天使の化石

維 黎

Thank you for being our angel

「お父さんなんて大っ嫌い! って言われたあの時は本当に哀しかったんだぞ?」

「――だって、お父さんったら全然私たちの言うことを聞いてくれなかったじゃないの」

「そりゃおまえ、十四歳の一人娘が男と朝帰りなんてしてきたら、父親として冷静じゃいられなかったさ」

「なんてふしだらな娘なんだ! って?」

「いや――母さんに申し訳ないって思ったよ」

「――お母さん、どんな女性ひとだった?」

「面影とか、まったく記憶にないのか?」

「二歳の頃よ? 無理よ。でも……それがお母さんなのかはっきりとわからないけど、背中を優しく叩いて私を寝かしつけてくれた記憶があるの。だからかな。今でも寝ている背中をポンポンってされるのが好きなのよね」

「――」

「そんな寂しそうな顔しないでよ、お父さん。お母さんの記憶はないけど、私はお父さんとお母さんの娘に生まれてよかったって思えるから」

「そう、か」

「うん。それにお母さんの写真を見る限り、私が美人に生まれたのはお母さんに似たからなんだって思うし。お父さんに似なくて良かったわ」

「こいつ」

「キャー、家庭内暴力はんた~い! 児童虐待よ~!」

「何が児童だ。もうすぐ嫁入りの娘は児童とはいわん」

「児童とは言わないけど、嫁入りしようとどこへ行こうと、何年たとうと私はお父さんとお母さんのなのは変わらないわ」

「――うむ、そうだな」

「――やだお父さん。急に黙ってジッと見つめたりして。どうしたのよ」

「ちょっと待ってなさい」

「――――」

「お前が嫁ぐ時、渡そうと思っていたんだ」

「何、この小さな桐の箱」

「――」

「これ……化石――じゃ、ないわよね。――あ」

「へその緒だ」

「……」

「母さんと写った写真も数枚あるし、戸籍上の記録もちゃんと母さんの娘だ。そして何よりそのへその緒が、母さんとお前を結ぶだ」

「――お母さん」

「幸せになりなさい」

「うん」

「――」

「――ところでお父さん」

「ん? なんだ?」

「あの時、祐介ゆうすけとは本当に何にもなかったんだからね?」

「わかっているよ。今ではちゃんと祐介くんのことを信じている。でなきゃ、最愛の一人娘をやるもんか」

「――お父さん……!」

「おい、そこは素直に『大好き』じゃないのか?」

「いいの。だってお父さん譲りの素直じゃない性格はお父さんと私を結ぶだから」








 病室に響き渡る泣き声が聞こえた。

 それは世界中に誕生を告げる強く元気な産声エンジェルヴォイス


「頑張りましたね、お母さん! ほら、元気な女の子ですよ!」


 助産師に抱きかかえられた赤ちゃんを見れば、その瞬間にすべての疲労など忘れてしまった。

 まだ繋がったままのへその緒。

 将来、この子にその時が来たら渡すと決めている。


「――こんにちわ。私の可愛い天使あかちゃん



――了――

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