Tempest tost -灰の悪魔の場合-

 少し、余談を挟む。


 〝悪魔〟と一口に言えど、その種類は実に多種多様だ。宗教ごと、地域ごとに色々いる上、『悪魔的な側面を持つ神格』なんかもまた別にいる。

 

 あるところに、一匹の夢魔スクブスがいた。それも、ほんのちょっぴり、他の仲間とは違う価値観を生まれ持った。

 

 ──夢魔スクブス。他の悪魔とは、少しばかり毛色の違った超自然的存在。本来、天使や悪魔は肉体を持たない霊的存在であるのに対し、夢魔スクブスはその性質故に、肉体を持つことが可能だ。ある神学者は、その特性から、夢魔スクブスを「悪魔ではなく、人間とは別の種類の理性的な動物」と定義付けている。

 

 『死体に憑依しているのだ』『いや、性行為セックスのために肉体を構築しているのだろう』『結局は悪魔だ、やはり霊体であり、性交時の肉体であると思っているのは幻覚に過ぎない』――などなど、その肉体の正体に関しては様々な学説が飛び交っているわけだが、それはさておき。


 つまり、夢魔スクブスとは、男性を甘美な夢で誘惑し、相手がそれに屈すると人体の限界を超えたを与えて絶命させる――である。

 故に、ほとんどの夢魔スクブスは、標的とする男性に淫らな夢を見せ、その中で性行為に及び、精液を採取すると同時に命を奪う。彼らにとってのそれは人間でいうところの労働であり、食事であり、また生殖行為でもある。己の存在意義を全うするべく行動しているのは、悪魔も同様なのだ。


 しかし、はそれを良しとしなかった。――というより、よくわからなかった。

 

 みんなと同じに、人間のことは、好きだ。でも、みんなとは違って、性行為をしたいとは思わない。

 素敵な夢を見せてあげるというのも、ロマンチックで良いと思う。でも、それがえっちな夢で、しかも最後に殺してしまうなんて、とんでもない。

  

 それは、たぶん、家畜の牛を見る子供と同じようなものなのだろう。美味しいから好きなのではなく、好きだから好きなのだ。彼女は、みんなよりも少しだけ無垢で、純粋で、とうてい悪魔には向かない子だった。


 そんな子だから、ごくごく自然な結果として、みんなとは反りが合わなかった。

 

 「輪姦だー!」と、男子高校生が集団でトイレに行くようなノリでに誘われたときも、大好きな人間を殺したくないから、断った。

 「私たちは夢魔スクブスだから、えっちなことしても神様に怒られないんだよ?」と諭されたときも、首を傾げるばかりだった。許されていようと何だろうと、そもそもえっちなことが好きじゃない。


 そんなことを繰り返す内、順当に、彼女は孤立していった。そこには、単純に興味を失くして離れていく場合と、夢魔スクブスらしくない彼女に嘆き、軽蔑する場合があった。もっとも、その頃には彼女自身も、周囲との認識の違いを理解し、気味悪がっていたから、大して気にしなかったが。


 不幸なのは、彼女の周囲に――正確には、夢魔スクブスという種族全体に――一匹として、彼女の価値観に同調する悪魔がいなかったことだ。


 無理もない。彼女を人間に置き換えてみれば、食欲も性欲も生きる意欲もない上、いまひとつ会話が成立しない――そんな少女なのだから。不気味でさえある。

 

 彼女を迫害する者達からは、実に多種多様なあだ名がつけられた。単純な罵詈雑言に始まり、『欠陥品レモン』だとか、『異端イレギュラー』だとか、そんなひねりの利いた物まで、様々に。


 彼女は人間の娯楽を好んだ。料理や裁縫に始まり、読書やゲームなど、一人で時間を潰せる趣味を延々と消費し続けた。酒や煙草にも手を出した彼女の姿は、娯楽を餌に人間を堕落させる悪魔の目に、とても奇妙なものに映った。


 

 一人で居たかったのではない。ただ、一人でしか居られなかっただけ。


 

 を生まれ持った少女は、誰も理解できず、誰にも理解されないまま、運命のままに生きた。


 



 ――――それから、長い時が過ぎた。

 不意に訪れたは、小さな〝祈り〟だった。

 微風の吹く音にもかき消されそうな、蚊の羽音にも負けるような、とてもか細い呟き。


 けれどもそれは、少女の耳にとてもよく響いた。


 ――優しくしてあげたいな、と思った。優しくされたいな、とも思った。


 だから少女は、扉を叩いた。


 

 

 

 

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斜陽的ファウンドフッテージ 望月祐希 @umiwzm_101

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