4 炎の壁

「ゲンゾウ!おめえ、そんな若造つれてどうするんだ」

戦陣のどこかからヤジが飛んだ。

「まったく……。うるさいやつらだ」

ゲンゾウはため息をつきながら歩いた。タツヤはそのあとに続いた。

爆発音にまじり、鉄と鉄とがぶつかる響きが鳴る。

兵たちの雄たけびや呻き声もすぐそこから聞こえる。


「ここが前線だ」

木でつくられた塀、その扉をゲンゾウがひらくとそこは岸辺だった。凍りつく川面と、それを焼き尽くす炎がぶつかるのがみえた。

炎を発しているのは痩せ型のスキンヘッドにメガネの男、少将フーである。

氷の上を傭兵たちは駆け、向こう岸へと辿りついている者もいる。すでに王国軍の第一防衛線は突破されてしまっているようだった。


タツヤは危険な気配を察し、すぐに身をかわした。

あ、しまった。ゲンゾウが……とタツヤは彼をみた。

ゲンゾウは槍を突き出した姿勢のまま、数メートル後方へと砂煙をあげながら押しやられていた。


「危ないところだった」

ゲンゾウは槍の穂先を地面に降ろした。ドスンという音がした。槍の先にはどんぐり型の鋼鉄が突き刺さっていた。魔弾砲の弾である。

分厚い鉄板すら貫く代物である。そんなものに刃が当たれば粉々に砕け、使い手の身体ごと肉塊へと帰してしまうのだが、ゲンゾウはそれを槍先で受けとめたのだ。

高速で飛んでくる弾に瞬時に反応するゲンゾウもただ者ではないが、非常な強度をもつ槍も業物に違いなかった。


「ぬ、抜けぬ。……まぁ、ともかく参ろう」

砲弾は槍先にしっかりと食い込み、外すことができなくなってしまったようだ。ゲンゾウはもはや長柄のハンマーというべき槍を担いで、ふたたび陣の囲いの外に出た。


「さて、どうやって渡ろうか」

「氷の上を突っ切りましょう」

「しかし、あの炎の使い手は厄介だぞ」

「俺の顔をみれば、通してくれるはずです」

「ほんとうか? 信じるぞ?」


魔術師たちが展開する氷の道をタツヤとゲンゾウは駆けだした。何人分もの魔力で結晶化した氷は厚みを保っている。

あらわれては消える炎の壁がそれをかき消すが、多勢に無勢で、氷の道が作り出される速度に追いつかない。


「端だ、端」

二人は炎の届かない端の道を走った。だが、前線を守るフーは片手で炎の壁を展開しながら、もう片方の腕で火の玉を飛ばしてくる。

「あいつ、なかなかやるな」

ゲンゾウは火の玉を交わしながら言った。

「フーさん! 俺です!」

名を呼ばれたフーはちらとこちらに顔を向けた。

「おや、タツヤさん! なんでそんなところに!」

「とりあえず渡らせてください!」


フーは小さな火の膜をタツヤの行く先に広げた。焼かれるのかとタツヤは思ったが、フーの考えあってのことだった。

「滑ってきなさい」

火の膜に溶かされた氷の表面は濡れ、摩擦が軽減された。タツヤとゲンゾウの二人は走ってきた勢いのまま尻餅をついて、氷上を滑り、岸についた。


「フーさん、助かりました」

炎で応戦するフーのもとへタツヤは駆け寄った。

「なぜ川の向こうに?」

フーは寄せ来る敵から顔を背けずに、タツヤに尋ねた。そのスキンヘッドには汗がにじんでいる。


「カールの命令で……」

タツヤは事情を完結に説明した。

「何を馬鹿なことを……。安心してください。呪印は私とデンバーが主人となっています。カールには何の権限もありません」

「そうでしたか……。それでカールは来ましたか?」

「援軍は来てくれましたが、カールさんは……仕方のない人です。それより何か力の出る魔法薬はお持ちではないですか?私の術も限界がちかい」

しかし、急に砦を発つことになったタツヤは何も持ち合わせてはいなかった。

するとゲンゾウが腰の小袋をあさり、小さな黒い粒を取り出した。

「これを飲め。千草丸だ」

「あなたは誰ですか? 我が軍の者ではないようですが……」

「おれはこいつのお守りだ。同郷の生まれなんだ」

「龍夜さん、本当ですか?」

「信用できると思います。飲んでください」

タツヤは強く頷いた。知り合って間もないがゲンゾウが裏切らないことを直感していた。

「では」

フーは黒い粒をつまむと口へ放り込んだ。

「苦い……が、なるほどこれは妙薬ですね。力がじわじわと。礼を言います」

「うむ」


フーの手から展開される炎の壁も威力が高まりはじめた。

「ここはもう大丈夫です。それよりタツヤさん、頼みがあります」

「なんですか」

また頼み事か、とタツヤは思った。ろくなことにならないが……。

「数十名の突破を許してしまいました。なかには手練れもいます。おそらくは裂風も……。やつらを食い止めてください」

「わかりました。デンバーのところに急ぎ戻ります」

「いや、やつらの狙いはおそらく……エスメラルダさんですよ。後方部隊にいるはずです」


エスメラルダが狙われている。

大将のデンバーではなく、エスメラルダを狙う理由が理解できなかったが、タツヤは急ぎ森のなかを駆けだした。

「お、おい。俺も行くぞ」

ゲンゾウもその後を追った。


***


「さて、力もみなぎってきました。本領を発揮しましょう。みな、下がって」

少将フーは王国軍の兵たちを自分の後ろへと引き下がらせた。

「では、いきます」

フーがてのひらを胸の前であわせると、火柱が上がった。次に、その腕をひろげると炎は左右へとひろがり、巨大な壁となった。

そして、腕をひろげたまま彼がふたたび両のてのひらをパチンとあわせると巨大な炎の壁は前進をはじめ、川の対岸までも焼き尽すのであった。

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