第2話
「あんたまた、正村ぶっ飛ばしたわけ?」
ため息を交じえながら、彼女は弁当を食べながらいった。
現在は昼休み、僕は教室の窓側の席で少し不機嫌そうな
教室では外で食べる人が多く生徒は僅かしかいない。夕里亜は小さいお弁当から小さい口へと箸を運んでいる。
「不可抗力だよ」
僕は諦め口調で応えた。本当にそうなのだからそう返すしかない。しかし、夕里亜がどう反論してくるかはわかっていた。心の中でタイミングを合わせる。
負けてあげればいいじゃない。
「負けてあげればいいじゃない」
僕が一人で苦笑していることに気付かず、夕里亜は続けた。
「あいつ、柔道だけは絶対に負けたくないはずよ。小さい頃から習っててもう柔道といえばあいつのアイデンティティなんだから」
カタカナ語が少し棒読みだった。意味がわかって使っているのか微妙なところだ。
「そう簡単なことじゃないんだよ」
ちょっと運動神経がいい同士ならそれも可能だと思う。ただ、相手がなまじ強いとわざと負けるのは勝つよりも難しくてほぼ確実にバレてしまうのだ。そんなことをすればまさに火に油だろう。
そもそも、どうして小倉くんが僕を目の敵にしているのか夕里亜はわかっているのだろうか。そんな僕の訴えが目に宿っていたのだろう、夕里亜は僕を一瞥してあからさまにそっぽを向いた。
「私のせいじゃないわよ。向こうが勝手に好きになってるだけでしょ」
「それはそうだけど」
全学年合わせて二クラスしかないから、必然と惚れたなんやらは広まるのが早い。ただ当人の夕里亜には幼なじみ以上の気持ちは無いようだった。小倉くんもそれは承知してるみたいで、僕に勝つことが恋の成就に繋がる一発逆転の一手と考えているらしい。
逆転、という意味はそのままの意味だ。自分でいうのは気恥ずかしい限りだけれど、漫画の主人公のように鈍感なつもりはない。
夕里亜は、僕のことが好きなんだ。
「なんだったら告白してくればいいのにね。バッサリと振ってあげるのに」
「それがわかってるから、僕に勝とうとしてるんじゃない?」
「わからないのよねぇ、哲己に勝ったところでどうして私の気持ちが変わると思うのかしら。強い男が好き、なんて言ったことないのに」
「まぁ、願掛けみたいなものじゃないかな」
「願掛け。なんかでかい図体してやってることが小さいわよね、あいつ」
冷たいように聞こえるが、それは二人の仲の良さがあっての発言だ。夕里亜は好き嫌いがはっきりしているから、こうして小倉くんのことを話している時点で嫌ってはいないはずだった。
僕は目の前に置かれた夕里亜と色違いの弁当箱を見つめる。僕のは青で彼女は赤だ。もちろんおかずの中身も同じ。このあたりが、願掛けの対象を僕に勝つこととした理由なんだろうなと思った。
言わずとも察したのだろう。夕里亜は僕の心境をすぐに理解していた。
「両方、私が作ってるんだからしょうがないでしょ。ほら、早く食べな。お昼休み終わっちゃうよ」
僕は苦笑しながら箸を取り出した。感謝し、申し訳なさを感じながら食べ始めた。
夕里亜はもうほとんど食べ終えて、水筒のお茶を飲んでいた。
整った顔立ちに黒い瑞々しさのある髪を肩まで伸ばして、線の細い体つきは女子の憧れなのだと誰かから聞いた。本人はもっと肌が白いほうがよかったとぼやくが、今より肌が白いと体調が悪いのかと心配してしまう。
昔は、外国に白人と呼ばれる人種がいたらしい。
実際に見たことがないから比べようがないけれどきっと夕里亜と遜色ないのではないかと思う。
そんな容姿からか彼女は普段からどこか気品の高さを感じられた。何をしてでも絵になっていて、こうして水筒のお茶を飲んでいる様も絵画を見ているような気持ちになる。そんな美しさからか男子はもちろん女子からも気後れされてしまい、誰とも親しくなれないというのが昔からの悩みらしい。
なんとも贅沢な話だった。
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