第2話 農夫の子として
自分が異世界転生をしたのだとぼんやりと思い出し始めたのは、
生まれてから10年ほどたった頃だった。
俺が生まれ落ちた村の名前はオーベックといい、異世界大陸の南方に位置しており、
農耕と牧畜がさかんな村で、村の周り一帯は夏には緑一色、秋には黄金色に輝く
牧草地が広がっている、いかにもThe田舎といった雰囲気の村である。
モンスターの
俺はその牧草地で農作業をしていた夫婦に発見されたらしく、
赤ん坊の頃から今の今まで養ってもらっている。
ただ、毎日朝から夕方まで父母の農作業の手伝いをしているのだが、
それを思うと面倒だの億劫だのと余計な感情が押し寄せてくる。
その余計な感情が、朝に目を覚ましたばかりの俺の起き上がる判断を鈍らせ、
再び睡眠に
「ノラ、早く起きないとあんたの朝飯を父ちゃんが食っちまうよ」
そんな思考に
俺の
その声に俺は大急ぎで布団から起き上がり、裏口から家の外に出る。
家の外すぐにある水の入った桶で顔を一気に洗う。
早朝に父が井戸から汲んだ水なのだろう、かなり冷たいが目が一気に覚める。
水気のある顔を上着でふき取り、急いで食卓のある部屋へと向かう。
食卓に座ると、10年近く見知った顔が三つ並んでおり、各々話しかけてきた。
「あんたがもう少し遅かったなら父ちゃんが全部食っていたよ!アハハ!」
「そんなわけないだろ…、ノラももう少し早く起きなさい…」
「あんちゃんは寝坊助だからな、俺が全部食っても良かったんだぞ。感謝しろよな」
この人たちが我が家族、父親ノルベルトと母親のニーナ、
そして一歳違いの弟のテケットだ。
父ノルベルトは、体格が村の大人の誰よりも大柄なのだが、気弱な性格でしゃべる声もどこか力を感じない。ただ性格は真面目で仕事は絶対に手を抜いたりしないし、約束は必ず守る男だ。そんな性格のおかげなのか村の皆からかなりの信頼を得ている。
母ニーナは、父とは対照的に村の女性より一回りほど小柄であるのだが…、
性格を一言で表すなら≪豪胆≫と言えばいいのだろうか、とにかく裏表がなく思ったことをズバズバという性格だ。悪いことをしようものなら口よりまず手が先に出る。
そんなけんかっ早い女性だが、褒めてくれる時は一緒に喜んでくれたり、落ち込んだ時には慰めてくれる…感情が起伏に富んだそんな母親だ。
この〇ソガキ、もとい弟のテケットは……悪ガキだ。
農作業を少ししたと思ったらどこかに消えたり、家畜の首輪を外して乗り回したり、
今日は無事だったが、少しでも遅く起きようものなら朝飯を全部食われたり…、話し出したら切りがない。すこし前は俺も一緒に馬鹿をやったりしたが、最近は別の奴とつるんでいるらしい。
そんなこんなで俺を含めたヘンテコな性格の四人で暮らしている。
「父さん、飯を食べたらハナコに餌やりに行ってくるね」
ハナコとは、我が家で飼育している牛の名前だ。
我が家には一頭だけ家畜がいるのだが、今まで誰も名前を付ける者はいなかった。
そこでせっかく世話をするのだからと家畜に愛着を持つために俺が名付けた。
犬に「ポチ」、猫なら「ミケ」といった安直なネーミングだが…まあいいだろう。
「分かった。終わったら草刈りを手伝ってくれ、刈っても刈っても
すぐに生えてきやがる」
「アンタ達の髪も伸びっぱなしだね!アタシが刈ってやろうか!」
「母ちゃん、やめてくれよ!坊主頭はごめんだぜ、やっと伸びたんだから」
「アハハハハ」
こういったやりとりは日常茶飯事なので最初の頃は戸惑っていたが、
今ではもう慣れたのか、すっかりこの家族の一員だ。
談笑していたが、いち早く作業を始めようと思ったので、
朝食の固い素朴なパンを前日にハナコから採った牛乳で流し込み席を立った。
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身支度を済ませ、ハナコがいる牛舎へ向かうと、
そこには金髪の鼻水を出した子供が手に空瓶を持って俺を待ち構えていた。
「遅かったじゃねえか、このレックス様の腹がグゥグゥなってるぞ」
「そう思うんだったら、お前が毎朝ハナコの世話をやってもいいんだぜ?」
「ハナコはお前が世話してくれないと嫌だってさ、なあハナコ?」
