アンドロイド探偵はその瞳に真実を映すか?

@togakusiky725

そして僕はアンドロイド兼探偵に出会う。

 西暦2045年にShow AI社が開発したAI・ケルベロスはそれまでの事件捜査を一変させた。現在ICPO(国際刑事警察機構)に加盟する各国の警察組織にはケルベロスが導入され、その高い精度は瞬く間に上層部の信頼を確立した。

 ケルベロスはその膨大なビックデータから類似事件を解析し、これまで数々の難事件を解決してきた。犯人特定率は何と脅威の99.999999999%。いわゆるイレブンナイン。 

 もしそのケルベロスに犯人だと断定されようものならば、それを覆すことができる確率は00.000000001%。それは限りなく0%に等しい。



「面会の時間だ」


 疑わしきは罰する、まるでそれを体現するような臭く汚い牢屋を連れ出された僕は案内役の警察官の後に続いた。

 面会に来たのは一体誰なんだろう。

 最初は何かの間違いだと言ってくれていた両親や友人、会社の同僚達は、僕がAI・ケルベロスに犯人だと断定されたのを機に、めっきりと面会には訪れなくなった。それが理由か、もしくは人生に諦念を感じているのか、僕は最近会社や仕事のことなどすっかりどうでも良くなっていた。

 ぼやける視界で『面会室』という文字を視認すると、僕は開かれた部屋の奥の座席へとゆっくり向かった。


「では30分ほどでお願いします」


 僕が着席すると同時に、刑務官がそう言いながら後ろに起立した。

 熱いガラス越しの向こうに白衣を着た一人の奇妙な老人が座っていた。

 知らない顔だった。老人はもっさりとした髭をたくわえ、しきりにこちらの様子を伺っている。

 僕は口を開き名前を尋ねようとしたが、先に言葉を発したのは老人のほうだった。


「君が木更津 京一くんだね」

「ええそうです。あなたは?」


 老人は少し残念そうな顔をしてからその名を名乗った。


「私は中井戸 健司という者でね。かつては日本の人工知能研究の第一人者として名を馳せたのだがね」

「すみません、勉強不足でした」

「いや、かまわん。そう言われていたのは君が生まれたぐらいの時だからね」

「それで中井戸さんは僕にどういった理由で会いに来られたのですか?」


 そう言うと、中井戸は逡巡した表情で押し黙る。

 しばらくして中井戸はようやく決心が付いたのか白衣のポケットからぐしゃぐしゃになった1枚の新聞の切れ端を取り出す。

 その切れ端を広げると、指さしながら中井戸は口を開く。


「15日前にNOC社のとある事業所で発生した惑星探査機爆破事件。13人の負傷者と1人の死者を出した事件の犯人はマイクロ推進エンジンの開発チーフ・木更津 京一。これは間違いないかね」

「はい、間違いありません」


 僕はそう返事をすると溢れる負の感情を押し殺すように、上唇を噛みしめる。

 中井戸は僕の返事に頷くと話を続ける。


「なぜ君がこの事件の犯人にされているか、もちろん知っているね」

「・・・・・・・AIケルベロスがそう断定したからです」


 僕もマイクロ推進エンジンの開発チーフとして携わった惑星探査機『天の川』。来年の冬、種子島宇宙センターから惑星グリーゼ832cに向け発射されるはずだったそれは突如何者かによって爆破された。多くの死傷者を出したその事件の犯人を、何故かケルベロスは僕であると断定した。

 しかし、僕はあくまで巻き込まれた側の人間であって、そのような爆破を起こしたことは決してない。

 僕は会社、警察、マスコミに何度もそのように伝えたが、一個人の人間である僕と、99.999999999%(イレブンナイン)の犯人特定率を誇るケルベロスとで比較された場合、全ての人がケルベロスが正しいとの判断をした。

 ふと、頬を伝って涙が流れていることに気づく。だがこの涙の理由には悔しさの他にもう一つあった。

 中井戸は同情するように哀愁の瞳で僕を見つめた。


「しかし、私とは、この結論を見てどうもきな臭いと思っていてね」

「か、かの・・・・・・」


 言葉の続きがつっかえて出てこない。中井戸は僕が何て言おうとしたのか察したのだろう「彼女の紹介が遅れたな」といいながら、おそらくずっと足元にあった一人の女性を立たせた。

