第20話 グレースの決意②

 王城、東の殿 国王の執務室


「大変です! 国王陛下。王城正殿が謎の攻撃によって全壊、中にいたものは全員死亡したようです。それに……」


 第三騎士団長、オットー=シュテファンがノックもせずに入ってくるなり、大声で報告する。

椅子でくつろいでいた国王デニスは慌てるオットーを鬱陶しそうに見ながら返答する。


「そんなことぐらい大体わかっておるわい。それで、何か言いにくいことでもあるのか? 何かを隠しているように見えるが。もしも言わないのであればば余、ひいては国家への反逆とみなすぞ」


 その言葉にアルベルトは震えながら、報告を続ける。

それがどれほど報告しにくいものであろうと。


「いえ、そんなつもりは決して…… 実は、王女殿下がクーデターを起こしたようなのです」


 オットーは、王都郊外に騎士団や翼竜兵団が集結しつつあるのを発見していた。

発見時、彼は王城への攻撃の様子を観察するべく彼の家から飛び出したが、その時偶然外に集まる騎士団がグレースの紋章の入った旗を掲げていることに気が付いた。

その旗と騎士団の様子を見ていちはやくグレースによるクーデターだと判断し、その足で王城まで走ってきたのだ。


「なんだって!? あの馬鹿娘め、こんな時に面倒なことを起こしよって。反乱軍の規模はどれぐらいだ?」


 デニスが驚きをあらわにする。

どちらかと言うとこれまで口では反発してきたが、本来はおとなしいグレースがそんな大胆な行動をとるとは思ってもいなかった。

そんな想定外の出来事に、デニス自体困惑しているのだ。


「はっ。反乱軍は第二、四、五騎士団全員と第一翼竜兵団全騎であるとみられています。奴らは郊外からこちらに向かって進軍中であるようです」


 デニスは驚いて椅子から転げ落ちた。

反乱軍といっても小規模のものだろうと彼は思っていた。

だが実際には国内の半数以上の兵たちがグレース側に付き、自分を亡き者にせんと近づいてきているというではないか。


 とりあえずデニスは時間稼ぎをしようと考える。

第一騎士団のいない現状、デニス側の兵は第三騎士団と第二翼竜兵団だけだった。


「第三騎士団は王城城門前に展開、余が脱出するまでの時間稼ぎをせよ。死んでも持ち場を離れることは許さん」


「はっ、仰せのままに……」


 オットーは自分に課せられた命令をできるなら無視したかった。

第三騎士団だけであの軍勢を迎え撃つのは不可能であると判断していた。

だが国王の命令は絶対であるため、オットーは泣く泣く命令を遂行せざるを得なかった。


 一方でデニスは恐れていた。

彼の持つ今の地位や功績を全てを失うことを、そして自分が殺されることを。

彼は今の自分の状況が不利だと考え、王城を放棄して脱出しようと試みる。


「第二翼竜兵団の連中に、余を救出しに東の殿にこいと伝えよ」


 デニスは翼竜による脱出を試みることにした。

技量では第一翼竜兵団よりも第二翼竜兵団の方が優れている。

第三騎士団が全滅したとしても逃げ切れるだろうと考える。


 アルベルトは頭を下げ退出した。





「もうすぐで王城正門前だ。おそらく敵と接触するだろう、戦闘の準備をしておけ」


 西の殿からグレースと軍務卿を連れて脱出した騎士団長たちは、敵との戦闘に備えて各々の騎士団と合流し、それらを先頭で率いていた。

上空ではすでに第一翼竜兵団の翼竜たちが旋回し、第三騎士団が正門前で陣形を組んでいるのを発見していた。


「敵第三騎士団を発見、戦闘態勢に入ります」


 王城前までやって来た第二、四、五騎士団連合は、ついに第三騎士団と接敵する。

お互いを視認し、第三騎士団と第二、四、五騎士団連合の団員達がにらみ合う。

どちらも戦闘開始を今か今かと待っているようだ。

敵の騎士団はおよそ50騎、こちらは3倍の約150騎。戦闘は王女側の有利で推移するだろう。


「突撃ぃぃぃぃ!」


 第三騎士団団長アルベルトの掛け声を合図に第三騎士団が突撃し、戦闘が始まる。

騎士団同士の剣と剣のぶつかり合う音が王城前に響き渡った。

敗北前提の第三騎士団は、一矢報いようと死に物狂いで戦う。

ただ、数において劣勢な第三騎士団はジリジリと押されていった。


 ――ギャアァァァ!!!!