返事をするかのようにブモォとハナコが鳴いた。
俺はしょうがないなと思いつつ空瓶を受け取り、ハナコの搾りたての牛乳で満たした瓶を渡す。
こいつの名前はレックス。年齢は俺と同じ10歳だ。
毎朝牛乳を飲みに俺の家にやってくる…というのは目的の一つで、弟のテケットに会うのがもう一つの目的だと思う。弟とつるんで遊んでいるのがこいつだからである。
弟に変な遊びを覚えさせた元凶であり、弟が悪ガキ二号ならこいつは一号だ。
そんな奴だが、小さい頃は俺が村の部外者ということで村の子供の中で孤立していた時に一番最初に話しかけてくれたのがこいつだ。俺や弟の遊び相手になってくれたり、家族の誕生日には一緒に祝ってくれたりもしたな…まぁ、何だかんだで気のいいヤツだ。
物心がつく前に両親は他界したらしく、ヨゥムさんという養父らしき人物と一緒に村はずれに暮らしている。二人とも元々この村の住民では無いようで、他の住民の農作業を手伝ってる様子を見かけたりはするが、自前の土地や家畜は所有しておらず収入源は一切分からない。
養父とは手伝いの合間に剣術の稽古をつけているようで、その小さい体には所々に擦り傷や
実際、俺も毎朝の牛乳の見返りにたまに稽古をつけてもらっているのだが、養父は子供でもお構いなしに木刀を容赦なく打ち込んでくるから、避けることの方が上手くなってしまったくらいだ(笑)。それでも護身術として習っておくのも悪くないだろう。
「ヨゥムさんにたまには手加減してくれって言っておいてくれ、あんまケガばっかりさせると母さんがそっちの家まで怒鳴り込んでくるぞ」
「オイオイ、それはお前がちゃんと稽古しないせいだろ!
「わかった、わかった。俺もお前ぐらい打ち込めるよう努力しますよ。
それともう少ししたらテコットが来ると思うから、俺の仕事の邪魔するなよ」
悪かった、じゃあまたなとレックスは言い残し、牛舎から立ち去った。
さて邪魔者はいなくなったし、本日も農夫としての仕事を始めますか。
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今日も日が暮れるまで働いた。
汗を拭いても拭いても滝のように流れてきたので適度に休みながら。
父も無理はするなと体を気遣ってくれた。
夕食は野菜がゴロゴロ入ったシチューと朝と同じ固い素朴なパンだった。
談笑を交えながら食事を終えた後、すぐに俺は自室改め寝室に入った。
俺はベッドの下に隠している古びた分厚い本を取り出し、本を夢中で読み始めた。
この娯楽の少ない村における、毎夜のささやかな楽しみである。
本の名前は「誰でも出来る!初級魔術の基礎」という本だ。
その名の通り初級ではあるが、魔術の基礎や種類がずらずらと書かれている。
素養に左右されるらしいが、簡単な魔術自体は誰にでも使えるらしい。
そして魔力量が少ない人間でも本の内容を読む限りでは修練を積むことで
上限値を
村のほとんどの人間は魔術を使ったりしない…というよりも使わなくても生活が出来るからだと思う。人を攻撃する魔術などの
魔術が不要な村でなぜこの本を持ってるか?と聞かれれば答えはレックスである。
俺の記憶があいまいだが蘇ってから思い出したのは、やはりあの空間の出来事。
チートスキルを貰えなかった事による苛立ちと女神に対する怒りだった。
試しに適当な架空の呪文を虚空に向けて唱えたりしたが、発動する様子が無かったので落ち込んでいたのだが、それをレックスに聞かれたのだろう。俺の10歳の誕生日のプレゼントにくれたのがこの本だ。どうやらヨゥムさんの持ち物らしく勝手に持ってきたらしい。いつもは奴に対してあまり感謝の気持ちを声に出さないのだが、ここぞとばかりにお礼を述べたらテンプレと言わんばかりに鼻を指でこすって照れていたな。
それからというのも俺はこの本を毎夜読んでいる、
いつか自分にもこの本に書かれている魔術を使えるように…。
だけどさすがに疲れて
俺は本を元あったベッドの下に戻し、眠る準備を整える。
明日も朝から仕事だ。
これが俺の日常、変わることのない平凡な日々。
忘却の旅 経験値雑魚丸 @exp2
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