火球
加賀倉 創作
火球
とある閑静な住宅街で、一軒の家から、室外機と給湯器の異様に大きな音が鳴り響く。この辺りには豪奢な邸宅が多く立ち並んでいるのだが、その家は群を抜いて広大な土地を占めており、闇夜の中で一際眩しい光を放っていた。
「お父様、ぼくこのゲーム機が欲しいです」
「そんなもので遊んでいたら頭が悪くなるからダメだ。もっと歴史の本とかにしなさい」
「でもみんな持っているんです。僕だけ仲間外れにされてしまうんです」
「いいじゃないか。その子たちはゲーム機のせいで馬鹿に育ってしまって、お前だけが賢くなるんだ。こんな素晴らしい話はないだろう、集団の中でトップになれるんだからな」
「でもゲーム機をもっている友達は皆ぼくよりも成績が良くて…」
「だめだと言ったらだめだ。お父さんはテレビを見るのに忙しいんだ、あっちに行ってなさい」
「わかりました。ごめんなさい」
__日本銀行の発表によると、家計が保有する金融資産は約二千兆円にも上るんです。これはですね、日本の経済が思うように回らない一因でもあります。近年政府は国民の消費支出を増加させようと、様々な政策を取ってきましたが、どうもうまくいっていない。斬新なアイデアを持った総理でも現れないだろうかと僕は思いますがね__
テレビから聞こえてくる、売れっ子ジャーナリストの発言に、K氏は気に食わない様子だ。なぜなら、彼がまさに日本の現総理であるからだ。
「こいつ、暗に私を批判しているな。昨日も給付金政策にけちをつけてやがったからな。どうにかして見返してやりたいものだ。それに、就任後の記者会見で、日本経済を立て直すなどと大口を叩いてしまったからな。何かいい方法はないだろうか」
K氏がそう考えあぐねていると、テレビの画面が突如として切り替わり、耳を疑うようなニュースが流れてきた。
__緊急速報です。巨大隕石が地球に接近。今日、米航空宇宙局は、直径約一〇・六キロメートルの隕石を観測し、隕石は約十八日後に地球に直撃すると発表しました。専門家らの分析によると、衝突の結果、地球上のほとんどの生命は死に絶える模様__
「おい、今のニュースが聞こえたか。とんでもないことになっているぞ」
「はい。そこでお父様、地球が滅ぶ前にひとつお願いがあります」
「ほほう、地球滅亡と聞くや否やお願い事とは、貪欲な奴だ。何だ、言ってみろ」
「このゲーム機を買ってもらえないでしょうか」
「またそんなくだらない物が欲しいと言うのか。まぁこの際馬鹿になろうがなるまいが関係ないというものだ。わかった、これで買ってきなさい」
K氏は息子に高額紙幣を一枚手渡した。その瞬間、彼の頭にあるアイデアが浮かんだ。
「そうか、これだったのか。経済を上向かせる方法は。まぁ、じきに地球が滅んでしまうから、今更手遅れなのだが」
「お父様、何をおっしゃっているのですか」
「なに、子供が気にするようなことではない。そうだ、もう一枚これをやるから、別なのを買ってきなさい」
ニュースの翌日、誰一人として仕事に向かう者はいなかった。死を目の前にして働いてなんかいられないからだ。働き手がいなくなったので、各企業は売り場を全てセルフサービス式にすることにしたのだが、どうやら朝から騒がしいようだ。
「この時計は俺のものだ。あぁ、ずっと欲しかった時計がついに手に入った」
「この指輪はあたしのものよ。あ、ついでにこのネックレスも買っちゃおうっと」
「この車は俺が買った。あとは家電を全部新調してやろう。よし、今日から贅沢三昧だ」
間に合わせで作られた代金を入れる箱からは、札束が溢れかえっていた。
K氏は街に出て、その様子を興味深そうに眺めていた。
「地球に巨大隕石が衝突するとなると、世の中はこのようになるのだな。まったく予想した通りだ。私も買い物でもして、消費に貢献するとしよう」
