第3話
そんな彼女の家に、僕が居候しているのは三年ほど前からだった。
天瀬家は夕里亜とその父、洋介さんと二人暮らしで身寄りの無い僕を引き取ってくれた恩人である。
「わー、相変わらず対照的だねぇ」
心底、楽しそうな声とともにやってきたのは
「対照的?」
夕里亜が尋ねると佐久間さんは頷いて、指をさす。
「お弁当」
赤と青の色が対照的かどうかは議論が必要だけれど、彼女が言いたいのは僕と夕里亜がこの二つをそれぞれ持っていることを言いたいのだろう。
佐久間さんは夕里亜の唯一といっていい友人、そして親友だった。
ショートカットの髪型に小さい身体はそれこそ夕里亜とは対照的だ。なんとなくマスコットのような可愛らしさを身体の芯まで含ませている感じだった。
「哲くん、聞いたよぉ。正村のこと投げ飛ばしたんだって?」
佐久間さんの言葉に僕は苦笑して見せた。
女子は体操科目で別だったのだが、二クラスで、小学生から高校生まで生徒数四十人程度の距離感ゼロな学校だ。彼女の耳が早いわけではない。
「三角関係いいよねぇ、。漫画みたいで羨ましいー」
「思ってもないことを」
呆れたように夕里亜が言う。
「哲己が付き合わなければ終わることなのよ」
僕が困ったように肩を落とすと、佐久間さんはあははって笑って見せた。
「哲くんは優しいんだよね」
「優しさだけじゃ世界は回らない」
佐久間さんのフォローを夕里亜が一蹴する。もう少し自分に原因があることを自覚して欲しかった。
そのあとは、佐久間さんのお喋りに夕里亜が適度にコメントを挟むといったいつものやりとりが始まった。この時間、僕は聞いているだけだ。二人の仲の良さを眺めていると何も考えずに心を落ち着かせることが出来て好きだった。唐突に話を振られることがあるので呆けているわけにもいかないのだけど。
ふと、窓の外を眺める。
十一月も半ばに入って、風は随分と冷たくなった。
雨が降れば雪になる寒さだったけれど、空はどこまで曇天模様が続いている。太陽を最後に見たのはいつだっただろうか。冬の気温になってからはまだ一度も見ていない気がする。
一昔前まで、この空を人が飛んでいたらしい。
飛行機というものがあって国内はもちろん、外国までもあっという間の時代があったそうだ。まさに科学が生んだ奇跡の結晶、なんて言ったら、当時の人たちは呆れて笑うのだろう。けれど、それくらい空を飛んでどこかへ行くというのが当たり前だったんだ。
僕たちの世代からすれば外国なんてものが本当にあるのかすら疑問だというのに。
この三年で、僕はいろんなことを知った。
でも僕のなかには、ここで知り得た三年の思い出しかない。
記憶喪失。
僕は、自分がなんであったかを知らない人間だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます