第2章

第26話 受験勉強

 グレースとの対談から数日。

俺はフォアフェルシュタットに停泊する比叡艦内の艦長室で、参考書と格闘していた。

1週間後に控えている王立学園の編入試験への対策である。

皇帝となった俺に試験は不要だと言われたが、こちらの世界の受験とはどんなものなのかが気になったので、無理を言って受けさせてもらうことにした。


 参考書は対談の次の日にはグレースによって王都から手配されていた。

受験はステータス測定珠によるステータス評価の第一次試験と筆記の第二次試験で構成される。

まず第一次試験によって入れるクラスの上限が決定されるらしい。

ステータス確認が終わった後は本番の筆記試験だ。

試験は魔法科と剣術科の選択が可能で、俺は魔法科で行くつもりだ。


 魔法科を受験する際に必要な科目は、国語、数学基礎、王国史、魔法理論の合計4つだ。

国語、数学基礎は前世での知識が大いに役立つ。

国語は試験に出されるテーマに沿った自由記述といくつかの長文読解だけ、数学は簡単な小問の集合が数大問分と大問1つの文章題。正直言って楽勝だ。


 問題は王国史と魔法理論。

王国史は勿論日本史とは全く異なりこの世界独自のものなため、1から覚えないといけない。

だが日本史における縄文時代のようなすごく昔からの歴史や、世界史のような世界各国のつながりを覚える必要がないのでまだマシだ。


 魔法理論はやばい。

もともと地球に存在しなかった概念なだけに理解があまり追いつかなかった。

魔法発動のときに頭に浮かべる魔法構成式? 魔法を付与するための魔法陣? 何が何だか。

だが構造自体が恐ろしく複雑なわけではないので、パターンで覚えきるしかないな。


「提督。あまり無理をしてはいけませんよ?」


 部屋の扉をノックし、コーヒーを持った軍服姿の男が入ってくる。

彼は比叡の艦長の櫂野大佐だ。

俺が受験勉強をすると聞いて、艦長室を譲ってくれた心優しいオジサンである。


「ありがとう櫂野大佐。まだ平気だよ」


 俺は彼から渡されたコーヒーを啜る。

コーヒーのカフェインが脳に染み渡り、眠気が一気にとれる。


「しかし提督、もうぶっ続けで14時間も勉強されています。これ以上はお体に障りますよ?」


 櫂野大佐の指摘はもっともだが、試験は1週間後。

これに落ちると2度は受験させてくれないらしい。

この世界のことを知るために、試験に落ちるわけにはいかないのだ。


 俺は時間の殆どを魔法理論と王国史に費やしている。

このぐらいの時間をかけないと間に合わないのだ。

そのために今は踏ん張るときである。


「せめてご飯ぐらいは食べて下さい。今日は金曜日ですので給仕の連中が張り切って夕飯にカレーを作っていますよ」


 グレースたちとの交流により、王国の暦を知ることも出来た。

地球と同じく1年は365日。1〜12月まで存在する。


 それにしてもカレーか。

勿論美味しいのだとは思うが、比叡のカレーだと思うと少し身構えてしまうのはなぜだろうか。

給仕の人間が間違えてカレーにモザイクを掛けないといけないようなものをいれることなど無いというのに。

 

