第24話 講和会議①
フォアフェルシュタット湾外に到着した比叡は停泊のため投錨する。
タグボートが無いため、接舷してしまっては外洋に戻れなくなるので湾外に停泊するのである。
ここからは比叡に搭載されている内火艇で陸へと移動する。
湾内を滑るように進む内火艇には俺とロバートに加えて、比叡の副長、砲術長、航海長が乗り込んでいる。
100名程を収容できる内火艇をたったの5人で使うというのは豪華だな。
内火艇はどんどん港へと近づいていく。
接岸が近づいてくると、港に鎧を着た人間が大勢立っているのが見えた。
島にやってきた騎士団の連中と似た格好だ。おそらく女王の護衛とかなのだろう。
こちらはロバートと比叡の副長、砲術長、そして航海長と俺の計5人だけなんだが、もう少し連れてきたほうが良かったかな。
内火艇が港に接岸し俺達が上陸すると同時に、騎士が数人俺達に近づいてくる。
彼らは全員腰の剣に手をかけていた。今にも剣を抜きそうである。
ここですっぱり切られるとかは流石に無いよな。
「すみません。ルフレイ様で間違いないでしょうか」
彼らの中で一際豪華な鎧に身を包んだ男が質問する。
彼はバルテルスとは違いとても丁寧な対応だ。
今のところ彼らから敵意は感じられないな。
「いかにも俺はルフレイですが、貴方はどなたでしょうか?」
「これは失礼しました。私はミルコ=シュペールと申します。王国で第二騎士団団長を拝命しております」
彼は胸の前に手を置き、俺にゆっくり頭を下げる。
このミルコという騎士団長は、島に来たバルテルスと異なり人と話しあうのが上手そうだ。
これを島に送ってくれれば無駄な犠牲はでなかったかもな。
「ところでルフレイ様、私は女王様との対談を王国の軍艦内で行うと聞いたのですが、もう会談は終了なされたのですか?」
軍艦らしい船と? そんな物とすれ違った覚えは一切ないなぁ。
そもそもここに来る途中で船を見ただろうか。
そういえば軍艦には到底見えない木造船ならすれ違ったな。
もしやあれが軍艦? いや流石にそれはないだろう。
「あー、多分違うとは思いますが、その軍艦ってのは100Mぐらいの木造船ですか?」
「はい、それです。間違いなく王国海軍主力の100M級艦であるかと」
うーん、砲の1門も付いていないからてっきり商船だと思ったな。
まだこの世界に砲という武器は存在しないのだろう。
しかしあの船を完全に無視して来てしまったな。まさかグレースがあの船に乗っているとは。
仕方がない、抜錨して王国の船の方に戻ろうか。
俺達は内火艇の方へと戻ろうとする。
流石に『軍艦だと思いませんでした』はキレられるだろうから何か言い訳を考えておかねば。
――しかしその必要は無くなったようだ。
ミルコが海の上に何かを見つけたようだ。
「む、女王陛下を乗せた船が引き返してきますね。陸上での対談にでも変更になったのでしょうか」
「はは、そうかもね……」
確かに、船の大きさ自体は港に停泊しているどの王国の船よりも大きいだろう。
しかし比較するのが間違っていると思うが、大きさは比叡の半分以下なのでどうしても船が小さく見えてしまう。
加えて木造であり、鋼鉄で覆われた比叡ほどの重厚感も持ち合わせていない。
「ミルコさん……でしたね? 変なことを聞きますが、あの船はどうやって戦うんです?」
「基本的には他国の軍艦と同じく甲板上に魔道士を並べ、ファイアーボールなどの遠距離魔法の斉射で攻撃します。貴方の国の船も基本同じなのでは?」
つまり、戦列艦の砲の部分が人間で、砲弾が魔法ってことか。
おそらくファイアーボールってのは前に見た海賊の使っていた火球のことだろう。
全然強そうに思えないが、彼の言った魔法に関しては少し興味があるな。
俺もそのような魔法を使えるようになることが出来るのだろうか?
