第12話
「……それじゃあ、夕里亜たちは高校なんですね」
僕が聞くと、幸司さんは頷いた。
「ああ。だが異国の兵隊には気をつけろよ。まだうろちょろとしていやがる。こっちで引きつけてるから大丈夫だと思うけどな」
「目的は、資源ですか」
「多分な、港町だったせいで一番に狙われたんだ、くそ。まぁここまでやられちゃ共存なんて出来るわけねぇよな」
「……そう、ですね」
「今は全町民が役所に立てこもってると見せかけて戦ってる最中だ。子どもの避難が終わったから俺たちはこれから加勢に行く。さくっと全員倒してやるぜ。大人はこういう日のために訓練してたからな」
「でも、気をつけてください。捨て身の人間ほど怖いものはありません」
「一丁前の口を」
幸司さんは笑いながら僕の頭を軽く叩いた。
「あぁそうだ、哲己。お前、天瀬から渡された小瓶はどうした?」
「え?」
そうだ。僕はその小瓶と佐久間さんのところの醤油を交換しに出かけたんだった。けれど、手元にも足下に小瓶が入った木箱はどこにもなかった。
「……すいません、無くしたみたいです」
「馬鹿野郎が。これが終わったら一杯やるつもりだったのによ」
ということは、小瓶の中身は酒類だったのだろうか。それにしては小さすぎるような。
そこで洋介さんが言った。
「佐久間さん、先に行ってもらえますか。私は哲己と少し話してから行きます」
幸司さんは嬉しそうに頷いた。
「久しぶりの親子再会だもんな。役所に入るときはわかってるな?」
「はい、地下通路を使います」
頷いて、幸司さんはリボルバー銃を握り直した。
「うちのバカ娘のことも頼むな、哲己。すぐにそっち行くからよ」
幸司さんは駆けて行ってしまうと、僕と洋介さんがその場に残される。
風にのってきた熱が肌を突き刺してくる。ここから二十メートル先ではまだ家がオレンジ色の炎を出して燃えていた。火の勢いはある程度弱まっているようだった。
「僕を、探してくれていたんですか? 町の人が」
「うん、総出でね。みんな心配していたよ」
「ちょっと、信じられませんね」
僕は苦笑しながら言う。皆が僕を探す光景がなかなかイメージ出来なかった。
「大人になるほど、素直になれないものなんだよ」
洋介さんは微笑んで見せたあと、海の向こうを見ながら続けた。
「哲己にね、一度聞いておきたかったんだ」
「何を、ですか?」
「……哲己にとってここでの生活はどうだったか」
落ち着いた表情で洋介さんは言う。
「私はね、この町が好きなんだ。どうしようもなく罪が蔓延しているこの世界でも、夕里亜が生まれた場所で、そして哲己と出会えた場所だ」
どうしてそんな話をいまするのかわからなかった。それでも洋介さんはゆっくりとした口調で、今話さなければならないという強い意志を僕に伝えていた。
洋介さんが僕を見る。この人に初めて会ったときもこんな顔をしていた気がする。今ならわかる。これは父親の顔だった。
「僕は、好きですよ」
気持ちを言葉にしようとすると上手くいかないものだ。僕は思ったままを口にした。
「夕里亜と洋介さんに会って、町の人たちにも会えて、良かったと思っています」
僕の言葉に洋介さんはただ「そうか」と言って優しく僕の頭を撫でた。その優しさに心が押しつぶされそうになる。
連れ行けるのは、一人だけだ。
「夕里亜は不器用だけど、優しい子だ。守ってあげてくれ」
洋介さんはそう言うと背を向けて行ってしまう。僕は思わず声を上げた。
「洋介さんっ!」
洋介さんは脚を止めてゆっくりと振り返った。
僕たちは顔を見合わせる。聞いてみたかった、夕里亜のお母さんはどんな人だったのか、夕里亜の子どもの頃はどんな子だったのか。
僕には父親がいなかった。
家族は夕葉だけで、頼れる大人はいても親はいなかったんだ。だからずっと思っていた。僕は理想の父親の姿をあなたに重ねていたんだ。
聞けばよかった。
呼べばよかった。
全部全部、機会はあったはずなのに、いつの間にか時間は無くなっていた。僕も、全然素直じゃなかった。
これが最後だ、本当に最後なんだ。
何を言えばいいんだろう。選ぶ言葉が多すぎて声が出なかった。
「自慢の息子だったよ、哲己」
その言葉にはっとする。
洋介さんは、はす向かいの席でコーヒーを一緒に飲んでいたときと同じように笑ってみせた。
「夕里亜を、頼む」
溢れる言葉をしまい込む。僕は一言だけを口にした。
「任せてよ、父さん」
頷いて、洋介さんは走っていってしまった。
僕は謝るべきだったかもしれない。僕は父さんを助けられないから。
『いい人だね』
急に声が頭に響いてくる。夕葉の声だった。
「夕葉?」
『交信出来るようにするって言ったでしょ。放っておいたら帰ってこなそうだし』
「……心配性だな」
『連れてくる一人は、その夕里亜って人?』
僕は答えなかった。決まりきっていたことだったのに決心が鈍る。みんな僕を探していてくれてたんだ。察したのだろう、夕葉はそれ以上追求してこなかった。
『お父さんか、羨ましいな。私達、お父さんいなかったもんね』
「……ああ、本当に」
父さんの姿はもう見えなかった。僕は、重たく感じる脚を無理矢理、踏み出して高校に向かう。
父さんは最後まで、僕が今日までどこにいたのかを聞かなかった。
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