わたしの婚約者は『かぶれる君』と呼ばれています

アソビのココロ

第1話

 ヴィクター・カラック子爵令息。

 彼は貴族学校の有名人です。

 今日のお茶会でも話題になりました。


「かぶれる君でしょう? わたくしはないですわ」

「私も遠慮させていただきたいですね」


 わたしの友人方はこう言います。

 ヴィクター様はひょろっと痩せていて、不健康そうな顔色をしています。

 髪は整えられていなくていつも着崩したような格好で。

 一言で言えば、清潔感のない変人という感じでしょうか?


 どうしてヴィクター様が有名人なのか。

 『かぶれる君』というあだ名が表現しています。

 凝り性というか、物事に熱中しやすいのです。


 例えばヴィクター様は両端の跳ねあがった口ヒゲを生やしています。

 先々代のカラック子爵家の当主様が見事なヒゲを貯えていらっしゃったそうで、それに感銘を受けたとのこと。

 学校の生徒でヒゲを生やしているのはヴィクター様だけですので、時々先生と間違えられることもあるようですね。

 髪の毛には無関心にも拘らず、ヒゲの手入れには時間をかけているみたい。


 他にも『びよおおおおん』と鳴る異国の打楽器に凝ったこともありました。

 音が魂を震わせるとのことで、結構研究と試作を繰り返したみたい。

 わたしには理解できなかったですけれども、興味を持った人は多かったです。

 学芸会の劇で場面転換の効果音で使われ、たまたまそれを見ていた大衆劇の監督が気に入って採用されました。

 今では王都なら誰でも知っている打楽器になっています。


 劇と言えば血糊にも凝ってましたね。

 リアリティと利便性の追及とかで、本物と見紛う色の血糊を開発。

 服についてしまっても、時間が経つと色が消えるという優れものです。

 これも小道具やジョークグッズとして知られるものになりました。


「打楽器や血糊は商品化されたのでしょう?」

「小銭は稼げているのかもしれませんね」

「頭がおよろしいことは間違いないですけれども」


 おかしな魔道具や薬草にも詳しいようですしね。


「次から次へといろんなものにかぶれて」

「飽きっぽいのではなくて?」

「でも無害な殿方ですわ」

「ところでどうしてかぶれる君の話題になったのでしたっけ?」

「実はわたしのところへ、ヴィクター様から婚約の申し込みが来ておりまして」

「えっ、ポリー様の?」

「皆様の御意見を伺いたく」


 お茶会に参加している皆様の目が、わたしに一斉に注がれます。

 我が国では貴族学校を卒業して社交界デビューしてから婚約、結婚となるケースが一般的です。

 在学中、あるいはもっと幼い頃から婚約ということもないわけではないですが、やはり少数派ですね。

 でも皆さん恋愛話は大好きですから、どう思われるか知りたいです。


「ポリー様は、ヘニング男爵家を継がねばならないということはないのでしょう?」

「はい、弟がおりますから」

「……ヴィクター様はカラック子爵家の嫡男。条件的には悪くないと思いますの」


 わたしもそう思います。

 格上の家から望まれるのは嬉しいことです。

 わたしの長所はピンクブロンドの髪色と可愛いことくらいしかありませんし。

 でも……。


「問題はヴィクター様のクセの強さなのではなくて?」

「仰る通りなのです」

「ポリー様御自身はどうお考えに?」

「顔合わせには臨もうと思っているのです。やはりよく話してみないと人というものはわかりませんから」


 話したってわかるものではないのかもしれませんけれど。

 ピンと来るものがあるかもしれませんし。

 でも皆さんは頷いています。


「物事にのめり込めるということは、一途なのではないですか?」

「ヴィクター様の興味の対象は色々でしてよ」

「ただ一人の女性に対して真摯であればいいと思いますわ。……どなたとは申しませんけど、とっかえひっかえでございましょう?」


 チャールズ第一王子殿下は名うての色事師と評判ですからね。

 皆さん苦笑いです。


「かのお方は……わたくしは不潔に思います」

「でも何と言っても身分が高うございますし、お顔が大変麗しいでしょう?」

「私は殿下に口説かれたら袖にする勇気がありませんわあ」

「あら嫌だ、殿下と決めつけては不敬ですわよ?」


 きゃいきゃいと皆さん楽しげです。

 ……話が逸れましたね。

 気を使っていただいたのでしょうか?

