第六話 黒い噂
「同盟とは具体的にどのような?」
そう言ってマジュドは興味深そうにこちらを見る。
「この国で起こっていることは全て伝え聞いている。国内で争うなど実に愚かで嘆かわしい事だ。そして貴国と交易を行う我らにも少なからず影響が出ている。私はこれらの紛争、そして分裂を止める為に戦いたい。同じアメン神を信仰する者として協力してはくれまいか?」
「それは願ってもない事でございます。我々もぜひあなた方の力をお借りしたい」
そう言ってマジュドは小さく息を吐く。
「実はサイスを治めるテフナクトという男が既に上エジプトを支配し始めています。彼はリビアの首長も務めており、下エジプトでは相当力のある人物のようです。いずれこのテーベにも進軍してくることは間違いありません。武力を持たぬ我らにどうかお力を」
成程、事態はそこまで進んでいるのか。
これは早々に遠征を決めて正解だったとピアンキは思った。
「しかし当然テーベにも軍というものはあるのだろう?」
「ええ。あるにはあるのですが——」
ここでマジュドは何故か言葉を濁す。何か言えない事情でもあるのだろうか。しかし相手が口を割らない以上こちらから無理に聞く訳にもいかない。
「分かった。ならばさっそく出軍し、彼らを迎え撃とう。だがその前に一つ聞いておきたい事がある」
そう言ってピアンキはマジュドが外に出した神官の一人に目配せし、部屋へ呼び戻した。
「そなたは確かタニスの神殿にいた——」
「まさか、私の顔を覚えておいでとは」
神官はピアンキの驚異的な記憶力に恐怖すら抱いた。確かにタニスの神殿で一度だけ口を聞いたことがあるが、彼にとっては何百人といる神官の内の一人だ。
「ええ。確かに私は数年前までタニスにおりました。当時は書記官をしており、神官としての仕事は年に数回。ですが紆余曲折あり、専業神官として一生を神に捧げようと決めてから故郷であるテーベに戻ってきたのです」
「ちょうど良い。ならばタニスの外交事情についても詳しいのではないか?」
ピアンキの言葉に神官は不思議そうな顔をした。
「外交でございますか? それはまぁ……各国との交流について事細かに記録するのも私達の仕事でしたから」
「我が国は貴国の支配下にあった時代から、金や香料などの貴重な物資を惜しみなく寄進し続けてきた。だが最近その定期的な寄進に加えて更に物資を催促されるようになったのだ。恐らく紛争で国の情勢が不安的である事も原因の一つだろうが、まさに我々の資源を吸い尽くす勢いなのだ。これでは民の生活がままならない」
ピアンキは困惑する神官をよそに捲し立てるように言葉を続けた。
「更にだ。物資の催促までしておきながら、それまで品を受け取っていたタニスの高官達がパッタリと姿を見せなくなった。まるで品だけ置いて帰れと言わんばかりに毎回催促の手紙だけが届く。全く不義理にも程がある」
続けて出た王のため息に神官は苦い顔をする。何と言ったらいいのか分からず、次の言葉を待っているように見えた。
「ああ、すまない。私が言いたいのは原因は本当にそれだけなのか、ということだ。ただの不遜にも見えなくはないが、交流まで絶ってしまうのには何か別の理由があるように感じるのだ。書記官であったそなたなら何か知っているのではないか?」
神官は何か考えるような仕草をしていたが、やがて何かを決意したかのように重い口を開いた。
「私も帰郷した身なので現状はわかりませんが、タニスの神殿にいた当時、ある噂を耳にしたことがあります」
一人の神官の思わぬ暴露にマジュドも思わず目を見張る。
「タニスに拠点を置くオソルコン王がある組織と繋がりを持っているという噂です。その影響で他国との距離を置き始めたと、まことしやかに囁かれていました。実際王はその時から交易や外国人の渡航を制限し、彼らとの交流を避け始めていたのです」
「ある組織?」
「セクメトという闇の結社です。目的などその多くは謎に包まれ姿を見た者もおらず、存在さえ怪しいのですが、詐欺、窃盗、更には要人の暗殺まで悪事の全てを完璧に行う恐ろしい組織のようです。」
オソルコン王が自ら飛び込んだのか、連中に唆されたのかは不明だが、それがもし事実だとすれば相当に面倒な事態である。真相を暴くにも少々骨が折れそうだ。
これはただの権力争いではない。それに気づいた時ピアンキは思わず頭を抱えた。問題は山積みだが、出来ることをこなしていくしかない。
「まずはテーベに軍を配備する。いつでも迎え撃てるようにな。出来れば奇襲を仕掛けたいところだが相手の軍勢と進軍の時期が分からぬ以上下手に動かぬ方が良い。そして——」
ピアンキが再び入り口の方を一瞥すると、どこに隠れていたのか顔を布で覆った男が片膝を付き、王に敬意を示すように頭を垂れていた。
「話は聞いていたな。例の組織セクメトについて調べ、その身辺を探れ。早急にだ」
「御意」
男は短く返事をし、外で待機していた神官達が声を掛ける間もなく消えてしまった。呆気に取られる周囲に対してピアンキは何事もなかったかのように話を戻す。
「何事も口頭だけでは危うい。互いを信用する為にも必要だろう」
ピアンキはそう言って用意していたパピルス※を取り出しマジュドに手渡す。
「成程。これは同盟の証と言う事ですかな?」
「そうだ。ここにサインを」
マジュドが頷き、名前を書き始めたその時だった。
「クシュ国王ピアンキ様、王国より使いの者が参ったと知らせが。しかしここへは入れぬ故、伝言を預かっております」
「使いだと? 一体何があった?」
ピアンキは胸のざわつきを感じつつ神官の答えを待った。
「首都ナパタが襲撃されたと」
※同名の植物で作られた筆記媒体。紙のようなもの。
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