第21話 グレース、女王に即位する

「国王陛下、お迎えに上がりました」


 東の殿のバルコニーにゲールハルトとその愛騎が現れる。

その姿は国王デニスの目には頼もしく映った。

これから地獄へと連れていかれるとも知らずに、彼はほくそ笑んだ。


「よく来たゲールハルトよ。余をこの城から脱出させよ」


 国王の言葉にゲールハルトはニッコリし答える。


「分かっております陛下。さぁ、私の愛騎にお乗りになってください」


 デニスは老齢であったが、統一戦争中は自分自身が馬に乗って戦場に立つこともあるぐらいたくましい体をしていた。

彼はごつごつした翼竜の背中にひらりと乗った。


 デニスが翼竜に乗ったことを確認すると、ゲールハルトは愛騎を空へあげた。

目指すは国王の逃亡先……ではなく反乱軍中枢である。

ゲールハルトは、それを悟られないようにうまく立ち回る。


「ゲールハルトよ、すでに余の避難先は決まっておるのかね?」


「えぇ、陛下にふさわしい場所へとお連れ致します」


 ゲールハルトの言葉を聞いてデニスは満足そうに頷く。

その姿を見たゲールハルトは心の中で笑っていた。

自分が今から敵軍に引き渡されるというのに、なんて暢気なのだろうと。


「陛下、あれが反乱軍です。自分に仇をなした軍を上から見上げるのはどんな気分で?」


 デニスを乗せた翼竜は第二、四、五騎士団の上を通り過ぎる。

もちろんこの航路をとるのは反乱軍中枢に向かうためであって、彼らを下に見ながらミゲルためではない。

だが反乱軍中枢へと向かっているとは微塵も思っていないデニスは愉快そうに笑う。


「ははは、ざまぁみろって話じゃ。余に逆らったこと、いずれ後悔させてやるわ」


「そうですか、では……」


 ゲールハルトは一気に高度を下げる。

下はもちろん反乱軍であふれている。

デニスは突然の出来事に何が起こっているのか理解がついていなかった。


 翼竜は地面に着地した。

ゲールハルトは慣れた足取りで地上に降り立つ。

そんな彼のもとに、グレースと騎士団長たちが近寄ってくる。


「王女殿下、デニスめを連れてまいりました」


 ゲールハルトはグレースに恭しく頭を下げる。

すでに第二翼竜兵団がグレース側についたことは知らされており、グレースも彼にねぎらいの言葉をかける。

その状況を見てもデニスは状況を呑み込めていないのか、ただ茫然と翼竜にまたがったままでいる。


「よくやってくれましたゲールハルト。騎士団長に皆さん、あの者を捕えてください」


 デニスを翼竜から引きずり下ろし、騎士団長たちが縄で彼をぐるぐる巻きにする。

その時に王の象徴である王冠が頭からとられた。

それは王の廃位を意味する。


 元国王となったデニスは何の反抗もしないまま、反乱軍に身柄を拘束された。

その時、デニスがようやく理解が追い付いたのか大声をあげ始める。


「お前ら、余を誰だと思っている。ルクスタント王国国王、デニス=デ=ルクスタントじゃぞ! 余にこのような無礼な働きをすれば全員不敬罪で死刑じゃぞ!」


 その言葉には誰も耳を貸さず、全員敵の大将を捕まえたことを喜んでいた。

その間もデニスはずっと叫んでいるが、誰も相手をする者はいなかった。

そんなデニスをゲールハルトは憐みの目で見つめる。


「おい、コイツを牢屋にぶち込んでおけ。逃げ出さないように見張っておけよ」


 ゲールハルトが近くにいた騎士団員に言う。

騎士団員はデニスにつながれた縄を引っ張って牢に連れて行こうとする。

そんな中、デニスはゲールハルトを見つめながらまた声を荒立てる。


「余を助けるのではなかったのかゲールハルト! おい、どうなんだ――」


 デニスは叫びながら騎士団員たちに連行される。

もはや彼を助ける人は存在しなかった。

そんなデニスを横目に見ながら、軍務卿がグレースに話しかける。


「王女殿下、王城に入城いたしましょう。このクーデターを終わらせるのです」


 グレースは何も返さずに王城内へ足を進める。

