第七話 襲撃

「何だと?」

 ピアンキは神官の言葉に耳を疑った。


「既に犠牲者が出ているとの事。ピアンキ様、至急王国へお戻りください」


 神官が言い終わる前にピアンキは外に飛び出していた。それを追うようにマジュドも慌てて外へ出る。当然のごとくその顔には同情の色が浮かんでいた。

 

「同盟のことは承知致しました。私達もクシュ王国の為に出来る事今は国に戻り、民をお守り下さい」

「すまない。まさかこんな事になるとは」


 ピアンキは神官達に促され兵士達が待機する検問所まで戻る。兵士達はピアンキの顔を見るなり顔を強張らせ、一斉に駆け寄る。


「皆話は聞いているようだな。すぐに戻るぞ」

「はっ!」


 言葉少なに愛馬へと騎乗するピアンキの後を兵士達が追う。


 目的を果たせたとはいえ、まさかその間に襲撃を受けるとは。今まで幾度となく遠征を繰り返してきたが、これ程間の悪いことはなかった。意図的でなければいいのだが、今はそれを知る術もない。


「そなた達は敵の詳細について何か聞がなかったか?」

 ピアンキが問うと兵士の一人がすかさず口を開いた。


「敵の正体は定かではありませんが、襲撃された者の情報によると腕にはプタハ神らしき紋章が彫られていたと」


 それを聞いた別の兵士がはっと顔を上げる。


「私の父はエジプトの都市メンフィスで建築家をしており、たまにこちらに帰ってきてはプタハ神に祈りを捧げています」


「それはつまり——」

「プタハ神はメンフィスの主神です。それが正式な軍の紋章ならば我々は何らかの理由でメンフィスを敵に回していたのかもしれません」


 それを聞き、ピアンキの頭に一瞬弓を引く男の姿がよぎる。しかしその風貌は盗賊にも、まして軍人という風にも見えなかった。仮にこの襲撃に関わっていたとして、その目的が見えてこない。


 全く身に覚えのない敵意にピアンキは思わずため息をつく。我々が足を突っ込むまでもなく、端からこの争いに巻き込まれる運命だったのかもしれない。


 様々な陰謀が頭を巡るが、兎にも角にも今は一刻も早い帰還を目指さなければならない。一行はほぼ不眠不休で走り続け、四日でナパタへと帰還した。


 一行は敵に気づかれる事のないよう、細心の注意を払い町へと近づく。


 しかしいざ戻ってみると町はいつもと変わらぬ様相で、敵を打ち倒さんとする敵軍の怒号も、逃げ惑う市民の悲鳴すら聞こえてこない。特に荒らされた形跡もなく、人々は何食わぬ顔で町を行き交っている。


 どういう事だ?

 一行は狐につままれたような気分になる。


 帰還に四日かかったとはいえ、まるで襲撃そのものが無かったかのような平穏な風景にピアンキは首を傾げる。


「陛下、ご無事でしたか!」

 そこへ小隊の指揮官らしき男がこちらへ駆け寄ってきた。


「一体何があったというのだ。町が襲撃されたと聞いて飛んで帰ってきたのだが」


 ピアンキが聞くと男は苦虫を嚙み潰したような顔で言った。


「襲撃されたのは町ではなく王宮です。奴らはエジプトの使者を装い護衛達の目を掻い潜って王宮へと侵入しました。王に謁見したいと申し出た彼らを怪しみ、シェリ長官が問いただした所、彼らは長官とその周囲にいた書記など数名を切り付け逃走しました」


「何という事だ。他に怪我をしたものは? 皆無事なのか?」


「はい。命に別状はありません。皆別室にて手当てを受け、いずれも回復傾向にあります」


 それを聞き、ピアンキはひとまず胸を撫で下ろす。


「そうか。私が留守であったにも関わらずよくやってくれた」


「いえ、私は何も……。長官からの出撃要請を受けて現場に駆け付けましたが、既に奴らの姿はありませんでした。奴らは一瞬で姿を消し、長官いわくまるで闇に紛れるコウモリの様であったと」


 何とも不可思議な出来事にピアンキの背中に冷たいものが這う。


「その後誰も姿を見た者はおらぬのか」

 

「私も聞いて回りましたが、その姿を見たものはおらず……。しかし長官を含め、その場に居合わせた者であれば或いは正体に繋がるような何かを見ているかもしれません」


「ホルはどうした? 私は有事の際あの男に指揮をとるよう伝えた筈だが」

「恐らくですが宰相も私共と同じく襲撃の後に報告を受けたのだと思われます」


 突然の襲撃ではあったものの、敵が優秀だったのか単に連携が取れていなかったのか、敵の情報以外にも問いただす問題がありそうだ。


 ピアンキは情報を集める為、まず彼らを見たという数名を王室へと呼び寄せた。護衛兵五人と王室書記官、そして今回の襲撃で指揮をとった軍事長官であるシェリ。合わせて七人が玉座に収まるピアンキの前に跪く。一人、こちらを射殺すかの如く睨みつけてくる男がいるが、ピアンキはそれを無視して言った。


「私が留守の間、王宮をよく守り抜いてくれた。指揮をとった者も、己の身を挺して戦った者も皆大儀であった。休養して傷を癒して欲しいところだが、またいつ襲ってくるか分からぬ故、彼らについて話を聞かせてくれ。まず敵の手勢についてだが――」


「陛下、このような緊急事態に一体どこへ行っておられたのです? 散歩がてらまた神に祈りでも捧げられていたとか?」


 その言葉を遮るかの如く一人の男が口を開いた。


 軍事長官シェリ。先程から睨みを利かせていた彼は軍の最高指揮官である。顔に刻まれた深い皺と無数の傷、そして人一人殺せそうな鋭い眼光は数々の死戦を潜り抜けて来た戦士である事を物語っている。


 彼の発言で王室内の空気が一気に硬直する。跪く者達は皆、恐る恐る王を見上げた。


「急用にてテーベへと赴いていた。無論、散歩などではない」

「理由をお聞きしても?」


「口を慎め。陛下はまだそなたに発言を許してはおらぬ」

 傍らで様子を見守るカシムが鋭い声を上げる。


「詳細は公式の場にて発表する。今は私の問いに答えよ」

 王の言葉にシェリはフンと鼻を鳴らす。


「理由を明かせないとなるとテーベへ遠征した事実も怪しい。今回の襲撃も王の差し金なのでは?」


 王の言葉に怯むことなく一層鋭さを増した言葉は周囲をざわつかせた。


「長官、いくら何でもそれは――」

 そのやり取りを傍観するしかなかった周りの者達が声を上げるも、鬼神の如く鋭い眼差しとその迫力に皆押し黙る。


「何と無礼な! これ以上陛下を侮辱するというならそなたを罪に問うぞ。即刻退室せよ!」

 カシムは怒りを露わにし、声を荒げた。


 長官は周囲に冷ややかな視線を送るとそれ以上抗うことなく王室を出て行った。

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