務が大変で疲れていても休日にはわたしとずっと遊んでくれます。

 そして、毎日わたしの宿題を手伝ってくれます。


 そんな、優しいお兄ちゃんにはとっても仲の良い幼馴染がいて伯爵令嬢のサラさんと言います。

 サラさんは小さい頃からお兄ちゃんとよく遊んでいて、わたしがお兄ちゃんにくっついていた時、すごく優しく声をかけてくれて、それからすごくわたしも仲良くなりました。


 特に3人でするおままごとが楽しかったです。わたしはその頃から、サラさんを親しみを込めてサラお姉ちゃんと呼んでいます。


 そのサラお姉ちゃんは、16歳の時、王国のマルコ王子様と婚約が決まりました。

 政略結婚というそうです。


 お兄ちゃんが騎士団の仕事で留守の時は、わたしの面倒をサラお姉ちゃんがすごくよくみてくれました。


 その時に、サラお姉ちゃんは秘密だよと言ってわたしに不思議な事を教えてくれました。

 わたしがお誕生日だったので、きっと誕生日プレゼントにって事だと思います。


 サラお姉ちゃんは一枚のカードをわたしにくれました。


「リアラちゃん、これが読める?」


 カードには何も書かれていませんでした。

 わたしが首を振ると、


「そう……だったらプレゼントをあげる」 


 と言って目を閉じて、わたしの手を握り静かに祈りました。


「……やっぱり……リアラちゃんにも素質があるのね……魔力の器が」


 そう言って目を開けると、


「とっても大事なプレゼントよ」


 とわたしの目を真剣に見ました。

 わたしはうんと承諾しました。


「じゃあ、今度は出来るだけ見えるものがあれば見たい! と願いを込めてみて……どう?」


 と言われ、お姉ちゃんの言った事を確認したい! と願い、カードを見てみると……


『リアラちゃん、お誕生日おめでとう!』


 さっきは真っ白だったのに素敵なプレゼントカードに変身しました。


「お誕生日カードになったよ! サラお姉ちゃんありがとう!」


「これは魔力がある人でないと使えないおまじないよ。あなたとずっと一緒にいて分かったの。わたしとあなたの魔力が同調していることが」


 サラお姉ちゃんのプレゼントは、この不思議な文字を使えるようになる事だそうです。


 そんな大事なおまじないのプレゼントをありがとう。サラお姉ちゃん。



 ではわたしのアピールポイントを簡潔に書きます。



 ……


(えっ? 回答ここからなのか!)


 ……


『魔力のある人が本当に強い想いを込めた時だけ書くことが出来て、魔力のある人だけが願った時だけ読める不思議な文字を使える事です』



 ………………



 そこで終わっていた。


 ケルトはこの長い前置きは何なんだろうと考えていた。

 勘ぐれば勘ぐるほど頭が痛い。


 もしかして……


 リアラはもしかして魔力を込めない元の文章の上に、サラから教わった魔力を媒介にした想いの乗った文章を重ねているのではないか。


 サラから魔法を教わった経緯をわざわざ前置きで知らせる事で、ここで知らせたい本当の何かがあるのかは分からないが、


 ”先生! わたしの本当の必死の秘密の想いを発見してください!” と言わんばかりなのだ。


(だが、大勢いる中のたった10歳の論文。

 簡潔なアピールポイントにまとまって十分完結しているではないか?

 それ以上もそれ以下もない。ないはずだ。俺には見えないな)


 そう、言い聞かせていたのだが……


(いや、見えないなら仕方ないのだが、見ようとすれば俺には見えてしまう。王国宮廷魔術師なのだから。

 おそらく今貴族学園で魔力を持つ教師は俺だけだ。でも、この答案はそもそも必ず俺が添削すると決まっていたものではない。正規の他の教師が添削する方が自然だ)


 自分を誤魔化していた。

 というより、これ以上は深入りするな! と頭の中で警鐘が鳴り響いていた。


 ……だが、この感覚。


(絶対何か隠されている気がする。なんて好奇心をそそる子供なんだ)


 ”本当にを込めた時だけ書くことが出来て……”


(あっ? もしかして……

 マジなのか!? 相手は10歳。俺は独身とはいえ50歳。

 下手したら孫の歳じゃないか!?

 それに、そんなことになったら俺は犯罪者じゃないか。

 いや……でも愛に歳の差なんてともいうしな)


 50歳にもなってドキドキしていた。


 (そういえば、20歳の麗しい女性と、60歳の未婚男性のラブロマンスがあった気がする。

 いやいや、冷静に考えるんだ)


 ――頭を抱えて考え抜いた結果。

 俺はパンドラの箱を開けることに決めた。やらずに後悔するより、やって後悔しろと言い聞かせて。


 ケルトは集中して魔力を脳裏にともし、目を凝らして文章を見た。


 ――すると文章がみるみるうちに、変化を始めた。



 ………………



 もし、これを見つけてくれた先生がいたなら、きっとそれは運命ですね!


