不能賢者のスレイブス

豚肉の加工品

第1話 不能賢者 Ⅰ

 東西南北と、四つの大陸。

 そしてその東側に存在する人族じんぞくのみが住まう、権力と崇拝の国。

 その名も――人族の国「ヒュレイズ」

 他国とは違い厳格な人間階級制度が存在し、非常に複雑なルールがあり、力が物を言う実力主義の国である。


『本来ならばその力で他国を圧倒し、我らが「ヒュレイズ」が世界の覇権を握れていただろうに……なんと嘆かわしいことか!! 攻撃魔法が使えないだと!? 〝賢者〟など名ばかりの無能め! さっさとここから消え失せろッ』


『あははっ! 無様ね、お兄様? せっかく神々が〝賢者〟という力を下さったのに、その最大の力を使えないなんて、まさに〝不能〟だわ!』


『なんでが生まれたのかしら……早く出ていってちょうだい』


 人族は神々から強大な力を与えられる。

 何千年も前に、この東の地に降臨した神が人間をそう創ったと言われている。

 そしてそれが諸悪の根源とも言えるだろう。


『チェーラーの名は捨てろ、そして誰にも気づかれることなく北の土地にて死んでくれ。それが父からのお前へ対する最後の命令だ』


 力こそが全て。

 〝力〟というパラメーターが全て。

 これが人族の姿である。


「はぁ……寒っ」


 人族の国「ヒュレイズ」から北へ向かう、三十年前に北にある牙族がぞくの国「アリュマール」との戦争によって戦地と化したそこは……今も深い傷が残っていた。

 なんでも、天候すらも変えてしまう存在が参戦しこの地に〝冬〟を訪れさ終戦せたとかなんとか。


「あぁ……なんか眠くなってきた」


 北の土地――「ホワイトノース」。

 牙族の国「アリュマール」との隣接地であるそこは、常に雪が降っている。まるで境界線だと言わんばかりにある「アリュマール」側の森林には全く雪が積もっていないというのに……。

 それに――――この白い大地には所々人型に凹んだ部分がある。それは赤く染まる雪が全て教えてくれた。

 物騒なところだ。それにこの場所は言わば無法地帯、戦争が終了したというのに牙族と人族が紛争が未だに続いている。

 それがどういった理由で争っているのかは知らないことではあるが。


「……あ、明かりだ――――暖かそうだなぁ、行ってみるか」


 月明かりが大地を照らし、音一つしない皆が眠りについた時間に屋敷を出発した。別に勝手に出て行ったところでもう何も言われないし、思われることもないということで何も言わずに出てきたのは良いが……家はないし、金もない。