 婚約の申し出を受けたと話してからは、ヴィクター様に対してさほど否定的な意見は出ませんでした。

 とりあえず会ってみるのが先ですね。


          ◇


 結局ヴィクター様と婚約することになりました。

 だってこれでもかというほど、わたしの容姿を褒めてくださるのですもの。


『ポリー嬢はとにかく可愛らしい』

『いつもピンクブロンドの髪に目を奪われてしまうよ』

『貴族学校に入学して初めて覚えた令嬢は、一番輝いていたポリー嬢だったね』


 わたしは見た目くらいしかいいところがありませんから。

 いえ、わかっています。

 中身は平凡な女の子なんです。

 唯一の長所を存分に褒めてくださるので嬉しいんです。

 

 ヴィクター様は変人かもしれませんけど、とてもお優しいです。

 両親も格上で裕福なカラック子爵家の令息との婚約を喜んでくれました。

 順調と言っていいでしょうね。


 話してみてやはりヴィクター様は頭がよく、話題も豊富だということがわかりました。

 私の知らないことを嫌がりもせず教えてくださいますし。

 お買い得物件だったのでは?


 とてもいい方なのに、『かぶれる君』などと誤解されているのはいただけないですね。

 おそらく見た目のせいです。

 わたしの婚約者になったこともありますし、改造しなくては!


          ◇


 ――――――――――ヴィクター視点。


 ポリー・ヘニング男爵令嬢と言えば、ピンクブロンドの美少女として僕達の間ではよく知られている。

 所属している魔道具クラブは、ポリー嬢を遠くから愛でる会と言っても過言ではないくらい。

 当然僕がポリーと婚約したことは議論を巻き起こすわけだ。


「ヴィクターずるいじゃないか! ポリー嬢を独占するなんて!」

「ハハッ、負け犬の遠吠えは見苦しい」

「負け犬だと!」

「チャンスは平等だったはずだ。先んじて行動を起こした僕が勝利した。それだけだ」


 皆が悔しそうなこと。

 しかし僕が勝ち得た理由はわからなくもない。

 家として見た時、ヘニング男爵家に魅力があるわけじゃないからだ。

 家と家との繋がりとしてどうだろうと、二の足を踏んだやつもいるんじゃないかな。

 僕個人としては、ヘニング男爵家領には珍しい植物の群生地が複数あるから興味はあるが。


「最近ヴィクターは格好つけてるじゃないか。帽子とか服装とか」

「ポリーが見立ててくれたのだ」

「悔しいが似合っている。ヒゲとの相性がいい」

「うむ、さすがポリー嬢だな」


 可愛らしいポリーがいそいそと構ってくれるのだ。

 僕だって嬉しい。

 しかも身だしなみに気をつけるようになってから、明らかに令嬢達の僕を見る目が違うのだ。

 見た目って大事なんだなあ。

 当たり前か。


「目の下の隈がなくなったじゃないか」

「ポリーに十分な食事と睡眠を取れと言われているのだ」

「正論だ。ポリー嬢優しいな」


 うむ、最初外見に惹かれたのは事実だが、ポリーはそれだけの令嬢じゃなかった。

 意外と世話焼きのところがあって好ましい。

 いやもう、ポリーに似合っていますよニコッとされると、嬉しくて仕方ないんだが。


「まあでも相手がヴィクターでまだよかった」

「どういう意味だい?」

「素直に祝福できない相手もいるだろう?」


 素直に祝福してくれていたのか?

 嫉妬丸出しじゃなかったか?


