第19話 グレースの決意①

「俺は何か悪い夢でも見ているのだろうか?」


 第二翼竜団団長のハウラーが呆然とした顔でつぶやく。

彼の前に見えるのは、敵の正体不明の攻撃によって無惨に破壊された王城だった。


 攻撃が正体不明と言うよりかは、ハウラーには全てが理解不能であった。

報告であった通り彼らは高度100Mで待機していたが、会敵してみると、翼竜では絶対に到達できないような高高度を、敵翼竜は奇声をあげながら飛行していった。

ハウラーたちはそれをしたから眺めていることしかできなかった。


 それが腹から突然何かを落としたと思うと、直後に王城から爆発音が聞こえてきた。

音を聞いた途端、ハウラーは瞬時に気づいた。

あの黒い翼竜が未知の攻撃を王城へと放ったのだと。


 そしてその攻撃には、王城を正確無比に一撃で破壊する威力があるのだと分かった時、ハウラーと彼の愛騎は震えていた。そこには

彼の部下とその翼竜たちも同じようだ。


 黒煙を上げる王城は、かつて威容を誇った3本の塔がすべて倒れた無様な姿になっていた。

一瞬のうちに破壊された王城を見ながら、彼らは基地へと帰還するしかなかった。





 ズドォォォォン……


 突如として王城内に爆発音が響く。

王女グレースは王都内に響く空襲警報を聞き、正殿から少し離れた西の殿に避難していた。


 音を聞いた彼女は、すぐに窓に向かい音の聞こえてきた正殿の方を見る。

彼女の目に映ったのは、崩れ落ちた塔と、正殿から発せられる黒煙であった。


「これが例の島の人間の言っていた”プレゼント”なのかしら……もしもそうなのだとしたら、我が国は何という相手にケンカを売ってしまったのでしょうか」


 王女は想像していた。

この正体不明の攻撃によって、王都が灰燼に帰す様子を。

燃え盛る炎と絶え間ない爆発によって逃げ惑う国民の姿がそこにはあった。


「現国王、お父様が一代で築いたこの大王国も……あれにはどうやっても敵わないでしょう。この攻撃を止めることのできない限り、この国は亡びる運命にあるのね」


 しかしグレースは、この国はいずれ崩壊すると思っていた。

現国王や次期国王である王太子の政治方針は、恐怖による圧政であった。

しかしその方法では、やがて国土は荒れ民は飢え、内側から脆く崩れ去るとグレースは考えていた。


 そうならないように改革を考えて、提案してきた彼女だったが、それももう意味をなさない。

あの攻撃のもとに国が瓦解するのだから。


 どうせなら国を守るために武力による王位交代、クーデターを起こしてしまえばよかったとグレースは思う。

あの王族会議の後に、軍務卿や騎士団長たちから説得されたクーデター。

彼女に賛同する人間は、いざとなればグレースのために命を投げ出すとも言っていた。


 だが、彼女は騎士団員も、国民も誰一人として犠牲になってほしいとは思っていなかった。

だから安全を優先して、彼女はその提案を却下した。

もちろん部下の命を心配したというのもあるが、彼女はさらにクーデターの失敗を恐れていた。


 王国内に、現国王と王太子に賛同する派閥は大勢いた。

ほとんどが昔からルクスタント家に仕えてきた貴族である彼らにとっては王国至上主義の今の方針が自分にとって都合がいいからである。


 逆にグレース派の人間はほとんどいなかった。

彼女らがクーデターに失敗して処刑された場合、国王の方針は変わらず、自分のような考えを持つ人間が政権内部にいなくなってしまう。


 そうなると一生国民の環境の改善は期待できない。

そしていつかは国民の不満が高まり、暴動によって国は崩壊するだろう。


 グレースはその状況を生み出さないために、言葉による説得を試みてきた。

だがその言葉も国王や王太子に届くことはなかった。


 もうクーデターを起こすにも遅い。彼女はそう思っていた。

しかし、彼女の心にもう一つの考えがうかぶ。


 ……いや、今クーデターを起こしてしまえばよいのでは? と。


 第一騎士団がいない現状、戦力ではグレースたちの方が上。十分に勝機はあると彼女は考える。

それに王城内は先ほどの攻撃で混乱を極めているだろう。クーデターを起こすにはもってこいな状況である。

思いつくと彼女はいてもたってもいられなくなっていた。

 

