第2部 不香花の黒白
1 ラルゴ
トリル・サンダラで起きた"マグ・メル"を巡る事件、あれから数ヶ月を過ぎ季節は移変わろうとしていた。
カラットでは既に寒さを感じ始める程に冬は迫っている。
いつもの様に依頼をこなし帰って来てすぐの事、私とリフレシアは所長に呼ばれ、[スターキャリアー]の本部である部屋へと行く事になった。
「やぁ二人とも、ご苦労様」
所長は盆の上に温かい飲み物を乗せ私達を部屋へと入れる。
早々に用意された椅子に座り目の前のテーブルに飲み物を置き、彼は私達の前に座り息をつき冷ますこと無く用意した飲み物をそのままグイグイと飲み干し一息つく。
招かれた手前要件も分からぬまま来た私達は彼が話始めるまで黙ったまま椅子にもたれかかり少しばかり旅の疲れを癒す様に姿勢を崩す。
「リフレシア君、もう仕事は慣れたかな?」
「うるせぇ」
とても直近の上司に対するそれでは無いが所長は笑っている。私はもう注意するのも諦めため息混じりに所長に謝る。これがいつしかいつもの流れの如く顔を合わす度に繰返される。
「あれから4ヶ月位かな?仕事も少しづつだがこなせている。本当に凄いんだよ、カペラ君が同伴とはいえ初心者である君が依頼を熟すというのは、中々最初から出来ることじゃない」
「当たり前だろ、誰に物言ってるんだ」
「それはあなたでしょ」
「あっはっはっは、やっぱり面白いねリフレシア君は」
「所長、あんまり甘やかさないで下さい。今後これが板に着いたら調子に乗ります」
豪快に笑う所長にも呆れてしまう始末。相当ツボなのか彼自身、リフレシアの事をいたく気に入っている。
一番の不安な部分ではあったもののこれはこれで相性がいい事に対しては私としてはホッとしている。
実際に依頼も卒なく熟す事も大きな理由でもある、即戦力だし。
ここ数ヶ月共に行動し依頼を立て続けに何件も行っているけれど、常に荒っぽい所以外は律儀とは言えずとも仕事はしっかりとやってのけている。
私としても、彼としても、常に人手が足らない[スターキャリアー]の業務を一員として身を置く彼女の存在はかなり大きな物として認識はしている。
素行以外は。
「実は折り入って頼みたい仕事があってね」と呼び出した理由についてを語ろうとする前に彼は1枚の紙を私達に見せる。
そこに書かれた依頼内容はやはり遺品を探す内容には違いは無い。
書かれた内容は、場所、探して欲しい物の詳細、特徴や遺品を無くしたとされる場所や持ち主。
そして亡くなった日付等、事細かに書かれている。
更には、契約に際して受ける当人の印と受理された時に付けられる印、そして依頼を行った者の印が書かれている。
変わった点という所で言えば、その受けた人間が"リオラ"というサインがされている事、そして何枚もつけらた赤い付箋、依頼の期限がもう少ししか無いという所。
その事から長く務める者ならおおよそ察しがつく内容だった。
「所長・・・これって」
「うん、もうかれこれ何度も依頼の延長を行っては長期的な詮索になってしまっているからね、ご本人も今年で最後にするとの意向で受け取ったよ」
「・・・そうですか」
静まり返る場に一人何の事だかさっぱりわかっていない人物が一人。リフレシアだ。
初見の彼女だが実はよくあるケースでたまたまそういった依頼が無かったという事もあり、彼女にも説明する必要があった。私は所長から紙を受け取り彼女の前へ出し説明をする。
「リフレシア、よく聞いてね」
「バカにするな。一度ならず聞かなくとも分かる」
「本当?」
「嘘だ」
「じゃあ説明するね。私達[スターキャリアー]は、亡くなった人の形見となる遺品を見つけて欲しいっていう依頼者が依頼を発注する事で私達に仕事が来る。だけど、大抵の場合亡くなった人っていうのは旅の道中だったり戦争中の戦場などが多かったりするの、必然的にそれは危険な場所が多いって事」
「俺の事をガキかなんかだと思っているのか?目の前にいる男に再三聞かされたぞ」
「良かった、覚えてはくれてたんだね。話を進めると、まずこの依頼書は”リオラ”が請け負った仕事なんだよね」
「ああ、奴のいない今その仕事が俺たちに回ってきたって事だよな?大変迷惑な話だ」
「そして依頼のこの紙には期限が設けられている。これはつまりこの日付までの依頼って事。そしてこの付け足された赤い付箋は延長を表している」
「延長?」
「”見つけられなかった”って事、それでも探して欲しいっていう依頼主がいる場合こんな風に赤い付箋が貼られる。勿論その場合私達は日を改め探しにいく事になる」
「成程、だがそんな依頼を何件も、いつまでも受けていたら新しい依頼が溢れかえるだろ」
「だから延長に関する依頼の続行は依頼料が高いの、依頼を請け負う請け負わないは置いといて、依頼をした事による料金が発生するんだけどそれもかなり高くなる。
大抵日を置いても見つかる事はなければ、時間をかけるほど見つかりにくくなる。
だから大抵設けた日数で見つからなかった場合諦める人が多いの」
「何故だ?時間を掛けた方が探す場所も絞れるだろ」
「死体漁りや追い剥ぎみたいなのが居て盗んでいくの」
「同業者か」
「一緒にしないでよ、どちらかというと敵対してる相手ではあるんだから」
「色んな生業があるもんだな」
「知性が比較的高い魔獣は特に多いんだよね・・・、世の中が悪いとは言わないけど貧しかったり、戦災孤児だったり理由は色々あるんだけど、それしか生き方が無かったって考えちゃうと・・・出会しても追い返すのもしのびなくなっちゃうんだよね・・・」
「お前の私情はさておきだな、つまりはそんな可能性の低い依頼を馬鹿みたいに延長したからこんなに付箋がついているのかこの依頼書は」
ヒラヒラと紙をなびかせながら彼女はそう言った。
「そんな風に言わない!!この依頼をくれた人はそれだけ見つけて欲しかったんでしょ!