「誰とは言わんが、女たらしの第一王子殿下とか」

「おい、それ固有名詞が出てないだけで完全に不敬罪だからな?」

「おっと、俺は我が国の、と言った覚えはないんだが」


 アハハと笑い合う。

 チャールズ第一王子殿下はキラキラしたオーラがあるというか、本物の貴公子だ。

 僕達みたいな貴族の中でも底辺の存在とは違う。

 でもなあ。


 これ以上は皆も口を噤むが、女性関係は派手だ。

 何人もの令嬢が殿下の毒牙にかかっていると言われる。

 『側妃にするから』という口約束が空手形に過ぎないことはわかってるんだろうが、あのキラキラスマイルで言われちゃうと引っかかっちゃうんだろうなあ。

 殿下の側妃候補は何人いるのやら。


「今度ポリーを連れてくるよ」

「おい、自慢かよ」

「こんなむさ苦しいところにポリー嬢を招待するなんて、何か悪い気がするなあ」

「そうだ、ヴィクターは絵も上手かったろう? ポリー嬢の絵を描いてきてくれよ。部室に飾ろうぜ」

「絵を?」


 絵か。

 いいアイデアのような気がする。

 うむ、僕の技量を見せてやろうじゃないか。


「わかった。善処しよう」


          ◇


 近頃ヴィクター様は絵にかぶれたようです。

 わたしをモデルに絵を描きたがります。


「魔道具クラブにはポリーのファンが多いんだよ」

「そうなのですか?」

「ああ。部室にポリーの絵を飾ろうということになってね」


 何だか恥ずかしいですね。

 一日三〇分くらいずつ、モデルを務めることにしました。

 ヴィクター様が真剣な目でわたしを見つめ、筆を走らせます。


 ……最近気付いたのですが、ヴィクター様イケメンではないですか?

 わたしの言う通り、食事と睡眠に注意するようになったらしく、不健康そうな痩せ方は最早していません。

 ヒゲ以外の身だしなみにも気をつけていますし、元々背は高いですし。


 となると頭がよくて話題が豊富で優しいとなれば、とても素敵な殿方ではないですか。

 ヴィクター様が婚約者なんて、わたしは恵まれていますね。

 ヴィクター様に見限られないように、私も努力しなくては。


「……ダメだ」

「えっ?」

「こんな絵ではポリーの魅力を全然表現できていない」


 大変お上手で結構な絵だと思いますけど。

 これでは満足できないのでしょうか?

 凝り性なんですねえ。


「ポリー、協力してくれ!」

「はい。でもこれ以上何を?」

「君のヌードを描かせてくれ!」

「えっ?」


 ええええええっ?

 そ、それはさすがに。

 大体クラブの部室に飾ると言ってませんでしたか?


「安心してくれ。ポリーに脱げとは言ってない」

「はい?」

「ヌードを描く許可をくれと言っているんだ」

「何を仰っているのかわかりません」

「人間の身体には魔力が巡り、オーラが形作られていることは知っているだろう?」

「初級魔道学で習いましたね」


 ヴィクター様は何を仰っているのでしょうか?


「服はオーラを発しているわけじゃないんだ。つまり身体から発せられる魔力とオーラの形を正確に捉えることのできる魔道具があれば、服を着てようが着ていまいが、肉体を見ることができるんだよ」

「り、理屈は大体理解できましたが」

「で、魔力とオーラの形を見られる魔道具はもうできてる」

「えっ?」


 その眼鏡が?

 要するに裸を見ることのできる魔道具?

 どうして都合よくすぐに出てくるんです?


「ポリーの美しい身体を見せてくれ! うおおおおおお!」


 眼鏡をかけてわたしを見たヴィクター様が鼻血を吹いて倒れました。


「び、ヴィクター様、大丈夫ですか?」

「ああ、何と美しい裸身なんだ。まるで天使のような……」


 もう、ヴィクター様のバカッ!

 眼鏡は没収です!