 女性はとても美しい見た目をしていた。栗色のロングヘア―と、皺ひとつない美しい肌。まるで人形とも思えるその女性は微動だにせず、ずっとその瞼を閉じていた。


「試作型初号機Alice00B・通称アリス。起動しなさい」


 そう言うと、アリスと呼ばれたその女性はゆっくりとその瞳を広げた。

 僕はまだあふれ出る涙を拭いながら、はっとその彼女の瞳の色に驚く。その瞳は人間では到底ありえない真紅のレッドアイズをしていた。


「オペレーティングシステム起動完了。時刻同期サーバとの通信開始。完了。ワールドワイドウェブとの接続を確立しました。中井戸博士、23時間と17分52秒ぶりですね。この間私を死体遺棄でもしていたのでしょうか」


 呪文のような言葉を唱えた後、女性は憎まれ口を叩いた。

 女性が日本語を話しているのは確かだが、その話方には人間特有の抑揚がなかった。それはまるですべて同じ音階で話しているかのようだった。


「木更津くん、紹介しよう。彼女はアリスだ」

「はじめまして、私はアリスといいます」


 紹介されたアリスは自らの名を名乗ると深々とお辞儀をした。


「はじめまして、アリスさん。僕の名前は――」

「存じております。名は木更津京一、31歳。千葉県浦安市生まれ。父・千次と母・南との間に生まれ、高校までは地元の学校に通学。早稲田大学先進理工学部進学後は竹原教授の研究室にて4年間マイクロ光伝導推進の研究に従事し、大学院修了後、株式会社NOC入社。15日前までは某事業所にてマイクロ推進エンジンの開発チーフとして従事していました」


 アリスとは今日初めて会ったにも関わらず、まるで僕の人生を見透かしているかのようにつらつらと経歴等を述べていく。だが、やはり彼女の言葉には抑揚がない。

 もしかして彼女は。

 そう思っていると、中井戸は咳払いをしてから、口を開く。


「おおよそ察しはついていると思うが彼女はアンドロイドだ」

「中井戸博士。たしかに私はアンドロイドですが、他人に言われると無機質な感じがしてとても悲しくなります。私の知る言葉に『おかま』という言葉があります。『おかま』という言葉はあくまで自身が自虐する時に使うのであって、他人に対して使う場合それは差別表現にあたります。そのため今回の場合に当て嵌めた場合、私をアンドロイドと呼ぶのは、人間とアンドロイドを区別することと同義です。二度と私をアンドロイド呼ばわりしないでください。はじめまして木更津さん、私はアンドロイドです」


 彼女は満面の笑みで答えた。中井戸は彼女の長々とした言葉を聞いてため息を吐いた。


「アリスは少しおしゃべりが好きでね。これには私もほどほど手を焼いてね。まあこれについてはベースとなった人格の影響もあるのだが・・・・・・。ひとまず話を進めよう。アリス、15日前のNOCで起きた惑星探査機爆破事件についてどう思う」

 

 アリスはしばらく口を閉ざした。おそらく考え込んでいるのであろうが、微動だにせず、ただ無表情で固まるだけである。

 やはり彼女はアンドロイドなのか。巷では人工知能が当たり前になっているとは言え、やはりそれを乗せたアンドロイドがあることはにわかには信じられない。だが、そのしゃべり方といい、動作といい、やはりアリスは普通の人間とは隔絶された何かがあった。

 やがてアリスは考えが固まったのか、その口を開いた。


「Show AI社が開発したAIケルベロスは15日前に起きた惑星探査機爆破事件について、木更津京一氏を犯人だと断定付けています。ケルベロスの犯人特定率は99.999999999%。いわゆるイレブンナインであり、ケルベロスの出した結論は高い精度を誇ります。ケルベロスが木更津京一氏を犯人だと断定した理由は、ビックデータを深層学習した結果、大きな割合を占める3つの特徴量を導き出したからです。まず1つ目が、彼が担当するマイクロ推進エンジンの開発納期が遅延していたこと。次に2つ目が、調査結果から惑星探査機の爆破がマイクロ推進エンジンにある、マイクロウェーブ発生装置から発生したこと。なおこれについては木更津京一氏が装置の取り付けを行ったという事実が木更津京一氏の証言から明らかになっています。そして3つ目が、唯一の死者・佐野美幸が木更津京一氏の元恋人であり、且つ木更津京一氏は当日同僚であった佐野美幸を事業所に招いた日に爆破事件が発生したこと。それら3つの特徴と他――」

