第九話 出陣

「奇襲、ですか」

 その意図を探るが如く神妙な面持ちでホルは王の言葉を反芻した。


「先日私はエジプトのテーベへと赴き、アメンの大神官と同盟を結んだ。そこで知ったのだ。サイスの州侯がテーベに攻め入る計画を立てている事を。私はサイスへ密偵を送り、彼らの動向を探った。そして今夜、彼らは進軍を開始する。軍を持たぬ彼らの代わりに我らが聖域を守るのだ」


 そうしてまっすぐと自分を見据えるその視線からホルは瞬時にその意図を汲み取る。


「あの方を説得せよと、そう仰せですか」


 軍を動かすには当然長官の許可がいる。だがその長官を筆頭に、軍に所属する者の殆どが今の王政に不満を抱き、反発している。長官を信頼し、憧れを抱く彼らがその思想に従うのは不思議ではない。


「気を揉まずとも良い。あの者が従わざるを得ぬ秘策がある」

「と、仰いますと?」

「私が前線に立ち、皆の指揮を取る」

 思いもよらぬ一言にホルは口を開けたまま固まった。


「な、何を仰います! 王が戦の前線に立つなど……!」

「かのラムセス大王の活躍を知らぬのか。敵味方入り乱れる混沌の中次々と敵を薙ぎ倒し勝利を収めた名君の事を。あの者に認められなければどの道軍を動かす事はできぬ。ならば本物の戦でそれを証明するしかあるまい。私を嫌悪するあの者であれば喜んで死線に立たせてくれるであろう」


「ご冗談を……」

 青ざめるホルに対し、王の表情は涼しげだった。


「それに私の弓の実力を皆に披露する絶好の機会だ。そなたも私の勇姿をしかと見ておくが良い」

 王はそう言って不敵に笑った。


「……仰せのままに」

 どんな内容であれ、王の命令は絶対。ホルは覚悟を決め、観念したように深く頭を垂れた。


 それから半日経たずして、王宮の外は精悍な顔つきをした兵士達で埋め尽くされる。その思惑通り、シェリは二つ返事で王が前線に立つ事を承諾した。


 今しがた点呼を終えた各小隊の隊長達が前線にに整列し、長官の言葉を静かに待つ。物々しい雰囲気の中、現れたシェリの眼光はいつにも増して鋭かった。


「各々作戦は頭に入っているな。奴らは近隣で野営地を作り、夜更けを待ってテーベへと進軍するつもりだ。そこで奴らの意表を突き、奇襲をかける。敵の手勢が不明である故、今回我々が取るべき陣形は挟み撃ちだ。始めに奇襲をかけるのが第一小隊、第二小隊は右から、第三小隊は左から奴らを追い詰める」


 そうしてシェリはより一層声高に畳み掛ける。


「各隊長は胸に刻め。戦において一瞬の油断が命取りになる。如何なる場合に備え、各自気を引き締めろ」


 糸を張ったように張り詰める空気。長官であるシェリの言葉は兵士達にとって士気を上げる何よりの起爆剤だった。


 その様子を背後から見守っていたピアンキが一歩前に出ると兵士達は息を呑む。そしていわば特攻部隊である第一小隊の先頭に何食わぬ顔で加わったピアンキは未だ戸惑いを見せる兵士達を見渡し言った。


「皆長官に従い、全身全霊戦い抜くのだ」

 王自らが率先して戦い戦を先導する。不満げな者も勿論いたが、兵士達にとってこれほど心強い事はなかった。ピアンキの行動は間違いなく出陣する兵士達の士気を上げた。


 一方それを冷たく一瞥したシェリは無言のまた隊の最前に馬をつける。


「これはどういう事ですか!?」

 出立間際、人目も憚らず王に駆け寄り、発狂したように声を荒げるのは従者であるカシムだった。


「どうもこうも、これから戦に出かける所だが?」

「そういう事じゃありません! 王自ら前線に立つなど前代未聞ですよ!」

 ピアンキはその言葉を無視し、代わりに別の要求を伝えた。


「彼女に手紙を送っておいてくれ。これから暫く会えなくなるからな」

「重要な戦の前に何を呑気な事を……!」

「では頼んだぞ」


 カシムが後ろで何か喚き散らしているのを聞きながらピアンキは前を見据える。シェリの掛け声と共に一斉に動き出す軍勢を引き連れ、ピアンキはその手綱を強く握った。

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ブラックファラオ みるとん @soltydog83

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