「直ぐここに第二、四、五騎士団長と第一翼竜兵団長、および軍務卿を呼びなさい!」


 傍にいたメイドにグレース側の要人を呼ぶように伝える。

彼女の心には既にクーデターを起こす決意が固まっていた。


 ――20分後、西の殿 グレースの執務室


「皆さん、よく集まっていただきました。今から重大な事をお伝えします」


 グレースが真剣な顔で話し始める。

呼び出されたのは、前回の密会に参加していた人たちに加え、王都への攻撃予告に対応するために演習から戻ってきた翼竜兵団の団長の姿もあった。

集まった面々は神妙な顔で彼女の話の続きを待つ。


「皆さんも知っていると思いますが、先ほど王城に対し例の島からと思われる攻撃があり王城内は混乱している状態です。そこで……」


 グレースは一息ついたのちに話を続ける。


「そこで私は武力による王位奪取、クーデターを起こそうと考えています。皆さんに今集まってもらっているのもそのためです」


 場がざわつく。全員驚いているようだ。

前の会議であんなに説得したにも関わらず起こさないと決めたクーデター。それを自ら起こすといっているのだから。

グレースはまだ話を続ける。


「もちろん強制はしません。ぜひ皆さんの意見を聞かせてください。そのために皆さんをここに集めたのです」


 グレースが話を終えると、1人が手をあげる。

第二騎士団長、ミルコ=シュペールである。


「王女様、我々はこの日のために何度も密会を重ねてきたのです。誰がいまさら反対しましょうか」


「その通りです王女様。ここに呼ばれたときに、いよいよかと胸が弾みました」

第四騎士団長、アンスヘルム=グンダーが続ける。

 

第五騎士団長、ヘルベルト=クレヴァ―もアンスヘルムに続いて発言する。


「こうなると思って既に第二、四、五騎士団は王都郊外に展開しております。後は王女様の指示だけです」


 彼はこぶしで胸をたたいてニッコリ笑う。


「王都上空の制空権は我々が何とか維持しましょう。皆さんが空を気にせずに戦えるよう努力します」

第一翼竜兵団団長、ヴィルギウ=ラウも発言する。

騎士団および翼竜兵団の団結、決心は固いようだ。

最後に軍務卿、ヴォルフラム=コンラートが白い珠を取り出して発言する。


「王女様、我々の意思はすでに固いものです。後は動くための指示を兵たちにお伝えください」


 軍務卿が魔法通信珠を王女に手渡す。

それは王都郊外で待機する騎士たちの持つ魔法通信珠へとつながっている。

グレースはコンラートから魔法通信珠を受け取り、全員の顔を見ながら話す。


「ありがとう。全員の気持ちは受け取りました。私は私の為すべきことを為しましょう」


 王女は魔法通信珠に魔力を流す。

グレースの魔力を流された珠は白く輝きだした。

白く光る魔法通信珠に向けて、グレースは語り掛ける。


「私のもとに集ってくれた者たちよ、感謝します。私は王国の現状を憂い、行動を起こすことを決心しました」


 息を吐き、グレースは話を続ける。


「勇敢なる我が兵士たちよ。我が名のもとに悪しき現国王と王太子を討て! この国の命運は諸君らにかかっている。全軍前進!」


 背後と珠から大きな歓声が上がる。

グレースの部屋にいた人間、そして郊外の兵士たちも演説に歓喜し、士気は最高潮であった。


「素晴らしい演説でした、我らが王女様よ。このことは王国の歴史に一生残ることでしょう」


 コンラート軍務卿が涙を流しながら言う。

彼の言う通り、これは王国にとって大きな転換点となる出来事となるのであった。

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