 突如、上空に翼竜の声が響き渡る。

陣営関係なく、上空の第一翼竜兵団の翼竜が墜とされたのかとばっと空を見上げる。

その視線の先にあったのは――


 赤い鱗に赤い翼。第二翼竜兵団の団長の愛騎がそこにあった。

団長騎に続いて他の第二翼竜兵団の翼竜たちも到着する。

彼らは国王派であった。


 上空に飛来した第二龍騎士団の前に、第一龍騎士団が立ちはだかる。


「ゲールハルト、貴様は我々の道を邪魔するのか……もしそうなのであれば、俺はお前を墜とさなければならない」


 ヴァウキウが悲しそうに言う。

実は彼とゲールハルトは幼馴染であり、親友であった。

そんな彼を殺したくない。それがヴァルキウの素直な思いであった。


「なぁハウ、お前はあの黒い竜を見たか?」


 ゲールハルトがヴァルキウに話しかける。

黒い竜とは、彼が上空で遭遇したBー1爆撃機のことである。


「黒い竜? 何のことだ。そもそも翼竜に黒色の個体など存在しないだろう」


 ゲールハルトは不思議そうに返す。

ヴァルキウはよくゲールハルトの研究成果をよく聞いており、彼自身の研究成果を大きく否定するような発言を疑問に感じていた。


「そうか、お前は見ていないのか。黒い竜とは王城を攻撃した大きな竜のことだ。俺は実際にこの目で見たからあいつの鱗が黒色であるのは間違いない」


 王城を攻撃した翼竜と接敵したのか、とヴァルキウは驚く。

驚く彼を無視し、ゲールハルトは言葉を続ける。


「俺たち第二翼竜兵団は、あいつを迎撃するために空に上がったんだ。敵は黒い竜1騎だけ。さすがに全騎で上がれば余裕だと踏んでいた」


「ちょっと待て、お前の鍛え上げた翼竜兵団全騎があがったのに墜とせなかったというのか?」


 ヴァウキウが驚いた表情で言う。

ゲールハルトの戦争中の活躍を彼はよく知っていた。

友人であることが誇らしいと思っていたぐらいに。

それだけに彼の敗北をヴァルキウ信じられなかったのだ。


「そうだ。我々は高度100Mで接近してきているとの情報をもとに、同高度で待機していた。しかし黒い竜は我々よりもはるかに上を飛んで行ったのだ。あんな高度俺たちのワイバーンでは不可能だ」


「そんなばかな……そしてそいつが王城を破壊し飛び去ったとでもいうのか」


 ヴァルキウはいまいち理解が追い付いていなかった。

ゲールハルトの口から話される内容があまりにも彼の常識と乖離していたからだ。

ゲールハルトは彼の言葉に静かに頷いた。


「認めるしかない。あんな相手に勝つことは出来ない、この戦争は我が国の敗北だ。国王は間違っていた」


「ではなぜ我々の前に立ちはだかる。王女殿下は戦争反対派だ」


 ヴァルキウはゲールハルトを説得する。

そんな彼を見て、きょとんとした顔を見せた後、ゲールハルトは笑って言った。


「そもそも俺たちはお前らと敵対しに来たとは一言も言ってないぞ?」


 ヴァルキウは勝手にゲールハルトが敵対しに来たと決めつけていた。

彼が国王派であることは知っていたからだ。

つまりそれを否定したということは……


「俺たち第二翼竜兵団は、現時点をもって王女側につくことにする」


「ありがとう、友よ」


 ヴァルキウとゲールハルトは空中で握手する。

他の団員も共闘を喜んでいるようだった。


 第二翼竜兵団が味方に付いたことで、で王都上空の制空権は王女側が完全に掌握した。

地上ではそうしているうちに第三騎士団が全滅、オットーはすでに討たれていた。


「では俺は仕事がある。王様を地獄へとエスコートするという仕事がな」

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