第八話 二つの脅威
相変わらず手厳しいものだ。彼の態度にピアンキはため息をつく。
軍事長官である彼は元々国を守る兵士の一人に過ぎなかった。しかし軍人として徐々に頭角を現し、勝利を重ねる事でその地位を確固たるものにした。そして一線を退いた今でも彼の軍人としての働きは変わらず長官として日々兵士達の育成に力を注いでいる。
彼の反発は先代の王カシュタへの忠誠心から来るものであり、根っからの悪人ではない事をピアンキも理解していた。現状自分が不甲斐ない王に写っているのも事実であり、彼に賛同する勢力についても黙認してきた。――というより、そういった勢力に対して処遇を決めかねているというのが現状である。
「失礼致しました陛下。続きを」
カシムに促され、ピアンキは仕切り直すように咳払いをする。
「では護衛兵であるそなた達に話を聞こう。敵の手勢は一体如何程であったのだ」
すると護衛達の中で一際がたいの良い男が口を開く。
「私共が見る限り二名であったかと。口元は布で覆われ人相までは確認できませんでしたが、いずれも小柄な男でした」
「二人だと?」
男の答えにピアンキは耳を疑った。
「小柄な男がたった二人でこれだけの者に傷を負わせたと言うのか?」
「はい。奴らは素早く、狙いも的確でした。我々の攻撃をことごとく躱し、持っていた剣や弓は瞬く間にはたき落とされました。丸腰になった我々は武術にて応戦しようと試みましたが返り討ちにあい、立て直す間もなく奴らは姿を
聞けば聞く程気味の悪い輩だ。ピアンキは思った。奴らは事情を知るシェリよりもたちが悪く、何より異質である。それに顔を合わせたといってもこれでは手掛かりにならない。敵の情報は今のところほぼゼロに等しかった。
護衛の男は当時を思い出し、悔しさに顔を歪ませる。
ヌビアが誇る弓兵。彼らは武術にも長けており、この地方に古くから伝わるレスリングを得意としていた。その高い戦闘力は他国にも認められ、今から数百年前の新王国時代にはエジプトの傭兵「メジャイ」として活躍した時期もあった。その末裔である彼らの自信を打ち砕く程の実力者が存在するとは。幼い頃から彼らの強さを目の当たりにしてきたピアンキにとってそれは俄かには信じ難い事実だった。
「分かった。他に何か気付いた者はいるか」
ピアンキはこれ以上彼らのプライドを傷付けぬようそれとなく質問を変える。
しかしやはり当人達が一番困惑しているのだろう。皆顔を見合わせ互いに様子を伺うばかりで、王の問いに口を開く者すらいなかった。
もはやこれ以上の情報は得られないと踏んだピアンキは早々に彼らを持ち場へと戻らせる。
「陛下」
皆が退室したのを見計らい、カシムがすかさず声を掛ける。恐らく先程のシェリの態度を案じてのことだろう。
エジプトにおいてファラオとは神から生まれた子であり、彼らもまた神として崇拝される存在である。それに倣いこの国でもファラオは同じように神格化され崇拝の対象となった。
にも関わらずこの国のファラオ、ピアンキがシェリを含めた一部の臣下達からその存在を軽んじられている現状はやはり解決すべき問題の一つだろう。
しかしピアンキの興味は今、目の前のこの男にこそあった。
「何が可笑しいのです?」
「いや、そなたが他の者の態度を無礼だと叱るとはな。」
「これは陛下を慕う心があるからこそ……」
意地悪く様子を伺うような王の視線にカシムは言葉を詰まらせる。
「……申し訳ありません」
カシムがそう言って頭を下げると、ピアンキはしてやったりという顔で不敵に笑った。
やはりこの人には敵わない。それはカシムがまだ幼いピアンキの世話係を任された頃から感じていたことだった。一種のカリスマ性とでも言うのか、この主従関係というものを抜きにしてもこの王には人を惹きつける何かがある。
カシムは王の顔をじっと見つめいつの間にか感慨に浸っていた。
「さて。もう一人呼ばねばならぬ者がいるな」
さっと真顔に戻る王の顔に何かを察し、カシムも同様に顔を引き締めた。
ピアンキは続いて宰相であるホルを呼び出す。
「今回の襲撃について話は聞いているな?」
「はい。存じております」
ホルは答えながらバツが悪そうにこちらを仰ぎ見た。
「いや、今回はそなたを責めるつもりはない。聞けば襲撃した二人は相当な手練れだったようだ。指揮をとるまでに至らなかったことも納得できる」
王の言葉を聞き、叱責を受けるとばかり思っていたホルはほっと胸を撫で下ろした。
「今回は致し方なかったにせよ、そう何度も敵の侵入を許していては実害の他、国の威信にも関わってくる。そこで国の最高司令官であるそなたに頼みたいことがあるのだ」
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