出撃
茶碗には、炊き立てほかほかの白米がたっぷりとよそわれており……。
隣の椀では、白米永遠のパートナー――味噌汁が湯気を立てている。
メインとなるのは、塩焼きにした魚の干物で、パッと見た感じではアジの開きに思えた。
さらに、箸休めとして塩揉みにしたきゅうりが乗せられた小皿も添えられており、こちらはこちらで、なかなかに白米の請求力が高そうな逸品である。
「では……頂きます」
地球の礼儀がこの世界で通用するかは知らないが、ひとまず手を合わせ、手配してくれたバルターさんと顔も名も知らぬ料理人への感謝を示した。
さあ、美味しいお昼ご飯の時間だ。
……と、いうのは、別に異世界へ召喚されてしまった俺が白昼に見た現実逃避ではない。
れっきとした、現実に存在する光景である。
その証拠に、テーブルを挟んだ向かい側ではバルターさんも味噌汁をすすっていた。
そうなのである。
この世界……少なくとも、エルメリア王国においては米が主食であり、味噌も存在するのだ。
味噌どころか醤油まで存在する始末で、テーブル上には卓上調味料として醤油入りの小瓶が置かれていた。
何だろうな……本当、おかしなところで変化球を放ってくる世界だ。
いやまあ、変化球っていっても、それは地球における異世界召喚モノ……すなわちフィクションを基準にしての変化球なわけで、向こうからすれば知ったことではないだろうが。
どうもいかんな……。
事実は小説より奇なりとは言うが、それにしたって奇の濃度が濃すぎるせいで、物事の判断基準にフィクションを用いそうになってしまう。
実際にアルタイルが生み出されて、それを操縦したという体験が重なっているのも、それを後押ししているのだろう。
「いかがですかな?
こちらの料理は、お口に遭いますか?」
俺なんぞよりよっぽど上手く箸を操り、アジの開き――味もまんまそれだった――をほぐしていたバルターさんが、そう尋ねてくる。
「……端的に申し上げると、昨日の食事からずっと驚いています。
ここで出される食事は、元居た世界のごくごく小さい島国――俺の故郷で伝統的に食されるものとそっくりだ」
昨夜及び、今朝の食事を思い出しながら、そう答えた。
ちなみに、昨晩の食事は五目お握りで、今朝の食事はお粥である。
前者は、いわゆる戦闘食というやつだそうであり、後者は朝だから消化に良いものをという気遣いだそうだ。
「はっはっは……。
我が国の食事には、かつて召喚されたという先代の勇者……いや、救世主の好みが反映されているといいます。
もしかしたら、その人物とは、タチバナ殿と同郷なのかもしれませんな」
笑いながら、バルターさんが何やら重要そうな情報をぶっこんでくる。
いやあ、もしかしたらというか、ここまで日本食そのものだとほぼ確実に日本人だと思いますよ? その人。
「どういう人なのか……。
名前などは分かりますか?」
だから、食事をしながらもそんなことを尋ねてみたのだが……。
「その辺りに関しては、レメーラ殿下が到着されたら、直接聞いてみるのがよろしいでしょうな。
そもそも、王家にのみ秘匿されている伝承も数多いと聞きます。
私が不確定な話をするよりは、よろしいかと」
こんな感じで、後回しにされてしまった。
まあ、俺に気を使って、こうして自分の陣幕で一緒に食事をしてくれてはいるが、本来、恐ろしく多忙な立場だろう人物である。
自分が踏まずに済む手間ならば、踏まずにおきたいのであろう。
「そうなると、早くそのお姫様にお会いしたいですね。
とりあえず、一通り検証できることは検証しましたし……」
クリメイションに関しては、昨日から知りたいことをおおよそ試してあった。
それで得られた法則性などに関する知見は……役に立たないで欲しいものだ。
俺は、帰りたいのである。
「四輪車で……しかも、殿下に負担をかけない速度で進むとなると、どれほど早くとも今日の夕方くらいになることでしょう。
それまで、タチバナ殿にはゆるりと過ごして頂きたい」
「あー……。
確かに。
バイクも自動車も、やたらと乗り心地悪そうですからね」