          ◇


 ――――――――――貴族学校のサマーパーティーにて。


 今日はサマーパーティー、ヴィクター様にエスコートされて入場です。

 婚約者のいる者は相手を考える必要がないのですが、そうでない者は異性の生徒を誘って参加しますね。

 当日まで結局パートナーが決まらなかったという人も、もちろん多いですよ。

 そんな人達もパーティー会場で出会って婚約した、なんてケースもたくさんあるのです。

 皆が浮かれています。


 ただわたしは内心緊張しています。

 ヴィクター様にこんな話を聞かされたから。


 ――――――――――


「怪文書、ですか?」

「そうだ。王家に届けられたらしい」

「どんな内容なのでしょう?」

「サマーパーティーでチャールズ第一王子殿下を殺してやると」


 何と。

 一大事ではないですか。


「魔道具クラブにも犯人逮捕の協力要請が来ていてね。というか僕の作る魔道具は王家に高く評価されているんだ」


 ヴィクター様はすごいですね。


「ぶっちゃけチャールズ第一王子殿下はモテるけれども、多くの令嬢に恨まれているだろう?」

「はい」


 と言いつつ、私も不安です。

 何故ならここのところヴィクター様も人気が出始めているからです。

 私も男爵家の娘に過ぎませんし、どなたかにヴィクター様を奪われてしまうこともあり得るのかなあと。

 格上の家の令嬢に出てこられると困ってしまいますね。


「パーティーで誰かに刺されるんじゃないかって思われてるんだ」

「でも色恋の恨みとは全く関係がないこともあり得るのではないですか?」


 次期王位をめぐる争いとか外国の陰謀とか。


「可能性がなくはないね。でもわざわざ予告の怪文書を寄越すなら、殿下を亡き者にすることが目的じゃないんだよ」

「あ……」


 なるほど、チャールズ殿下を恨んでいることを知らしめたいという、どなたかの思い。

 であればチャールズ殿下に捨てられた令嬢の可能性が高いということですか。


「チャールズ殿下に伺えば、どなたが怪しいとかがわかるのではないですか?」

「愛の伝道師たる殿下は、女性に恨まれる覚えはないんだってさ」

「ああ」


 言いそう。

 チャールズ殿下は優秀ですし、王子様の中の王子様なのですから、花から花へと飛び回る鼻歌鳥みたいなマネはよせばよろしいのに。

 もっとでんと構えてもらいたいものです。

 早く婚約者をお決めになればいいと思うのは、わたしだけではないはずです。


「パーティーが中止になるということはないのですね?」

「ないね。王家が脅しに屈するところを見せるわけにいかない。そもそも怪文書だけで、実際に殿下が襲われる可能性なんて低いと思われているし」


 普通に考えればそうですよね。

 殿下を襲ったなどということになると身の破滅です。

 

「ところでヴィクター様は、犯人逮捕にどう協力なさるのですか?」

「これだ」


 眼鏡?

 あっ!


「まさかあのえっちな眼鏡の魔道具ですか?」

「原理は同じものだな」

「いけません!」

「えっ? い、いや、あれとは見え方は違うんだ」


 ヴィクター様の顔が真っ赤です。

 わたしの裸を思い出しているのですね?

 もう、いやらしいのですから!


「ポリーがかけて確認してくれ」

「……本当にえっちなものではないんですね?」

「ない」


 眼鏡をかけてヴィクター様を見ると……。

 ああ、身体の輪郭だけですね、見えるのは。

 あれ? 抜けているように見える部分は……。


「ベルトのバックル?」

「金属を視認しないように調整したんだ」

「ええと、どういうことでしょうか?」

「仮に殿下を害そうとするなら、まずナイフなり何なりの金属製の凶器を使うと思うんだ」


 なるほど、金属製凶器を隠し持っていてもわかるということですか。


「王家の皆さんは、魔道具クラブがこうしたアイテムを開発していることを御存じなんですのね」


 あっ、ヴィクター様が顔を逸らしました。


「……実はヌード眼鏡は、元々チャールズ殿下の依頼で製作したものなのだ」

「最低です! あら? でも殿下が眼鏡をかけているところを見たことはないですね?」

「殿下は眼鏡で見るより、直に見たり触ったりする方がお好きだそうで、結局使わなかったんだ」

「最低です!」

「魔道具クラブの実力が評価されているのは事実なんだ。クラブの予算は学校からだけじゃなくて、宮廷魔道士団からも出ている」


 それってヴィクター様の魔道具作りの実力が評価されているってことですよね?

 ヴィクター様ってすごいんだなあ。

 尊敬です。

 でもえっちな眼鏡は最低です!


 ――――――――――


 ともかくチャールズ殿下を攻撃しようとする何者かが、パーティー会場に潜んでいる可能性があるのですね。

 ヴィクター様の役割は、その何者かを魔道具の眼鏡で発見すること。


「さあ、行こうか」

「はい!」


 さて、会場入りですね。


          ◇


 不意にヴィクター様が声を潜めて言います。


「……見つけた。彼女だ」

「えっ?」

「……下腹部に大振りのナイフを隠してる」


 ワーズワース侯爵令嬢ソフィア様?

 チャールズ殿下の婚約者候補筆頭と目されている方ではないですか。

 殿下の浮気性とは全く関係ないと思われますのに、一体何故?


