第7話

 仰向けに寝たまま、夕里亜が尋ねた。


「東京に行って、どうするの?」


「いろんな人に会おうと思う。もしかしたら僕と同じような人がいるかもしれないし、自分が何者かを知ることができるかもしれない」


「そんな人、いないよ」


「そうだね、でも行ってみないとわからないから」


「いないよ、そんな人っ」


 夕里亜は、起き上がり僕を見つめた。語調は怒った風に聞こえるけど顔はいまにも泣きそうな表情だった。


 僕は夕里亜の涙が零れないよう努めて柔らかく言った。


「機械に頼らなくても、人は自然と共存できたはずーー洋介さんの口癖だよね。東京はどうすれば自然と共生できるか研究している場所でもある。僕と同じ境遇の人を探すっていう目的はあるけど……僕は自分がなんであるのかがわからないから、せめて誰かの役に立つことをしたいんだよ」

 

 嘘というわけではない。これも一つの本音だった。

 でも、僕が町を出ようと思う本当の理由はそこではない。


 夕里亜は僕の心を見透かすように言った。


「……ここでだって人の役に立てるよ。今日まで哲己は町の人のためにいろんなことしてきたじゃない。もう哲己がよそ者だって思ってる人はいないわ」


 佐久間さんにも同じ事を言われた。実際そうなのかもしれない。

 でも、僕は知っていた、僕を引き取ったことで、いまでも天瀬家が町の人から蔑まれていることを。洋介さんの唯一無二の立場がなければ、きっと天瀬家はこの町を追い出されていたはずだ。

 

 いまの時代、町の中だけで生きるには信頼が不可欠だ。共に命を預けるといっても過言ではない。だからこそ、よそ者を引き入れるというのは、死活問題なのだ。

 それにも関わらず、洋介さんも夕里亜も僕を助けてくれた、家族として迎えてくれた。感謝がある、恩がある。だから、僕はこの町を出なければいけないのだ。

 口を開かない僕を見て、夕里亜は俯いた。言葉よりも雄弁に僕の気持ちが伝わったのかもしれない。


 きっと、夕里亜と一緒に幸せになる未来もあるんだと思う。

 実際、そうできたらいいな思う自分もいた。でもその選択肢はより、天瀬家を追い詰めることになってしまう。


 湧き出る気持ちをぐっと堪えた。小倉くんがいなければこんなに容易くは選べなかった。 彼ならきっと、夕里亜を幸せに出来る。


「……哲己は勝手だよ。自分のことばっかり」


 涙声だった。でもかける言葉がなかった。


 謝罪も感謝も彼女を傷付けるとわかっていた。


「……洋介さんを手伝ってくるね」


 僕はそう言い残して、そっと部屋を出た。

 

 ドアを背にすると、夕里亜のすすり泣く声が聞こえた。

 

 泣かせてしまった。

 

 佐久間さんに言われたことが胸を抉ってくる。僕の優しさが夕里亜を傷つけてしまうと。

 でもこれが、最善だった。


 東京へ行く理由は他にもあった。

 手がかりが欲しかったんだ。あまりにも僕は異質だったから。


 どうして僕は残滓の海に流れ着いていたのか。今の時代、汚染が広がった海に出る人なんていない。海洋生物はほとんどが死んでいるからだ。

 もし本当に僕が海を流れてきたならば、汚染の影響でこんな綺麗な身体をしているはずなかった。ならば僕はどこから来たのか。それがわかれば、誰かの役に立てるかもしれない。


「哲己」


 不意に呼ばれて、顔を上げる。

 階段の途中から顔を出して洋介さんが手招きをしていた。僕は自然と忍び足になって、洋介さんとともに階段を下りた。

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