3.ニーソックスにキスをする



 夜が明けた。

 結局一睡もできなかった俺は、ぼんやりと、窓の外で朝日が昇るのを見守っていた。隣には、同じベッドに横たわったハルの裸体がある。きれいだな、ちくしょう。何しててもサマになる。俺の憧れだった男。

 そして今や、俺の――恋人となった男。

「守りたい」

「……僕をかあ?」

 口をむにゃむにゃさせながら、ハルが声をあげた。寝言か? いや、起きていたのだ。俺は彼の髪を撫で、彼は俺の手に頭を押し付ける。思えば、俺たちは幼い頃からずっとこんな距離感だった気がする。親友であり、君臣であり、兄弟でもある……そういうこれまでどおりの関係に、セックスが追加されただけ。

 何も変わりはしない。俺たちは、俺たちだ。

 俺は頬を緩め、

「責任は取るよ」

「あん?」

「一緒に逃げよう、ハル。生涯俺がお前を守る。世界の果てまでだって、お前と2人なら……」

 と、そこへ。

「王子! 王太子殿下!」

 けたたましくドアを叩く者があった。

「お。来たかな?」

 ハルはクローゼットから俺のナイトガウンを勝手に取りだし、羽織りながらドアを細く開けて、外の人物と二言ふたこと三言みこと、言葉を交わした。少しして戻って来たハルの顔には、なんとも邪悪な笑みが浮かんでいる。あの笑いだ。何かろくでもないことを企んでいるときの。

「なんだったんだ?」

「大したことじゃないよ。

 単に、親父を拘束したってだけ」

 …………。

「はあ!?」

「声でっか」

「親父……国王陛下を!? 拘束!?」

「おうよ。今日中に退位していただいて、僕が王になる」

「おまっ……ちょっ……それはクーデターじゃないか!」

「物騒なこと言うなよ。平和的なもんだぜ? 死者はいないし怪我人もわずか。昨夜のうちに全部カタがついた。

 別に親父を殺そうってんじゃないんだ。どこか景色の良いところに離宮を建てて隠居だな。好きな詩作にでも没頭しててもらうよ。

 だいたい、親父は時局に暗すぎるんだ。異端認定だの破門だのに過剰にビビっちゃってさ。いま教導院指導部で現教王派と先代派の対立がおきてることも知らないんだぜ」

「そう……なのか?」

「そうだよ。先月、先代派の一斉更迭こうてつがあって、アントラセン公会議の見直しが発表された。

 ところが親父はかたくなに先代派べったり。我が国の貴族王族も身の危険を覚えて、はやく即位してくれって僕のところに……ね」

「そんなことになってたのか……」

「重臣5人のうち4人までが僕の味方だ。お前の兄上だってこっち派なんだぜ?」

「知らなかったのは俺だけかよ!」

「すねるなよ。言えなかったんだ、お前は顔に出るから。

 そういうところが、好きなんだけどな」

「つまり、俺は……?」

「これからも僕のそばにいろ。

 ……一生守ってくれるんだろ?」

 悪魔みたいに笑って、ハルは俺にキスをくれた。



   *



 それから10年が過ぎ、王子ならぬハイムリック王の政治は、どうにか軌道に乗り始めた。俺は近習きんじゅからそのまま側近へ格上げとなったが、権謀術数の世界にどうしてもなじめず、王直属軍団の長としてもっぱら城や王の警護ばかりしている。

 とどのつまり、王子のそばに貼り付いて護衛していたころと、大して変わってはいない。

 変わっていないといえば、俺とハルとの関係も、あの頃の熱量を保ったまま続いている。細かく調整したことはいくつかある。たとえば、ハルは外で女装をしなくなった。化粧をするのは俺とふたりきりで過ごすときに限ってくれ、と俺が頼んだのだ。

 理由? ひとりじめしたかったんだよ。

 だから今夜も、この世でひとり俺だけが、彼の長靴下ニーソックスにキスをする。



THE END.

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ニーソックスにキスをする 外清内ダク @darkcrowshin

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