そんな呑気なことを考えていると、彼の携帯電話が鳴った。側近のL氏からだった。
「総理、朗報です。たった今、隕石の軌道が地球から逸れたとの情報が入りました」
「すると、地球は滅びないのか」
「滅びません」
「そうか、それはよかった。しかし、地球滅亡の危機はこれで終わりではないぞ」
「どういう意味です?」
「まぁ、じきにわかる。楽しみにしておけ」
それから一年が経ち、L氏はK氏に尋ねた。
「総理、一年前地球が滅亡の危機を免れた時、これで終わりではないとおっしゃっていましたが、あれはどういった意味だったのですか」
「それはだな、もう一度地球を滅亡の危機に陥れるということだ」
「なんて恐ろしいことをおっしゃる。お言葉ですが、それは非常に馬鹿げた話ですね。いくら総理といえども、そんなことできるわけがありません。我が国には核ミサイルの一発もないわけですし」
「それができるのだよ。各国の首脳と協力する必要があるがな。ちょうど明日、とある発表を控えている」
「不安ですが、総理の考えることだ、何か狙いがあってのことなのでしょう。大人しく待ちます」
翌日、一年前の衝撃が再び世界中に走った。なんと、また地球に巨大隕石が衝突するとの発表があったのだ。すると例によって、人々は狂ったように買い物をするのであった。
「俺は船を買ってクルージングを楽しむんだ」
「夢のマイホームを買ってしまったわ」
「年代物のワインを買い占めてやった」
そんな中、K氏は買い物には一切目もくれず、ほくそ笑んでいた。
「これで金の回りが一気に良くなった。今回は欲張って一ヶ月後に隕石が衝突することにしたから、前回の二倍ほどの経済効果が見込めるだろう。隕石は核爆弾で爆破したことにでもするか」
そして衝突の当日、各国政府はまたしても地球は隕石の衝突から免れたと発表した。人々の手元にはおびただしい数の高価な商品が残っていたが、そんなものそっちのけで、生き延びたことに安堵の胸を撫で下ろすのだった。その一方でK氏は、まるで手のひらで転がすように民衆と経済を動かしたことに、この上ない満足感を覚えていた。
「これは驚いた。消費支出が前年の十倍にも達するとは、想像以上の結果だ」
このメテオ・マジックとでも言うべき現象に、K氏ら各国首脳は味をしめたのか、幾度となく地球滅亡の危機を捏造し、経済を操っていた。しかし、ずっと上手くいくわけもなく、人々は滅亡詐欺に勘づき始め、嘘に踊らされる者は減っていった。そして、世界のリーダーたちに弄ばれたことで不信感を募らせ、各地に反政府組織が生まれていった。さすがに危機感を覚えた首脳陣は各国で会見を開き、ことの成り行きを説明したが、もう遅い。
「我々各国首脳は、伸び悩む世界経済を改善しようと、人々の生活をよくしようと、今回のような政策を秘密裏に実行した…」
すると、K氏の発言を遮るようにして野次が飛ぶ。
「俺たちの生活を掻き乱しただけじゃないか、それは民衆のことを考えていると言えるのか?」
「この嘘つきめ!」
「今度はどんな恐ろしい嘘をつかれるか、わからない。政治も行政も任せてられない」
「こんな政府、信用ならない。いっそ皆で乗っ取ってしまおう」
こうして革命の火蓋が切られた。最初は過激化した民衆とそれを阻止する政府軍という構図だったのだが、次第にエスカレートしていき、血で血を洗う争いへと発展した。ついには核兵器を使用するまでに至った。
世界は荒廃し、地球上の大半の生命は息絶えてしまった。結局のところ、火球は宇宙空間からやってくるのではなく、地球の中にあったのである。
火球 加賀倉 創作 @sousakukagakura
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