第11話
「うわっ!」
景色が戻ったと同時に僕はその場で倒れ込む。
浜辺の砂が口に入ってしまったけれど吐き出す余裕がなかった。地震が起きていると頭でわかったのは揺れが大分収まったあとだった。
いままで時折、地震に出くわすことはあったけれどここまで大きいのは経験したことがない。
「痛っ……」
なんとか立ち上がる。辺りを見渡し、飛び込んできた光景に絶句する。
三年という月日を長いか短いかと判断するのはきっとその時間の密度によると思う。今の僕は記憶も戻っている。けれどこの町での三年間、あれは記憶のなかった僕にとっては世界の全てだった。僕にとっての命の全てが詰まった時間だったんだ。
なのに、なんだよこれ。
いつだったか学校の図書館でみたことがあった。大昔の人が書いた絵図、巨大な鬼が炎を支配し、人間を灼いている地獄絵図。
海辺を挟んだ堤防の奥には民家が並んでいたはずだ。だがその家々は炎に包まれていた。
どこか遠くから複数の悲鳴が木霊する。まるで、自分の方が苦しいのだとそれぞれがアピールしているみたいだった。
僕は一度無意識に長い瞬きをした。
全部錯覚だと願う希望的観測。けれど、眼を開ければそれはただの現実逃避にしかならなかった。
「哲己、哲己かっ!」
男の怒鳴り声に顔を向ける。
堤防に身を乗り出していて叫んでいたのは佐久間さんの父親の
町のほとんどの人が僕を快く思っていないなか、僕を受け入れてくれたのは佐久間家の家族だけだった。幸司さんは消防団の団長で町では顔役の人だ。幸司さんが認めてくれなかったら、僕はどうなっていたかわからない。
僕は、浜辺の砂に足を取られながらも二人に駆け寄る。
「おじさん。これ、何がどうなってるんですか?」
「お前、今まで何やってたんだっ!」
僕の問いに答えず幸司さんは僕の頭を思いっきり拳骨で殴った。本気で怒ってくれ
るのは大事にされている証拠だが、メチャクチャ痛い。
「一ヶ月以上も勝手に消えて、町中上げて探したんだぞっ! このバカもんが!」
電撃が走り続けるような痛みに耐えながら、幸司さんの言葉をもう一度再生する。
町の人が、僕を?
すると、頭に温かい手がポンッと置かれた。見なくとも洋介さんの手だとわかる。懐かしい体温だった。
「哲己」
顔を上げると洋介さんは困ったような顔で苦笑していた。その顔が何を意味しているのか僕にはわからなかった。
「すみません、洋介さん。幸司さんも」
幸司さんは呆れたようにため息をついていた。
「全く。お前はすぐに高校に行け、子どもは皆そこに避難している」
「これ、何が起きてるんですか?」
「何も知らないのか? お前、本当に今までどこにい……」
幸司さんの声が空から降るようにやってきた雑音にかき消える。鳥の羽ばたく音をこれでもかというくらい耳障りにしたバラバラバラというノイズ。僕は空を見上げるとその正体は飛行機だった。先頭にプロペラのついた古い型の二機がすぐそこまで飛んできている。
低空飛行でやってきた飛行機のパイロットと眼が合った。時間が止まったような錯覚に陥る。
「くそっ! まだいたのかあいつら」
幸司さんが舌打ちと一緒に悪態をついたそのときだった。まるで幸司さんの言葉に殴られたように二機の飛行機がふらつき始めた。明らかにコントロールを失っている。
「まずいな、落ちるっ」
洋介さんが叫ぶと僕に飛びついてきた。幸司さんも同様に倒れ込み、僕たちは砂浜に隠れるようにして伏せた。
飛行機はクルクルと駒のように回転しながら僕たちの頭上を通り越し、住宅街の中へ墜落して行った。
あの辺りは夕里亜とよく通った文房具店があったところだ。僕たちは起き上がり、墜落現場の方を見る。あれに乗っていた人はどうなったんだ。
僕は頭で整理出来ないままで言った。
「あれ、飛行機ですよね……」
現代の機械の多くは何十年も前に起きた宇宙からの電磁パルス流気によって、鉄の塊となっている。それは今でも時折やってくる現象だった。小型の発電機とかならまだしもこんな複雑で大きな機械が動くなんて信じられない。
「外国のやつらだ。飛べるように改良して時期を待ってたんだろ、最近は電磁パルス流気もなかったしな。それで爆弾をゴミみたいに落としてきて町はこの有様だよ。くそったれが……それが一週間前の話だ」
よく見ると、おじさんの腰にはリボルバー式のハンドガンが差さっていた。町の治安は住人によって保たれていたけれど、実際に拳銃を持ち歩いているところは初めてみた。今がどれだけ緊迫した状況なのかがわかる。
洋介さんが冷静な表情で言った。
「でも、そのあとすぐに大地震が起きてね。わかる範囲だけどおそらく日本各地で噴火を伴って発生したみたいだ。多分そのエネルギーの関係だろう、機械のほとんどがまた使えなくなっている」
「そればっかりは不幸中の幸いだわな。おかげで敵さんは混乱して帰る手段も無くしちまったんだからよ。無理に動かせばあのザマだ」
幸司さんは親指を墜落した飛行機の方へ向ける。人が死んでいることも町が燃え、壊滅していることも二人は詳しく言及しなかった。
絶望している余裕なんてないのだろう。
今日までどれだけのことがあったのか想像が出来なかった。
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