 俺は結局櫂野大佐と一緒にカレーを食べに行った。

そこで出されたカレーは目が飛び出るほど美味しかった。

疑ってごめんね。


 腹も膨れた俺は、再び勉強に戻った。

後1週間しか無いのだから気合を入れなければ。





「提督、起きて下さい。朝ですよ」


 俺は櫂野大佐に揺さぶられて起こされた。

どうやら勉強中に椅子にもたれたまま眠ってしまっていたようだ。


「やはりかなりお疲れだったようですね。もう正午を回っていますよ」


 俺は驚いて舷窓を見る。

外の海が太陽光を受けてきらきらと輝いている。


「まじかぁ。寝すぎてしまった。早く勉強をしないと」


 俺は遅れを取り戻すべく勉強を始めようとする。

だが机の上に広げていた参考書はどこかに行っていた。


「提督、今日は勉強は禁止です。ゆっくりとして下さい」


 櫂野大佐、隠したのはお前か。

そんな子供を扱うようにしないでくれ。

あ、俺は今は子供か。


「本日はヒトサンマルマルにフォアフェルシュタットを出港、フォアフェルシュタットより100kmほどの地点で砲撃訓練をしたいと思いますが、よろしいでしょうか」


 砲撃訓練か。それは面白そうだな。


「構わないよ。その通りに動いてくれ」


「分かりました。出港準備をいたします」


 櫂野大佐はニコニコ笑いながら艦長室を出ていった。

今日は海でも眺めながらゆっくりするかぁ。




「錨揚げぇ!」


 マルサンマルマル、櫂野大佐の錨揚げの号令とともに、比叡の主錨が引き上げられる。

比叡は短時間の航海に出ようとしていた。

既にボイラーは元気に動き、煙突からは煙がもうもうと立ち込めていた。


 比叡の巨体はゆっくりと海面を滑り出し、湾内を旋回し始める。

湾内にいた比叡を見物している王国の帆船は驚いて比叡から離れだす。

比叡は湾を抜け、演習場所を目指して航海を始めた。


 ――3時間後、比叡は目標海域に到着していた。

既に砲塔は右舷を向いている。


「提督、これより砲撃訓練を始めます。号令をお願いします」


 俺の号令に合わせて砲撃が行われる。

何だかワクワクするな。

俺は艦橋に備え付けられている伝声管の蓋を開けた。


「総員、これより砲撃訓練を始める。主砲、交互撃ち方よぉーい」


 俺は一息つく。


「てぇぇぇぇー!!!!」


 ドオォォォン……


 号令とともに、各主砲から1発ずつ砲弾が放たれる。

打ち終わった煙を吐く砲身を下げ、交代の砲身が代わりに上を向き、再び轟音を上げる。

これが帝国海軍お得意の交互撃ち方である。

主砲から響く音は体を底から揺らすほどの大きなものであった。


「これが戦艦の砲撃か……映像で見るのと実際に見るのとではやはり迫力が違うな」


 櫂野大佐が満足そうな顔で首を縦に振っている。

俺は首から下げていた双眼鏡を覗いてみた。

残念ながら弾着の様子を見ることは出来なかった。


 その後比叡は複数発の主砲弾を発射し、対空訓練へと移っていった。

12.7cm連装高角砲と25mm三連装機銃から放たれる弾幕はすざましい物であった。

だがこれでも敵機を撃墜出来ないと考えると、対空戦闘がどれほど難しいのかがよく分かる。


 訓練を追えた比叡はフォアフェルシュタットへと進路を取っていた。

太陽は既に落ちており、空には満点の星空が広がっていた。


 俺は1人前部甲板で星を眺めていた。

これほどきれいな星空は日本で見たことはなかった。


「やはりここにおりましたか提督」


 後ろから不意に声をかけられる。

バッと後ろを見ると、そこにいたのは櫂野大佐だった。


「櫂野大佐か、びっくりしたじゃないか。どうしてここだと思ったの?」


「何となくです。私もよくここで空を見上げておりましたので」


 櫂野大佐は俺の隣に来て、星空を見上げる。

その顔にはどこか寂しさが含まれているようだ。


「櫂野大佐、どうしてそんな悲しそうな顔をするんだい?」


 彼はそんな顔をしているとは思っていなかったのか、驚いたような顔でこちらを見てきた。

その後、彼は目を瞑ってぽつりぽつりと話し始める。


「悲しそうな顔……ですか。そうかもしれませんね。提督、あなたの時代の日本の空は平和でしたか?」


「空が平和?空はいつでも平和だったよ」


 櫂野大佐は俺の言葉を聞いて微笑んだ。


「そうですか、平和でしたか。では我々の努力は無駄ではなかったのですね。戦死した全ての兵士たちの死も」


 俺は気付いた。

櫂野大佐は戦争で実際に戦った比叡の乗組員をもとに作られている。

だから彼には戦争の記憶があるのだと。


「それなら構わないのです。変な空気にしてしまい申し訳ございませんでした」


 俺と櫂野大佐は少しの間2人で星空を見上げ、それぞれの部屋に帰った。





「提督、起きて下さい!」


 比叡の乗組員が俺を起こしに来た。

もうフォアフェルシュタットに到着したのであろうか。すっかり寝ていたな。


「着替えてすぐに行くー」


 取り敢えず返事をし、急いで脱いでいた軍服の上をはおり、ベルトを締め、軍帽を被り短剣を差して部屋の外に出る。

外にはさっき俺を呼んできた乗組員が立っていた。


「取り敢えず私についてきて下さい」


 俺は言われるがまま乗組員についていく。

船外に出ると、横にこの前の木造の軍艦が接舷しているのが目に入った。

何をしているのだろうか?


「こんな夜遅くにすみませんねルフレイ様。いや、ルフレイ陛下でしょうか。今回伺ったのは1つお聞きしたいことがあるからです」


 訪ねてきたのは第二騎士団団長のミルコだった。

彼が俺に聞きたいこととは一体なんだろうな。

それもこんな時間にも訪ねてくるぐらいのことだから、相当大事なことだろう。


「ルフレイ陛下、率直に聞きますが、今回出港なされたのは訓練のためで間違いないでしょうか」


 そんなことをいちいち聞いてくるのか。

そんなもののためにいちいち起こさないでほしいな。


「そうです、間違いないですよ。ですが我々は外国の軍艦です。勝手に出港することに何の問題がありましょうか」


 俺が少し怒り口調で話すと、驚いた様子でミルコは首を横に振りながら言った。


「別に問題は何もございません。ですがあまりにも突然動かれたので、町の住民が驚いて騎士団詰め所に押しかけてきたのですよ。それで仕方なく……」


 なるほど、急に動き始めた比叡に驚いた町の住民が原因だったか。

今後出港の際にはもう少し気をつけないといけないかもな。


「理由はわかったよ。これからは出港するときには汽笛を鳴らすなどして知らせるようにするよ」


 ミルコも納得したようで、船に乗り込んで戻っていった。

さて、俺も寝直すとしますか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る