5 裂風
タツヤが後衛基地を目指し、森を駆けていると木々の向こう側から、人々の騒々しい声が聞こえてきた。
「逃げて!」
慌てふためいた様子で、武器を持たない雑役や住民たちが向こうから走ってきた。
「おい、どうしたんだ」
ゲンゾウが一人に声をかけた。
「支援部隊の陣に、敵の傭兵団がいきなり攻め込んできて・・・・・・!」
青ざめた顔で、看護服をきた女性は答えた。
「追っ手は?」
「兵隊さんと、エスメラルダ様が食い止めています!」
エスメラルダが危険にさらされている。
タツヤは一層脚に力を込めて、森の起伏もものともせず、かすめる枝葉のなかを突き進んだ。
「お、おい。待ってくれ」
並の人間では置き去りにしてしまう俊足だが、ゲンゾウもなんとか着いていく。
森の一角で彼らの視界はひらけた。物資や天幕がならんでいる。
そして、そこには傭兵団らしき男たちと、それに抗う王国兵の姿があった。
そして、円陣を組む兵たちの中心には、一人の女性がいる。エスメラルダである。
じわじわとにじみ寄る傭兵団のなかから、痩身の男が踏み出た。
「あれは、裂風のホイール!」
ゲンゾウがその姿をたしかめて言った。
とても力が強そうな体格には見えない。武器を持たず、ポケットに手を突っ込んでいる。
よろよろと円陣に近づくホイールに対し、エスメラルダを守る兵の一人が、ホイールに向かって、剣を振り上げ、斬りかかった。
ホイールはポケットから手を出し、色のついた羽根をばらまいた。
彼の身体をつつみこむように、つむじ風が起こる。その風にのって、羽根は地面に落ちる前に軌道を変える。
そして、次の瞬間には兵が膝を折り、地面に倒れてこんだ。
「あれだ。裂風の由来は。あの羽根の先には鋭い刃や、毒針が仕込んである。鎧を纏っていても、風の魔術を巧みにつかい、隙間に突き刺してくる。実際に見たのは俺もはじめてだ」
ゲンゾウがタツヤに教えた。
兵たちが次々とホイールに斬りかかるが、その剣先が彼に触れる前に、倒れていく。
タツヤは刀の柄に手をかけた。
「ゲンゾウさん、俺がなんとかします。あれくらいなら問題ないです」
タツヤは涼しい顔をして言った。
「お、おい! 危ないぞ!」
ゲンゾウの制止も聞かず、タツヤはホイールに近づいた。
「おい!裂風のホイールとやら!」
「あ? 誰だおまえは」
「俺は王国軍の傭兵タツヤ。一騎打ちを申し込む!」
「俺様と一騎打ちだ? ふん、命知らずなガキめ」
スチールはタツヤをみて、鼻で笑った。
「タ、タツヤ! どうしてここに!」
エスメラルダが驚いた顔をしている。
「無謀な命令をうけて……事情はあとで。とにかく無事で良かった」
タツヤの言葉に、スチールが横やりを入れた。
「無事だ? このお嬢さんは今から俺たちが奪い去るんだ。無事で済むと思っているのか?」
スチールの言葉はタツヤの怒りを誘った。
だが、タツヤは拳を握りしめ、冷静さを保った。
「で、一騎打ちするのか、しないのか答えてくれ」
スチールはタツヤをじっと見て言う。
「おまえのおかしな見て呉れは……剣士のようだがな。万が一、おまえが魔術師ならば、相性というものがある」
歴戦の傭兵というだけあって、意外に用心深い男だとタツヤは思った。
そして、その心配は無用である、とも。
「俺は魔術はつかわない。この刀だけだ。おまえが何をつかおうと、俺はこれだけでいい」
「いいだろう、その勝負、受けてやる。ずいぶん堂々としているが、俺は容赦しない。お邪魔虫は先に殺した方がいい」
スチールはタツヤに向き直る。
タツヤが「では」と刀を抜いたその時、羽根の一つが矢のようにタツヤへ向かって飛んだ。そして、タツヤの身体の前で、火花が散り、カンと金属音が響いた。
タツヤの足下に羽根のついたカミソリの刃がポトリと落ちた。
「ふん、しのいだか。なかなかの反応速度だ。だが、これは……防げるかな!」
羽根がふわりと浮いたかと思うと、タツヤの身体めがけてダーツのように飛んでくる。一つではない、いくつもの羽根が。
だが、タツヤが一振りすると、どれもが火花をあげ、地面に落ちる。羽根の先には太い針がついていた。
「なっ、ど、どうやって防いだ」
スチールの痩せこけた顔に動揺の色が表れた。
「ただ、叩き落としただけだ」
「……尋常じゃねえな。ほんとうに容赦なしでいかせてもらうぜ。おまえら、離れていろ。血だらけのズタズタになるぜ」
スチールの配下たちは後ずさりした。
「これは一騎打ちにつかう技じゃない。戦場で、大人数を切り刻むための技だ。だが、今はおまえ一人のためにつかってやる」
そういうとスチールはポケットやベルトのバンドからありったけの羽根を取り出した。そして、彼を中心にしたつむじ風は、彼を覆う小さな竜巻となった
亡国剣士放浪抄 無頼庵主人 @owner-of-brian
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