「……理由は後だ。僕はソフィア嬢をマークする。おかしな動きをしたらすぐに止めに入るよ」

「……会場警備の騎士に知らせては?」

「……残念ながらもう遅い。殿下の登場だ」


 本当です。

 緊張しますね。

 いえ、でも殿下は令嬢をエスコートせず、側近と皆さんといらっしゃいました。

 警戒はしていらっしゃるようです。


「……行ってくる」

「……御武運を」

「……ありがとう。秘密兵器があるから平気だよ」


 秘密兵器?

 何かの魔道具でしょうか?

 ヴィクター様がするするとソフィア様に近付いていきますね。


 ソフィア様が口を開きます。


「チャールズ殿下」

「やあ、ソフィア嬢。今日も美しいね」


 ソフィア様くらいになると、直接殿下にお声掛けできるんだなあ。

 そこへ割り込むヴィクター様。

 あ、チャールズ殿下に目で合図していますね。


「失礼だがソフィア嬢」

「……横から何ですの? ヴィクター様。無粋ですよ」

「パーティー会場に大きな刃物を持ち込む方が無粋だと思いますけどね」


 周りがざわっとし、ソフィア様の顔が強張ります。

 ええ、殿下の護衛は抜かりないですね。


「……何のことですか?」

「誤魔化したってムダです。あなたがお腹の下に隠してるもの、出していただけませんか?」


 観念したように大きなナイフを取り出したソフィア様。

 ざわめきが大きくなります。


「どうして、ですか?」

「……今日のパーティー、殿下からお誘いがあるものとずっと待っていたんですよ」


 えっ、誘ってなかったのかよって声が聞こえます。

 だって前回の年度末パーティーは、ソフィア様をエスコートしていらっしゃったじゃないですか。

 ちょっとこれは疑問な点ですね。

 殿下減点一です。


「……別の件で誘われたこともありました。『将来側妃にどうか』って。ひどくありません?」


 ひどいです、非道です。

 ソフィア様は侯爵令嬢、ナンバーワン正妃候補ですよ?

 ついいつもの癖で『将来側妃にどうか』って言っちゃったんですよね?

 殿下減点二です。


「殿下から誕生日にプレゼントが届きました。でもわたくしの名前はポリーではないのです」


 ポリー?

 わたしの名ではないですか。

 確かに先日誕生日ではありましたけど……。

 ソフィア様が私に向き直ります。


「ポリー様。あなた婚約者のある身でありながら、殿下に色目を使ったのね? あなたは確かに愛らしいですけれども許せない!」

「ええっ?」


 知りません知りません!

 完全に濡れ衣です!

 殿下減点三です!

 スリーアウトです!


「天誅です。覚悟しなさい!」


 ナイフを突きに構えたソフィア様が突っ込んで来ます!

 足がすくんで動けない!


「ぐふっ……」

「ヴィクター様!」


 ヴィクター様がわたしの盾になって刺されました!

 ゆっくりと頽れるヴィクター様。

 口からも血が……。


「ポリー、君を守れてよかった……」

「いやっ! ヴィクター様っ!」

「わ、わたくしは何ということを……」


 ソフィア様がナイフを持ったままガクガクと震えています。

 ヴィクター様が事切れたようにがくっと地に伏せた五秒後、おもむろに起き上がりました。

 えっ?


「本日のサプライズイベントでした。主演男優は僕、ヴィクター・カラック!」


 ヴィクター様がウインクします。

 あっ、ジョーク血糊?

 秘密兵器ってこれのこと?

 パーティー参加者の皆さんの中にもヴィクター様が発明したジョーク血糊とわかった方がいらしたようで、安堵の雰囲気に包まれつつあります。


 ヴィクター様はこの場を何事もなかったことにして収めようとしているんですね?

 ならばわたしのせねばならぬことは……。


「主演女優ソフィア・ワーズワース侯爵令嬢!」

「えっ、あの……」

「ソフィア様、ニッコリ笑って手を上げてくださいませ」

「は、はい……」

「助演女優僕の婚約者ポリー・ヘニング!」


 ヒューヒューという囃し声が聞こえます。

 恥ずかしいですね。


「助演男優、ある意味主役のチャールズ・フィルバウムス第一王子殿下!」

「やあ皆。面白かったかい?」


 わあっ、と声が上がります。

 チャールズ殿下もまたヴィクター様の機転を察知して乗ることにしたようです。

 こういうところ殿下はさすがですね。


「パーティーはこれからさ。楽しもうじゃないか!」


 まだ混乱しているソフィア様を連れて、速やかに撤収です!