「うわあああああああああああああああああああああああ」

 その佐野美幸という名前を聞いた瞬間、僕は発狂した。抑えていた気持ちがまるで身体から溢れていくような気がした。

 後ろで立っていた警察が慌てて近寄り、暴れる僕の身体を抑え込んだ。


「美幸を。美幸を返してくれ! あああああああああああああ」


 だが僕の願いは虚しく、目の前にあるのは無機質な床だけだった。僕はしばらく警察の羽交い締めを受けた後、中井戸の「離してやってくれ」の一言で、なんとか警察の手から解放される。

 力が入らない。

 僕は壊れた機械のようにただ、足元だけを見つめ座っていた。


「落ち着いたかね。すまなかったね。これは私のミスだ」

「いえ・・・・・・大丈夫です」


 中井戸もアリスもしばらくは僕の様子を察したのか、しばらくは黙って見守ってくれた。

 僕は深呼吸をするが、その名前を聞いてから、焦げた匂い。燃えさかる炎の中で叫びながら息絶えた彼女の姿が何度もフラッシュバックした。

 あの日復縁を迫ろうと、僕は彼女と会う約束をした。だが、僕が担当するマイクロ推進エンジンの開発は予定よりもだいぶ遅れており、結局20時になっても仕事を切り上げられなかった。

 僕は電話で謝罪をしながら彼女を自分の事業所へと招いた。なぜそうしたのかは分からない。今思えば、日にちを変更すればいいだけの話だった。

 彼女は「分かった。私も京一君に伝えたいことがあるから」と僕に伝えると、しばらくして僕の事業所へとやってきた。彼女もまた営業として惑星探査機・天の川を作り上げるプロジェクトに参加していたため、彼女の持つセキュリティカードで僕のところには問題なく入ることができた。

 だが、彼女が中へと入った瞬間、マイクロ推進エンジンがとてつもない音を響かせながら爆破し、事業所を炎の海に包んだ。本来電気学と光学の応用で作られたマイクロ推進エンジンはこのような爆破はしない。確かに電気が発生するジュール熱はある一定の温度に達すと、爆発を引き起こす。だがその爆発は温度の上昇とは大きく異なっていた。それはまるで誰かの作為的な何かを感じさせるものだった。

 爆発後、僕はすぐさま拘留所に連行され、結局佐野美幸の葬式にも行くことができなかった。

 僕は守りたかった者を守れず、そして彼女の仏壇の前で謝罪の言葉も言えずにいた。

 眩暈を感じた僕をアリスは何か言いたげな表情で見つめる。僕は大丈夫と目で合図をすると、それを感じ取ったアリスはゆっくりと口を開いた。


「一見、ただの事故のように思えるこの事件をケルベロスは作為的な何かを感じたのか木更津京一氏の殺人であると判断付けました。確かに私もケルベロスと同様、物理学的な観点から見て、これは作為的なものであると判断付けます。ただし、犯人が木更津京一氏であるという点については私とケルベロスの出した結論は異なります」


 僕はゆっくりとアリスの表情に視線を合わせる。アリスは包み込むような優しい笑みで微笑むと言葉を続けた。


「ここで悲しんでいる木更津さんに心優しいアンドロイドである私は一つ知識を授けてあげましょう。木更津さんは『チンチン』の語源をご存知でしょうか」


 彼女が発した下品な言葉に、僕がこんな気持ちになっているのにからかっているのか。と僕は思わず立ち上がり怒鳴りつけそうになる。だが中井戸博士の「不快にさせて大変申し訳ない。だがどうか彼女の話を最後まで聞いてやってはくれないだろうか」とのセリフに僕は何とか震える拳を抑えつけながら発しようとする声を静止させる。


「チンチンの語源は室町時代まで遡ります。坊主がいつものように葬式に行き、葬儀場でお経を読みながら梵音具ぼんおんぐを鳴らしていました。そしてそこに一匹の雄猫がやってきました。雄猫はその視界に金色に輝く梵音具を見つけると、まるでじゃれつくように手に取り、あおむけになりました。坊主はお経を読むのに夢中になっていたため、梵音具と雄猫が入れ替わっていたのに気づきませんでした。そして坊主はうっかり雄猫の金玉をその手にもつりん棒で2回ちんちんと鳴らしてしまったのです。もちろん急所に攻撃を食らった雄猫は大きな鳴き声を発しながら慌てて逃げていきました。この時になって坊主はようやく梵音具と猫が入れ替わっていたのに気付いたのです。このことが転じて人間の男性器及び生物の雄のそれは以来チンチンとしてその名を定着させました。・・・・・・ただしこれは私が以前考えたくだらないジョークです。面白いことにこのような馬鹿げた話を、私がアンドロイドあるいは人工知能という前置きを置き、実験した結果、なんと多くの人がこのような馬鹿げた話を信じてしまったのです。人はアンドロイドあるいは人工知能という固定概念に縛られるあまり誤ったことを事実であると捉えてしまうのです。いいですか。木更津さん。所詮ケルベロスは、人間がプログラミング言語で作り出したただのプログラムの集合体にすぎません。