もしも出来たりしたらテンション上がるなぁ。
そうこうしているうちに王国の軍艦が入港し終えたようだ。
艦からはしごが降ろされ、艦内から続々と人が降りてくる。
あの中にグレースもいるのだろうか。
――ザッ
ミルコや騎士団の人間が一斉に膝をついた。
いよいよ女王のお出ましか。
桟橋に目をやると、豪華なドレスを身にまとった女性がこちらに来るのが見えた。
おそらくあれがグレースだろう。見た感じはすごく若い……何なら俺と同じぐらいに見えるが。
女性は俺の前で立ち止まり、柔らかな笑みを浮かべながら話しかけてくる。
「御機嫌よう、ルフレイ様。お会いできることを心待ちにしておりました」
「こんにちは、ルクスタント王国新女王のグレースさん。今日は宜しくお願いします」
向こうに合わせて、こちらも礼儀正しく挨拶をする。
一通りの挨拶を終えると、グレースが手を差し出してくる。
……ここはそのまま握手をすれば良いのか? それとも本で見るように手の甲にキス?
キスをした場合、もしも間違っていたら大問題だ。
ここは無難に手を握っておこう。どうか間違えてませんように。
グレースも手を握り返してくる。これで正解だったようだ。
「それにしても驚きました。まさか軍艦を素通りするなんて」
御免なさい。軍艦だなんて微塵も思わなかったんです。
「それは大変失礼致しました。我々度もてっきり貴方がたの船を商船だと思っておりまして……」
「あらあら、王国の誇る最新鋭の軍艦を商船だとは。少し傷つきますね。しかしあんな船を一度でも見てしまうと……」
グレースは湾内に停泊する比叡の方を見る。
王国の最新鋭艦は100Mの木造船。対して比叡は216Mの鋼鉄製の船。船としての格の違いのようなものをグレースは嫌でも感じ取っていたのだろうか。
「仕方がありません。あの船に比べれば、王国の軍艦など木のおもちゃのようなものですからね」
「スルーしたことは謝らせて頂きます。ではせめてもの償いに……」
俺はポケットから無線機を取り出す。
もしもの時に艦長と連絡を取れるようあらかじめ無線機を渡しておいたのだ。
俺は通信機の電源をいれ、通信機に向かって話しかける。
「おーい艦長、礼砲の準備をお願い。数は21発だ」
『分かりました。慣例通り5秒間隔で発射します』
礼砲21発、これは国家元首クラスに捧げる最高位のものだ。
本来はマストに相手国旗を掲揚するが、今回は無いので省略することにした。
ドォォォン……ドォォォン……ドォォォン……
湾内に、比叡の高角砲からなる礼砲の音が響き渡る。
王国騎士団の人間は攻撃を受けているとでも誤解しているのか慌てふためく。
それに比べて軍艦の搭乗員たちは、特に音に対してビビっていないようだ。
「今のは礼砲といいます。我々では国家元首級の人に対して21発の礼砲を発射することが慣習となっております」
「なるほど、そちらにも似たような文化があるのね。魔導師長、彼らに返答を」
「かしこまりました、女王陛下」
魔道師長と呼ばれたローブ姿の男が杖を取り出す。
その杖の先端には赤い宝石のようなものが埋め込まれており、いかにも異世界の杖って感じだ。
彼の部下だと思われる連中も、彼に合わせて杖を取り出し空に掲げる。
「ファイアーボール、撃ち方始めぇ!」
合図とともに21発の火球がそれぞれの杖から次々と空に放たれる。
直径1メートル程の火球が空をフヨフヨと舞っていく様子は見ていて面白い。
「これが我々の慣習です。とは言っても、我が国独自のものではなくこの大陸の国は全てこれを採用していますが……」
この世界にも似たような文化があるんだなぁ。
地球では、大砲に弾が籠められていないのを相手に示すためにわざと射程外で空砲を撃ったのが祝砲の始まりだと言われているが、こちらの世界は何が元なんだろうな。
「とにかく、立ち話もなんです。船の中に入ってゆっくりお話致しましょう」
グレースが俺を先導して船に乗り込んでいく。
俺もロバートたちと一緒に彼女の後を追ってはしごを登る。
船に乗り込むと、俺達は船員に船室の1つへと案内された。
部屋の中には椅子とテーブルが向かい合わせで並べられており、片方の椅子にはグレースが座っている。
いよいよ対談が始まる。
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