          ◇


 ――――――――――数日後。


 刃傷沙汰になるはずだった変事をパーティーの余興として片付けたヴィクター様には、王家とワーズワース侯爵家から感謝状が届きました。

 魔道具クラブに予算をつけてもらっているからということで、礼金は断っていましたけど。


 ソフィア様はさめざめと泣いていらっしゃいました。

 何ともう非公式にお妃教育を進めていらっしゃるんですって。

 それなのにソフィア様を蔑ろにするって、悪いのは女グセの悪いチャールズ殿下だと思います。

 ソフィア様は被害者ですよ。


 お話している内にソフィア様と心が通じた気がします。

 お妃教育があるならすごく忙しくて気鬱なんですよね?

 スケジュールを見直したらどうですか?

 わたし達のお茶会に御招待いたしますよ。

 ソフィア様がいい笑顔を見せてくれました。

 

 何だかんだでチャールズ殿下とソフィア様は婚約なさるのでは、と思われます。

 チャールズ殿下は観念なさるといいですよ。


 王家とワーズワース侯爵家、チャールズ殿下とソフィア様に恩を売ったヴィクター様は将来安泰でしょう。

 ……そうすると男爵家の娘に過ぎないわたしは、ヴィクター様の婚約者としては不足なのではないですかね?


「ポリー、どうしたんだい?」

「あ、ヴィクター様」

「物憂げな君も可愛いけど」


 ヴィクター様だって格好いいですよ。


「わたしは可愛いくらいしか取り柄がないでしょう? ヴィクター様の婚約者には相応しくないのではないかと思いまして」

「……自分で堂々と可愛いと言い切っちゃうのは、いい性格だなあと思うけど」


 あら、性格も良かったですか。


「いや、ポリーは確かに可愛いよ? 僕だって最初外見に惹かれたというのは事実だけど、ポリーのいいところはそれだけじゃないじゃないか」

「例えばどんなところでしょうか?」

「まず、ポリーは淑女だろう? 落ち着いていて理不尽に怒ることがない。嫌味がない」

「ええ?」


 それは貴族家に生まれた女として当たり前のことではなくて?


「男爵夫妻も弟君も僕を歓迎してくれるしね。暖かい家庭だなあと思う」


 家族を褒められると嬉しいですね。


「友人が多いだろう? 僕にない人脈というのはありがたいものだよ」


 わたしにない視点でした。

 やはりヴィクター様は賢いなあ。


「空気を読むのが上手じゃないか。パーティーの時だって、自分にナイフを向けた相手さえも宥めてくれた」


 ヴィクター様の力になりたかったからですよ。

 ソフィア様も可哀そうでしたし。


「ポリーにはセンスがある。僕を変えてくれたのは君だ。感謝してる」


 元々の素材がいいからですよ。

 ヴィクター様は本当に素敵な殿方なのです。


「わたしはヴィクター様の婚約者でいいのでしょうか?」

「もちろん。君がいいんだ」

「あ……」


 ヴィクター様に抱きしめられます。

 ああ、嬉しいです。


「ポリーにプレゼントがあるんだ。ごめんね? 誕生日知らなかったから」

「えっ? よろしいですのに」


 真の婚約者になれた気がするんです。

 それで十分ですのに。

 プレゼントはピンクサファイアのペンダントですか。

 私の髪色に合わせてくれたんですね。

 ……これはかなり高価なものなのでは?


「いや、いいんだ。これ実はソフィア嬢がチャールズ殿下に叩き返したものでね」

「あっ、問題の私の名前で届けたという?」

「そうそう。殿下は本当にポリーにプレゼントするつもりだったみたいだ。まったくポリーは僕の婚約者だというのに、許せん! ポリーを危険に晒した詫びとして強奪してきた」

「強奪って……」

「ハハッ、いいのさ。それくらいの貸しはある」


 でしょうね。

 チャールズ殿下は全然気にしなさそうですし。


「ポリー、愛しているよ」

「はい、わたしもです」

「だからヌード眼鏡を返してくれないかな?」

「もう、ヴィクター様のバカッ!」


 お茶目なんですから。

 わたしもヴィクター様にかぶれて夢中になりそう。

 今後もどうぞよろしくお願いいたします。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

わたしの婚約者は『かぶれる君』と呼ばれています アソビのココロ @asobigokoro

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る