その足取りは勇ましいものであった。

彼女は分かっていたのだ。これから何が起こるのかを。


――王城 正殿


 大破した王城の正殿、玉座の間にグレースたちはいた。

玉座も間にかつての華やかさはなく瓦礫が散乱していた。

そんな玉座も間で1つ輝く物、つい先日までは父であるデニスが国王として座っていた玉座をグレースは見上げる。


 その椅子に今は主はいない。つまりこの国にも主がいない。

次にその椅子には誰が座るのか、それが今から決まる。


 ガチャッ


 玉座の間入口のドアが開き、軍務卿と第三騎士団団長のミルコが入ってくる。

軍務卿は布で覆われた何かを手に持っている。


「王女殿下、遅れまして申し訳ございません。準備は整いました」


 軍務卿の言葉にグレースは硬い顔で頷く。

彼はなんの準備を終えたのだろうか。

それはあの玉座の主を決まる式典――戴冠式の準備である。


「あれからアルベルト王太子を探しましたがおらず、おそらく逃げたものだと思われます。第二王子のカール様とお母上のマリー様の無事は確認いたしました」


 ミルコがアルベルト捜索の報告をする。

王太子がグレース率いる反乱軍から逃れるために城から脱出した、それはつまりクーデターの成功とアルベルトの王位継承権の放棄を意味する。

そうなると自動的に王位継承権第二位のグレースが王位継承権を持つことになる。


「そう。アルベルトお兄様は逃げてしまったのね。残念です」


 グレースが寂しそうにつぶやく。

アルベルトとは対立していたグレースだったが、血のつながった兄弟ということもあり寂しさを感じていた。

これで彼女の近くににいる血縁の人間は母である元王妃と弟の第二王子だけになってしまった。


 軍務卿が布を取り払うと、宝石で装飾されたティアラが1本姿を見せる。

このティアラは、ルクスタント王国最初の王である彼女の先祖、初代女王がつけていたものである。

国庫に保管していたものを、戴冠式のために持ち出してきたのだ。


「では、これより戴冠式を始めます」


 軍務卿の言葉で、その場にいたグレースと軍務卿以外の全員が膝をつく。

彼女は頷いた後、玉座へと歩を進める。

玉座の前に立ったグレースはは、軍務卿からティアラを受け取る。

そのティアラを自分の頭に乗せ、そして玉座に座った。


 ここにルクスタント王国新女王が誕生した。


「新女王、おめでとうございます!」

「新女王陛下万歳!」

「万歳! 万歳!」


 わずか15歳にして女王になった彼女は、はにかみながら手を振り歓声に応える。


「これは正式なものではありません。日を改めて各国の代表を招待し、戴冠式を行いましょう」


 本来のルクスタント王国の戴冠式は、北方のハイリッヒ聖王国から最高位の神官である教皇を招き、ここ玉座の間にて大勢の参列客に見守られながら教皇に冠をかぶせてもらうのである。

しかし今は一刻でも早くグレースを新女王にするためにこのような形での戴冠式となったのだ。


「まぁ仕方がありませんね。それまでに王城を復興しませんと。それに……」


 王国にはもう1つ重大な問題が残っている。

まだ例の島との戦争状態が続いているということだ。


「あの島との講和をいち早く結ばないといけませんね。それが女王としての初仕事でしょう」


 グレースは講和のための交渉をすべく、イリーネ島との唯一の連絡手段である魔法通信珠を探すことから始めようとする。

だがその必要はなかったようだ。


「女王陛下、例の島との通信に必要な魔法通信珠ですが、デニスの懐の中に入っていたこれがおそらくそうかと」


 第四騎士団団長のアンスヘルムが魔法通信珠をグレースに差し出す。

珠には王家の紋章が入っており、これで間違いないようだ。


「皆さん、これが私の初仕事です。よく見ておいてくださいね」


 グレースは魔法通信珠に魔力を込める。

イレーネ島との停戦交渉が今始まろうとしていた。

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