この世界の戦争

 俺がロボットアニメで大好きなシーンに、発進シークエンスというものがある。

 代表的なところでは、戦艦カタパルトからの射出……。

 その他、指を鳴らすと地面からズゴゴゴゴ……と出てきたり(前日に埋めてるのか?)、防衛都市でリフトオフしたり、どう考えても駄目になるだろうという勢いで充電用ケーブル引っ張りながら射出されたりと、各作品ごとに趣向を凝らしていたものだ。


 残念ながら、今の俺が置かれた状況で、そのように格好良い発進シーンなど、望めるべくもない。

 というか、まずコックピットに乗るのが大変だからな。

 膝立ちとなったアルタイルの装甲をどうにかよじ登って、コックピットへ収まる。

 これだけはラーバから受け継いだ魔水晶に触れると、機体は俺の意思を受けて起動し、ハッチが閉じられた。

 カメラアイで周囲を見れば、クリエルを始めとする魔術師たちが、期待に満ちた眼差しを向けている。


 そうだな……。

 外部スピーカーの機能があることは確認しているし、注意喚起をしておこう。


「橘勇斗、アルタイル……行きます。

 噴射炎に焼かれないよう、十分に離れて下さい」


 ――現実ってやつは、そうそう格好付かないもんだな。


 そんなことを考えながら、アルタイルのメインブースターを起動させる。

 アニメで見たそのままに、ランドセルから噴射炎が放たれた。

 それは、そのまま機体を浮かせ、徐々に高度を上げたのである。


「敵は、あの山脈を抜けてくるのか……。

 出来れば、追い払うだけで済ませたいが……」


 そんなことを考えながら、魔水晶に意思を伝える。

 おそらく、無理であるだろうと理解しながら……。




--




「――止まれ。

 あれが噂の顔付きか」


 半ば曲芸じみた動きで二輪車を操り、山中を駆けていた帝国兵の隊長は、そう言って部下たちを静止させ、空を見上げた。

 木々の切れ間から上空に見えるのは、あまりに異形の巨兵――顔付きである。

 顔が付いたその頭部は、人間さながらに下へ向かって振られており、どうやら、何かを探しているらしいことがうかがえた。


「あの様子だと、我々を探しているようだな」


「どうします?

 作戦を中断しますか?」


「いや……」


 部下の言葉に、隊長はしばし考え込む。

 そして、こう結論付けた。


「あの動きは、どこか素人臭い。

 もしかしたならば、見え見えの陽動にも引っかかるかもしれん」


「ならば、ここは自分が」


 隊長の提案に、部下の一人がすかさず手を上げる。


「せいぜい、遮蔽を利用して引っ張り回してやります」


「……頼む。

 王女を連れ去れるという絶好の機会だ」


 こうして、手短に作戦は決定され……。

 囮役を引き受けた者は、果敢にも飛び出していったのであった。




--




「くそ! 追い付けない!

 手玉に取られているのか!?」


 コックピットの中、下方の山林地帯を見下ろしながら、俺は悪態をつく。

 時折、木々の切れ間からバイクに乗った帝国兵が顔を見せる。

 しかし、すぐさまその姿は、見えなくなってしまうのだ。

 機動力では圧倒的に勝り、しかも、空を飛ぶアルタイルであるが、こうなってしまうと、容易には相手の姿を捉えられない。


「ビームは使えない。

 山火事になっちゃう。

 そもそも、人間相手には過剰過ぎる!」


 ライフルの使用は諦め、腰にマウントさせる。

 かといって、背中のブレードを引き抜く勇気はなく、結局、素手という中途半端な状態となった。


「頭部のバルカンだって、そうだ。

 人間相手に使えるもんじゃない。

 くそ! これを人間に向けてたあいつ、クレイジー過ぎるだろう!」


 アニメの主人公に悪態を吐きながら、ひたすらに追いかけっこを続ける。

 ふと気付いたのは、何度目かその帝国兵を見つけた時だ。


「さっきから、同じ顔の奴しかいない。

 複数で向かってきたわけじゃないのか?

 ……いや、違うな。

 ――陽動か!」


 ここにきて、ようやく相手の狙いへ気付く。

 くそ! 俺はとんだド素人だ!

 そもそも、アルタイルなんて圧倒的な戦力を相手に、意味もなく逃げ回るわけがないだろうに!