確かに人類が長年をかけて築き上げた人工知能という英知についてはどれほどの尊敬を抱いても尽きることはありません。ただし、人間は人工知能という存在に対してあまりにも盲目になりすぎていると私と中井戸博士は考えます。」


 そう言うと、アリスは再び沈黙する。

 アリスが沈黙したのを見た中井戸が頭を下げながら再度謝罪する。


「アリスが君を不快にさせてしまい、大変申し訳ない。ただこれだけは分かって欲しい。私とアリスは君を救いたいと思いここに来ているということだ」


 中井戸の謝罪に僕は首を横に振ることだけしかできなかった。

 先ほどの怒りの感情が中井戸の『君を救いたい』という言葉がかき消す。

 僕を救いたい? その言葉を上手く呑み込むことができなかった。

 救う? 一体何から?

 そんな混乱する僕を見て、アリスはその真っ白な手を差し伸べながら、相変わらず感情が籠っているのか籠っていないのか分からないトーンで言う。


「木更津さん。あなたは00.000000001%の確率にたどり着きたくはないですか。佐野美幸を殺し、あなたにその罪を擦り付けた犯人を見つけたくはありませんか。私はそのお手伝いをしたいと考えています。私はアンドロイドですが、木更津さんをこのような目に合わし、のうのうとのさばっている犯人を許すことができません。私の心は今、摂氏100度の沸点を超え、その温度は太陽の中心核と同じ約1600万度と同じ熱さで燃えています」


 中井戸が補足する。 


「実は警視庁の上層部とはちょっとした縁があってね。実は監視の下という条件付きではあるが、1週間の仮釈放を得ることができた。もちろんそれが嫌なのであれば君の意見を尊重する」

「条件とは?」

「7日間と24時間ずっとここにいるアリスの監視を受けて生活してもらうということだ」

「心配には及びません。シャーロックホームズファンの私にはバリツの心得があります。例え木更津さんに襲われたとしてもいとも容易く返り討ちにすることが可能です。また私はアンドロイドなので睡眠の必要性がありません。寝込みを狙うこともできません。まあ、そんなことはどうでもいいでしょう。私と中井戸博士はあなたがどうしたいかの回答を待っています。もっとも私はあなたの消沈したその太陽が再び空高く昇るのを待っています」


 僕はふと頭の中によぎった言葉を口にする。


「中井戸さん。アリスさんは一体何者なんですか」

「アリスは見ての通りアンドロイドだ。ただ彼女は少し特殊でね。人工と人間の間にいる存在とでも言うべきか。人工知能のような振る舞いをすることもあれば、人間のような振る舞いをすることもある。ただ一つ言えるとすれば彼女は自分の意志を持っているということだ。人間が人工知能とは違い様々な発想をするように、彼女もまた大胆な発想をすることができる」

「中井戸博士。また私を区別しましたね。私は弾劾裁判にあなたをかけ司法の裁きに処します。私はそのためにいかなる手段も使います」


 僕はアリスと中井戸のやり取りをしり目にしばらく考え込む。

 もちろん無罪の罪に問われ、今後の人生を牢獄の中で過ごすのは嫌だ。だが、それよりもこの現状を打開したい理由が僕にはある。

 さきほどの混乱の理由、僕は救われるために犯人を見つけるのではない。佐野美幸を殺した犯人を見つけるためこの狭く閉鎖的な空間から出たいのだ。

 なるほど、わざわさ考える必要もなかった。アリスに犯人を見つけたくないかと言われた時、その答えはすでに決まっていたのかもしれない。


「アリスさん、中井戸さん。聞いてくれ。もしここから出ることができるのであれば僕はここを出たい。だがそれは、救われたからとか、そういう理由じゃない。僕は佐野美幸を殺した犯人を必ず見つけ出す。そのためにここを出たいんだ」


 その言葉にアリスと中井戸は待ってましたと言わんばかりの笑みを浮かべる。


「私はその言葉を待っていました。私はアンドロイド兼探偵として全力であなたの力になります」

 


 

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