バルターさんの言葉に、納得してうなずく。
何しろ、陣中で見かけたバイクにしても自動車にしても、タイヤが金属製のホイールそのまんまだからな。
当然のように、サスペンションなどという気の利いたものも存在しない。
そりゃあ乗り心地も最悪だろうという話で、特にバイクの方は、操縦者が投げ出されないのは不思議なくらいである。
「ほう……となると、タチバナ殿の故郷では、もっと乗り心地が良かったのですかな?」
「そうですね。
まず、タイヤの構造が異なります。
ああいう風に、ホイールを剥き出しにするんじゃなく、緩衝材となるゴムを被せるのです」
身を乗り出してきたバルターさんに、軽く身振りを加えながら説明した。
試してみたクリメイションの感触と方向性からすると、そうだな……。
「おそらく、この場のクリメイションでもタイヤに関しては再現できると思います。
よかったら、お姫様が来るまでの間に試してみましょうか?」
「おお、それはありがたい!」
俺の提案へ、バルターさんが嬉しそうにうなずく。
よかった。
帝国軍を撃退した時点で、恩返しは済んでいるといえば、済んでいると思えるが……。
それでも、こうして食事などを世話になっているのである。
何か一つでも、役に立っておきたいと思うのは当然の真理であった。
「では、午後からまたクリエルをお供に付けますので――」
慌ただしく兵隊さんが駆け込んできたのは、その時のことである。
「――ほ、報告します!
帝国側に動きあり!」
「――話せ」
陣幕をめくり上げて飛び込んできた鎧姿の兵士に、バルターさんが眼光鋭く促す。
「――はっ!
偵察に出ていた重騎士の報告によりますと、帝国軍は少数の二輪兵をエルメリア山脈に送り込み、密かに国境の突破を狙っているそうです!」
「山脈から……?
妙だな……」
兵士の言葉に、バルターさんが考え込んだ。
「エルメリア山脈というのは?」
「ここからも見上げられる、あの山脈です。
起伏に富んでいる上、植生が豊かなので、巨兵では容易に通行できません。
そのため、二輪の兵で強行突破をしようとしているのでしょうが……。
しかしながら、少しだけの兵を送り込んできたところで、何ができるというのか……」
バルターさんが指差したのは、なるほど、この平原を見下ろすようにしている長々とした山脈地帯だ。
「少数での突破、ね……。
パッと思いつくのは破壊工作だけど、この世界に火薬は存在しないからな」
その辺りは、クリエルに直接聞いて確かめてあった。
となると、爆発物などを用いての大規模な破壊工作ができるわけでもない。
それでも、放火くらいはできるだろうが、この陣地には常時大勢の見張りがいるし、無視して後方の村などに行ったとして、これから攻め落とす相手国の町や村で放火騒ぎなんか起こしてどうするんだという話である。
なら……。
「要人の暗殺……あるいは、誘拐とか?
それなら、少数精鋭で不可能じゃないし、大きな成果が期待でき……」
そこまで言って、ハッとなった。
それは、バルターさんも同じだったようで、すぐさま兵士にこう命じたのである。
「――情報が漏れている!
敵の狙いは、レメーラ殿下だ!
すぐさま、こちらも二輪の兵を出し、迎撃に向かわせよ!」
「――俺も、アルタイルで出ます!」
バルターさんへ、間髪の間も置かず宣言した。
「タチバナ殿……しかし……」
「飛行可能なアルタイルなら、追いつく……のは木々が邪魔して難しいかもだけど、先回りは確実に出来る!
ここで、お姫様を失うわけにはいかない!」
躊躇する彼に、力強く続ける。
レメーラというお姫様を失うというのは、すなわち、帰還への道が絶たれるということだ。
まだ王様なんかはいるはずだが、儀式を執り行った本人が欠ける事態は避けねばならない。
「……お願いします」
バルターさんが、そう言ってうなずき……。
俺は、今度は自分の意思で、戦うために出撃することとなったのである。
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