(……運命ねぇ……そんなことは……)


 ケルトは頭を掻いた。


 ……どうか優秀な魔術師である先生にわたしの悩みを聞いてほしいのです。


(……魔術師でないとダメなのか?)


 そう思ったが、ただ相談相手が平凡な教師であれば、魔力を使わない文で完結させられるはずだった。


 サラお姉ちゃんが先日、王国のフィアンセ、マルコ王子から婚約破棄をされてしまい、悲しむあまり家に引きこもっちゃったのです。

 エドワードお兄ちゃんは最初婚約が決まった時は、サラお姉ちゃんのことを心から喜んでいたのですが、サラお姉ちゃんのその様子を見てから、すっかりお兄ちゃんまで元気がなくなってしまいました。


 サラお姉ちゃんは、婚約破棄のことを両親にも伝えられた上で、後日、修道院で禊を受けるために送り込まれてしまうそうです。


 お兄ちゃんがすっかり元気をなくしてしまったので、わたしも元気がありません。わたしはお兄ちゃんに詰め寄ってみました。

 だってわたしだって、大好きなサラお姉ちゃんが不幸になったら悲しいから。


 そうしたら、お兄ちゃんが言いました。


「以前から殿下に不信感はあったんだ。サラが不手際を起こしてしまったのなら仕方ないが、俺にはそうは思えない。だから近衛兵の立場を利用し殿下の素性を探ってみたんだ」


「……それ危なくないの?」


「まあ、よくはないし、まずいだろうな。でもそのおかげで殿下は女癖が異常に悪く、今も意中の令嬢がいることが分かったんだ。名前はミランダ」


 お兄ちゃんは必死でした。


「ミランダは男爵令嬢で殿下がその妖艶さにぞっこんになってな。いつのまにかサラをさておきミランダびいきになっていた」


 お兄ちゃん涙ぐんでる?


「そして警ら中のある日、決定的な場面に遭遇した。誰もいない中庭でミランダが自らのドレスを切り刻んで、そのまま噴水に飛び込んだんだ。起き上がったミランダは口角があがったいやな笑い方だったよ。ひっそりつけていた事が実を結んだのかもしれない」


 ……わたしは息を飲んで聞き入りました。


「そしてその足で、ミランダが殿下に、その日団欒で登城していたサラに脅され、ドレスを切り刻まれたあげく噴水に突き落とされたと訴えたんだ。その場にいたサラは即座に激高した殿下に婚約破棄を命じられたんだ」


 いくら近衛兵だとしても、ミランダがいつ起こすか分からない事を見張り続けるなんて、体力も精神も持たないはず。でもお兄ちゃんはサラお姉ちゃんの為に…… 


 でも、一介の近衛兵がそのことを国王陛下に暴露したところで、信じてもらうには無理があったそうで、それからは毎日落ち込んで帰ってきました。


 婚約破棄を申し付けられて、家でふさぎ込んでしまったサラお姉ちゃんにそれでもお兄ちゃんは仕事も大変なのに、毎日元気づけようと会いに行っていたようでした。

 でも肝心のサラお姉ちゃんは会う気力すらなくしちゃったみたいで、お兄ちゃんは門前払いの毎日だったみたいなのです。


 ――そしていよいよサラお姉ちゃんが修道院へ送られてしまう前日になりました。つい昨日の事です。

 この日は朝から激しい雨でした。

 お兄ちゃんはこんな日でも、お姉ちゃんの心配をして最後まで会ってくれるまで……

 そんなお兄ちゃんをわたしは放ってはおけず、わたしも一緒について行きました。


 風邪ひくからお前は来るなと言われたけど、そんなこと関係ありません。

 何が出来るわけでもないのにお兄ちゃんが毎日行っていたのに……わたしだって同じくらい苦しんだっていいはずだから。


 サラお姉ちゃんはこの日も家から、やっぱり出てくることはなくて……

 でも夜遅くに……お姉ちゃんの部屋が少しだけ明るくなって。

 えっ? あれ? サラお姉ちゃん?

