第92話

side:白帆 羊


 先輩に路チューされて……あ、この言い方は良くないか。あの鈍感な先輩がやっと私の気持ちに気付いて、この溢れんばかりの好きを受け取ってくれて早1ヶ月。


 私、思うわけですよ。何も変わってなくない?と。


 別に誰かに言うことでもないし、会社での態度も今までと変わらないし。

 相も変わらず先輩の元へ行っては面倒そうな顔を拝んでいる。


 いいことではあるんです。それだけ付き合う前の私が先輩の生活に入り込めていたということだし。

 それにしても、名前で呼んでくれたっていいじゃないですか。ずっと白帆白帆って……。

 結婚しても彼はそう呼ぶつもりなんでしょうかね。


「この鈍感め〜!」


 かわいい寝顔を見つめながら、頬をツンツンとつついてみる。

 むにゃむにゃと言っている先輩は、会社でのしかめっ面と違って幼く見える。


「……白帆か?」


 ぽやぽやと効果音がつきそうなほど柔らかい声が耳を通り抜ける。

 惚れた弱みか、こういうのにドキッとしてしまうのだ。


 ずりずりと擦り寄って、と言っても狭い1人用のベッドだけど、彼の耳元に口を近付ける。


「はい、最近あなたの恋人になった羊ちゃんですよ〜!」


 こうやって地道に刷り込んでいくしかない……私が付き合うまでそうしていたのと同じように。


 彼は私の手を掴むと、そのまま胸に抱え込んで再び寝息を立て始めた。


 徐々に腕から伝わる体温、土曜日の朝の優しい光が部屋にきらきらと舞っている。

 夢にまで見た休日の朝、本当に現実か信じられずに頬をつねりたくなる。でも気持ちよく寝ている彼を起こしてしまうことを考えるとあんまり動けないし。


 視線をカーテンへ移す。

 初めてここで会った時、確かベランダでお酒を飲もうとしていたんだっけ。

 つい最近のことのようにも、随分と前のことのようにも思える。


 自分の頭を彼の胸へ。

 規則正しい心臓の音が、この幸せが夢でないことを物語っている。


 このままずっと彼の熱に溶かされたい、なんてちょっと贅沢で、それでいて手の届きそうな願いが頭を過った。


 当面の目標は名前を呼んでもらうことだろうか。

 どうやって叶えようかと考えているうちに、私のまぶたも重くなっていく。


「おやすみ、せんぱい」


 言えたかどうかも分からないほどの声で言葉を遊ばせると、私は意識を手放した。







◎◎◎

こんにちは、七転です。

カクヨムコン始まりましたね……!

昨年はいつの間にか始まって、書籍化するからそのまま……という感じだったので、今年はしっかり参加できそうで楽しみです。


1作品だけ毎日更新しようかと思いましたが、せっかくのお祭り、書かないと損ということで。

走れるところまで走ろうと思います。



『今年のツンデレ同僚はひと味違う』

『街を歩くなら君とがいい』


両作品とも日間で10位、5位といただいて感謝です。

もしよろしければ読んでくださいね。(同期も後輩も気合いで更新します)


ではまた!

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ただ、向かいに住む後輩とベランダで 七転 @nana_ten

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