 普通ならば、隠れ潜むことを選択するはずだ。

 こちらは上空から見下ろす形なので、向こうからすれば、遮蔽物には事欠かないのである。

 なんてこった……敵兵の姿を見咎めた瞬間、視界ばかりか、思考に至るまでも狭まってしまっていた。


「――だったら!」


 またも、敵のバイク兵が木々の隙間から姿を現す。

 気付いてさえしまえば、これは、あまりにも挑発的な行動である。


「あんたのことは無視して、お姫様の所へ向かわせてもらう」


 当然、王女様が使うというルートに関しては、事前に確認しているし、何なら写しの地図ももらっていた。

 土地勘のない俺であるが、こうやって上空から見下ろす形なら、間違いようもない。


「――間に合え!」


 重力下では、基本的に陸戦を想定しているアルタイルだから、そこまでのスピードで飛べるわけではない。

 それでも、時速にすれば、80から100キロは出ていると見ていいだろう。

 俺が、まんまと囮に引っかかっていたのは、おおよそ一時間と少しといったところか……。


 密かに俺をやり過ごした連中が、最高速を出せていれば……。

 俺のみならず、バルターさんが差し向けた迎撃もかわしていたならば……。

 すでに、接触している可能性がある。


 恐れと共に、アルタイルを最高速で飛行させた。

 すると、嫌な予感はやはり的中していたのである。


「四輪の車が襲われている!

 しかも、見るからに守っている側が劣勢じゃないか!」


 カメラアイが捉えたのは、襲撃の様子……。

 剣や盾を構えた鎧姿の兵士たちが、戦っている場面だ。


 おそらく、奇襲だったのだろう。

 オープン型のジープを思わせる四輪車では、ボウガンの矢を受けた王国兵が事切れている。

 生き残りと思える兵士が迎撃のため車外へ出ていて、あれは……お姫様か?

 銀髪の少女が、座席で頭を抱えながらうずくまっていた。


 それにしても、一方的だ。

 バイクに乗る都合だろう……帝国兵と思わしき側が使っているのは、明らかにリーチの短い小剣である。

 なら、普通に考えれば、長剣を使う王国兵側が有利に思えるが……。

 そこは腕の差か、あるいは、奇襲されたことによる動揺が大きいか。

 たった今、新たに一人の王国兵が……ああ……腹を突き刺された!


『やめろ!』


 叫びながら、反射的に頭部のバルカン砲を撃ち放つ。

 アルタイルの照準システムは、抜群の命中精度で、二輪車が飛び出してきたのだろう森に存在する木々を粉砕する。


『帝国兵!

 投降しなければ、あんたたちにこれを撃つぞ!』


 俺の言葉を受けて……。

 帝国兵たちが、ぎくりと動きを止めた。

 王国兵がその隙を突いたのは、次の瞬間である。


『ああ! やめろ! やめろ! やめろ!

 投降させればいいじゃないか!』


 俺の言葉など無視し……。

 王国兵たちは、次々と帝国兵を切り倒していく。

 帝国兵側も応戦しようとするが、一度変わった流れというものは簡単に戻らない。

 そもそも、最初の不意打ちによって、帝国兵側は数的不利な状態となったのだ。

 後は、数を頼りとした王国側が、帝国兵たちを切り倒していくだけ……。


 呆然とする俺をよそに、地上では敵を全滅させた王国兵が、勝どきを上げていた。


『どうしてだよ!

 もう戦いをやめる流れだったじゃないか!』


 地上に降り立ち、王国の兵に向けて叫ぶ。

 アルタイルの腕も、訴えかけるように動作させている。


『いざとなったら、俺が取り押さえることだって出来たはずだ!

 なのに!』


「勇者とあろう者が、何を情けないことを言っているのです!」


 アルタイルのセンサーが、凛とした声を拾ったのはその時だ。

 見れば、先ほどまでうずくまっていた少女――いっそ幻想的なくらいに美しい女の子だ――が立ち上がり、こちらを見上げていた。


「これは、戦争。

 そして、この者たちは、王女である私を狙ったのです!

 どの道、死罪は免れません!」


 少女がそう告げると、王国兵たちも同意するようにうなずく。


『そんな……そんな……』


 俺はただ、コックピットの中でつぶやくのみだ。

 アニメの中みたいに、人道を保証する条約があるわけじゃない。

 それが、この世界での戦争だった。

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ええ!? 俺が勇者ですって!? いやただのロボットアニメオタクなんですけど!? ~異世界へ召喚された俺は、アニメの主役機を駆って超大国相手に無双する~ 英 慈尊 @normalfreeter01

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