 多分すっかり泣きはらして綺麗な顔がはれちゃっていたかもしれません。


 でも最後に窓に顔を覗かして、にっこり微笑んでくれました。

 お兄ちゃんもわたしも豪雨の中、一緒に泣き続けました。

 どうにもならないけど、ありがとう、さようならって言いたかったから。


 ――最後に……この文章を見つけてくれたくらい実直で魔法に精通している先生であるなら、サラお姉ちゃんと、エドワードお兄ちゃんの無念を晴らしてくれるかもしれないと信じています。



 ………………



(……確かに魔術師でないと解決できないな、これは)


 ケルトは担当教師からの欄にコメントをつけることにした。あくまで文章の細工を解いていない魔力がない教師が書くような平凡なコメントで。


 ”アピールポイントすごいですね。

 でもよろしくないポイントもあります。宿題は自分の力でやるものです。手伝ってもらってはいけません。

 放課後お兄さんと職員室に来てください”



 ――この日の放課後。


「……失礼します」


 リアラが沈んだ様子で入ってきた。水色の髪が綺麗で色白な子だ。10歳だが清楚な雰囲気だ。

 続いて入ってきたのが、身体が引き締まった逞しい金髪の青年。


(兄弟そろって美形だな)


 思わずため息が出たが、


「早かったね。二人とも俺の言いたい事は分かっているね」 


「……はい、宿題の件でしぼられにきました」


「ん? 何を勘違いしているんだい? 俺の心配してるのはそんな事ではないぞ? 2人とも大雨の中、朝から晩まで立ち尽くすなんてことをして風邪ひいてないか心配しているんだ」


 リアラが目をぱちくりさせた。


「えっ? それって……う……嘘でしょ? まさか読んでもらえたなんて……」


 リアラは思わず泣き出した。兄のエドワードがリアラの肩を抱き、不思議そうな目でみている。


「エドワード君だったね。優しい妹さんを持ったね。大丈夫。絶対に今までの君の苦労は徒労にはさせない」


 ケルトはそう言うと、エドワードの肩に手を置いて念じた。


「【記憶遡行】」


 エドワードの記憶を遡り、証拠となる箇所を抽出していく。

 ミランダの自作自演の状況ははっきり確認できた。

 隠れながら、ここまで鮮明に。なんて根気強さだろうか。


 その他にもエドワードは、証拠集めに懸命だった痕跡がうかがえた。


 ケルトは、エドワードに感嘆していた。


(それほどまでに、サラの事を……)


「……なるほどな」


「先生。あなたは……」


 エドワードがなお不思議がるが、ケルトは続けた。


「リアラ君にもお兄さんの根性の収穫を伝えておこうと思う。【記憶伝達】」


 リアラの手を握り、唱えた瞬間、彼女の脳裏に搾取された記憶が投影された。


「サラお姉ちゃんがこんな仕打ち受けるなんて。ひどい……」


「ここからは俺の出番だ。任せて欲しい……」


 リアラが手を組んで祈って、俺をじっと見ている。


(ああ、分かってる。君たちの想いに絶対応えてみせるさ)


 ――ケルトは搾取した記憶映像を以って、王国監査官に報告。


 そして外遊帰りだった陛下をつかまえ、緊急事態ですと提言。

 事の真相全てを聞いた陛下に宮廷魔術師の提言は無視できなかったようだ。

 ケルトが陛下に【記憶伝達】を行使すると、血相を変えた。

 結果、稚拙な誘いを見抜けずミランダにご執心だった王太子殿下は廃嫡の上、王宮軟禁。

 ミランダはお家取り潰しに。国外追放される事となった。


 修道院に送られていたサラは、その嫌疑が晴れ、無事に帰還した。



 ――2カ月後……


 ケルトの元にエドワードとサラの結婚式の招待状が届いた。


 そこには、

 ”ケルト先生、ありがとうございました”


 リアラ、エドワード、サラの文字。


 ――そして……


 地の文章で”わたしの想いはここです♪ 心の目で見てください”


 しっかりリアラの言葉が添えてある。

 やっぱり10歳の少女なんだよなーと微笑ましく感じた。


(……やれやれ)


 ケルトはリアラの回答を添削した時、頭を抱えて悩んだことを思い出していた。


(まあ、今回は頭を抱える必要はないよな)


 脳裏に魔力をともし、再び招待状を見た。


 ――すると、招待状一面に花柄が出現し、中年親父だろうか? 冴えない魔術師と、水色髪の清楚な女性が仲良く手をつなぎ、微笑み合って立っている綺麗なイラストが現れた。魔法が見事にグレードアップされていたのだ。


(こりゃあ相当強い想いを込めないといけないよなぁ。どれだけ頑張ったんだ!?)


 ――そして、可愛く添えられた文章があった。


『知っていますか?

 20歳の女性と、60歳の未婚男性のラブロマンスを……

 10年間絶対待っていてくださいね!!』


 ケルトは、苦笑いし、心はとても清々しい気分だった。

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