第5話 再会
砂漠をひた走ること数日、一行はついに目的地テーベへと辿り着いた。目の前には検問所と思しき門が建っており、門番達が通行者に声を掛けている。物々しい雰囲気に尻込む兵士達をよそにピアンキは1人門番の前に立った。
しかしその出立ちから服装まで明らかな異国人である一行に彼らは目の色を変え、身構えた。
「安心せよ。我々は侵略者などではない。ただ話がしたいだけだ。」
敵襲とでも思っているのか、続々と集まる屈強な男を前にしてピアンキは少しも怯むことなく言い放つ。
「私はヌビアの地より参ったクシュ王国国王ピアンキである。アメン大神官にお目通り願いたい。」
「王だと?」
門番達は処遇を決めかねているのか、顔を見合わせ小声で何か言い合っている。確かに確たる証拠もないまま得体の知れぬ異国人を通せる筈もない。だが王の証である
「何をしている?」
騒ぎを聞きつけ、途方に暮れる一行の前に1人の男が現れた。
「長官! 実はこの男が――。」
「アクラム!」
見覚えのある顔にピアンキは思わずそう叫んだ。その声に驚き、男はこちらに目を向ける。
「私だ、ピアンキだ。」
ピアンキが嬉々として名乗ると男は周りの門番達を押しのけ、嬉しそうに駆け寄る。
「王子! いや、今は王ですかな。ご立派になられて!」
「お知り合いですか?」
兵士が聞くとピアンキは頷く。
「彼は父が存命の頃我が国があるヌビア地方の総督を勤めていた。」
アクラムと呼ばれた男はピアンキの手を力強く握った。満面の笑顔を見せるその目には涙が浮かんでいる。
「何故泣くのだ。」
ピアンキは彼の熱烈な歓迎と涙に驚きながら笑った。
「いえ、あんなに小さく体の弱かった王子がここまで大きくなられたのだと思うと……。」
確かにそうかもしれない。
彼にそう言われてピアンキは自分の半生を振り返る。
今でこそ健康体であるが、幼少期は病弱で生まれて早々医者から余命宣告まで受けていた。そんな自分が
彼からすれば、そんな自分が猛々しく砂漠を駆け回り、遠路はるばる異国までやってくるなど想像もしていなかった筈だ。
「そなた達のおかげでな。」
ピアンキがそう言うとアクラムは首を振る。
「貴方は殺伐としたこの世界に必要なお方。偉大なるアメン神が貴方を生かしたに違いありません。」
彼はそう言って微笑んだ。何故このような男が総督の任を降りることになったのか些か疑問ではあるが、それを聞くのは野暮というものだ。
それに長官になった彼と再び出会えたことは間違いなく神の思し召しだろう。
「今日ここに参ったのはアメンの神官に会う為だったのだがこの町の長官がそなたなら話が早い。話し合いの場にそなたも同席してくれぬか?」
「ぜひ、と言いたい所なのですが実はこの後大事な会議が入っておりまして……。代わりに副長官を同席させます故お許し下さい。」
本人と話ができないのは残念だが、仲介役なら副長官でも問題はないだろう。
「サーディクと申します。長官の代わりに私が神官の元へご案内致します。」
アクラムの背後からすっと現れた男はピアンキの前で深く一礼すると、背後の兵士達を見渡して言った。
「ですが神殿に入れるのは神の子である王と神に仕える神官のみ。祭事以外は開放しておりませぬ故、申し訳ありませんがあなた方はここでお待ちを。」
「そんな! 我々は王をお守りせねば——。」
ピアンキはそんな彼らを手で制した。
「いや、いい。私1人で行く。」
「ですが……。」
成程、同じ神を祀っているとはいえ我々の神殿とは少し勝手が違うようだ。
「心配は無用だと言ったであろう。入国した以上、その国の規則に従うべきだ。」
兵士たちを残し、運河を超えて神殿の前に立ったピアンキは目の前の巨大な塔門に目を奪われた。そしてその手前、道の両側には礼拝者を迎えるようにして数体のスフィンクスが並び、その横には神と王を讃えるオベリスク※が立っている。
「ここカルナック神殿はいくつもの神殿や祠から成り立っています。私達が立つここはその中心的建物、アメン神が
そしてピアンキは建物群の最奥、至聖室へと案内された。
「今ちょうど朝の儀式が終わったようです。」
サーディクは大神官と思しき男に深々と一礼し事情を説明した。
「これはこれは。遠路はるばるよくぞいらっしゃいました。私はこの神殿及び神官達の管理を任されておりますマジュドでございます。どうぞこちらへ。」
至聖室の隣にある小部屋に案内されたピアンキは勧められるまま椅子に腰掛けた。だが快く迎え入れてくれたマジュドに対し中にいる神官達はどこか冷めた目をしている。
マジュドは彼らに目配せし、外へ出るように指示した。神官達が出て行ったのを確認すると、マジュドはやっと口を開く。
「早速ですが私達に何かお話があると?」
ピアンキは頷く。
「我々はあなた方神官団と同盟を結びたい。」
※主に神殿入り口の両側に建てられ、王の実績や神を讃える記念碑
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