きっと大切な人の大切な物だったんだよ」
思わず立ち上がり彼女に向かい大声を出してしまうが彼女は冷静に言う。
「だとして、その説明を受け、依頼書を見るにこの依頼は2年以上前という事になるな。それに付箋の量。凄まじい回数だ、割り切るのも大切だと思うが?過去に固執し過ぎているだろこれは」
「・・・皆が皆あなたみたいに強く生きられる訳じゃないんだよ」
悲しかった、その時の感情をなんと言えば良いのか分からないけど私のその表情に黙っていた所長は私達の会話を割って話を始める。
「そうだね、リフレシア君の言う事にも一理あるよ。けれども、カペラ君の言う事も正しい。
そして我々の仕事というのはね、君の言う"割り切れ無かった"人達の背中を押してあげる為の仕事でもあるんだよ。
過去となった人との別れを惜しむ気持ちも分かる、だけどいつかそれは清算しなければならない、いつまでもそれを引きずったまま生きてはいけない。
その時にその人の気持ちを精査をつける為に必要なのが過去となってしまった人の持っていた大事な物
"遺品"なんだ。
私達の仕事というのはそういう人達の為にあるんだ。そういう人達によって我々は仕事をさせて貰えているという事でもある。
君にもそれを理解して貰えた上でこの仕事を頑張って欲しいんだ」
いつもどこかぬけた所がある彼が見せるいつになく真面目なその言葉はとても優しく、まるでだれかと別人と入れ替わっているのではないかと思うほどに雰囲気が変わっていた。
さっきまでの調子で返事を返すのかと彼女の答えを待つと、意外にも彼女は「分かったよ」と素直に折れる所を見ると彼の言葉は彼女なりに納得し受け止めたのだろう。
「ありがとうね、リフレシア君。カペラ君、今回のこの依頼はこれで最後になる、だから出来るだけ頑張ってあげて欲しい。もうこの依頼も4年程続いた物なんだ」
「よ・・・4年もですか?」
4年もの遺品の捜索は流石に珍しい。没後2年の物を探して欲しいという依頼はあれどそこまで長期的な依頼は初めてだった。
「うん、ずっとリオラ君が請け負っていたんだけど彼ももういないからね。以前の一件は知っているけれど君にはまた彼の仕事を引き継いで欲しい」
「分かりました。頑張ります」
「あ・・・そうだ」と彼は急に立ち上がり、部屋の奥に飾られた棚から何かを取り出し直ぐに席に戻ってきては小さな箱をリフレシアの前に出した。
「お待たせ、これを君に贈るよリフレシア君。これからも宜しくね」
彼女はその言葉と共に箱を開くとそこには綺麗に収められた[スターキャリアー]のギルドマークが形どられた青い星のペンダント、これが渡されるという事は正式に彼女は[スターキャリアー]の一員として迎えられたという事になる。
「これつけないといけないのか?」
「強制ではないけど持っていて欲しいな」
「ダメかな?結構かっこいいと思うんだけど・・・」と少ししょげる所長。さっきまでの雰囲気はどこかへ行ったのかと思うほどの変わり様。
「仕方ない、貰っといてやるよ」
リフレシアは箱に収まっているペンダントを握りしめガサツにもズボンのポケットにしまい立ち上がった。
「じゃあさっそくその依頼さっさと終わらしにいくか」
「うん、そうだね・・・ところで所長、詳細な場所はどこなんですか?」
「ああ紙面じゃわかりにくい場所だね。北西の方角にある”オンブル”だね」
「”オンブル”?随分遠い場所ですね・・・」
「この季節だ、あそこはもっと冷えるだろうから二人共気をつけてね」
彼女にああは言ったものの内心、見つかるはずがないと思っている節はある。
4年もの月日の中見つけられなかった物、そして目的となる場所は年中雪原の土地。曰く付きでもあるその土地で私達の遺品捜索が始まる。
白魔導師と龍の獣道 ~二匹の魔物が形見をお届けします~ 世見人 白図 @Shirazu_Yomihito
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