 そして一番重要な生きる知識もない。

 もしかしたら、この無法地帯で一番の無法者は自分なのかもしれないと笑っていると遠くに炎の明かりが見えた。

 腹も減っているし、寒いし、ということで誰かがいるかもしれないという可能性を捨ててその場所へと向かう。


「座標は……ここらへんでいいか。炎の中から出てこなきゃ大丈夫だろ――」


 目視できる場所への時空移動。

 賢者である自分にだけ許された――時空すらも移動してしまう魔法。

 その名も〝クロック・ドライブ〟。まだまだ色んな魔法が使えるのだが、これは凄まじく便利な魔法でありとあらゆる生活にて使用している。

 そのせいで一時期歩けなくなるほど筋力が低下したことがあり、一から鍛え直したことがあるのだが――――


閑話休題。


「っと、と…………かなり面倒な様子だな、こりゃ」


 無事に明かりのもとへと着地できたものの、そこは酷く血生臭い。

 ポタポタとまだ血が滴る死屍累々、それも人族と牙族で争ったらしい。

 あまり時間が経過していないが周囲を確認しても動く気配はないので、ここで全員共倒れだったのだろう。

 そしてどうして争っていたのかと原因を探していると、


「人間ッ!!」


 血に塗れた一人の牙族がナイフを投げつける。


「うおっ!?」


 そのナイフはレイヴには当たることはなかったが、当たらなかった事実を憎らしそうに瞳をギラつかせる。


「ぐっ……ぞぉぉおお――」


 血の塊を吐き出し、涙を流しながら力が抜けていき、最後には体が痙攣し始める牙族の男を見つめる。


「お、おい……大丈夫か?」


 近づくと分かる。

 月明かりを反射する、魔法すらも弾き返してしまうと人族の中では恐れられた鱗を持つ体。心の気配を読み取る事のできると言われている蛇のような瞳。

 牙族の中でも特別強い種族――竜人だ。


「こ、ろ……す、ごろしてぇやるぅ……!!」


「も、もう限界なんだろ? 動くなって……恐いんだよ、もう」


「…………?」


「ぼ、僕には敵意なんてないことがその瞳から伝わったか? なら良いんだ、取り敢えずから――――あっ、馬鹿やろう勝手に治すんじゃねぇよ! まだ最後まで言ってねぇ!」


 口は災いの元とはよく言ったものだ。

 この〝賢者〟という力を得てからつい言葉にするとするようになってしまい、とても生きにくい。

 言葉通りに、かなり重症であった竜人の男の体が治ってしまった。

 体にべったりとついた血は綺麗にはならないが、それ以外の全てが回復していることだろう。この酷い争いが起こる前よりも元気が溢れ出しているはずだ。


「お、おい! いいか? 僕に手は出すな、治せるけど痛いんだ」


 上に被さっていた人族の亡骸を払い除け、こちらを見上げる竜人の男。

 その蛇のような瞳に全身の射抜かれているようで体がビクリと震える。


「……どういうことだ? これは――――」


 体が綺麗に治ってることに驚きを隠せないのも無理はない。見たことがないから言い切ることは出来ないが、死に体を完全に治療する魔法などこの世には存在しないだろう。それこそ歴史上にすら存在しない。


「なんのつもりだ……人族の男」


「なんのつもり……って言われても、勝手に治ったんだ。治療してやりたかったのは事実だし僕はいいけどさ。ほら、そんなことよりやらないといけないことがあるんだろ?」


「……っ!? お前も心が読めるのか?」


「いやいや、あんな形相で攻撃されたら分かるって。あぁ、感謝とかしなくていいからな。感謝するなら僕と出会えた自分の運に感謝することだ――あ、あとこのことは誰にも言っちゃダメだからな。僕と君との二人の秘密だ」


 「ヒュレイズ」の中心であり心臓部とも言える大都市セントラルから、かなり距離が離れているとは言え人族の耳にこの事実が入ったら流石に大変だ。

 追放された日に他種族の命は救って、同族の命はなんて……そのように捉えられてしまうかもしれない。


「それじゃ、またな。僕も竜人に出会えた自分の運に感謝するとするよ」


 この燃え上がる炎の近くだったから体は十分温まったが、この状況では心が落ち着かない。そのまま振り返って炎から遠ざかる。

 そろそろ体力は限界だし、話すのも少し面倒になってきたところだったし、さっさと目立たない場所にでも家を建てて休まろう。ご飯は……明日でいいや。


「待ってくれッ!!」


「うわっ! ビックリしたぁ……何だ――――」


 轟くような声に体が驚きのあまり跳ね上がる。そして再度振り返ると、竜人の男がこちらに対して地面に頭をつけていた。


「よぇ?」


 まさか体の治療が完全じゃなかったのかと思い、小走りで近づくと竜人の男は顔を上げる。その見上げた瞳は蛇のような瞳から普通の瞳へと変わっている。


「どうか……どうかっ、まだ話を聞いてほしい!!」


「それは良いけど……「本当か!!」あぁ、話は聞くよ。でも、紛らわしいことするなよ……。また血を吐いて倒れたかと思ったって」


「有り難い!」


「あぁ、良いんだってそういうの。顔を上げてくれよ……それで? 話って?」


「心優しき我が恩人よ。その癒やしの力を我らが牙族にもう一度使っていただき、 我らが牙族――そして、私の姪でもある〝カリュキ〟という者を救ってはくれないだろうか!」


 

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